ホテルの最上階からは夜だというのに輝く街を見下ろしていた。
心が騒ぐのは、不安というよりも戸惑いの方が大きいのかもしれない。
生れ落ちた時からキチェス達はひっそりと身を隠して生きてきた。
MSCが無くなったとしても、今後それは変わらないと思うが、キチェスの生き残りが居ることとその特徴を知っている人間は居なくなる。
つまり、今までよりも多少は自由に出歩けるようになるということだ。
「眠れないか」
声をかけられてゆったりとは振り返った。
そこには予想通りクロロが立っていて、手には湯気が立ち上るマグカップを持っている。
「あー、うん。なんか、上手く言えないんだけど」
テーブルにカップを置くクロロの姿に、は椅子を引き寄せると腰を下ろした。
乳白色のそれはホットミルク。恐らくパクノダ辺りが用意してくれたのだろう。
「色々、知りたくないことまで知っちゃいそうで、怖いっていうのかな。」
「夢でも見たか?」
その問いには首を横に降った。
「唯の勘」
「・・・女の勘は侮れないらしい。行きたくないか?」
ここで行きたくないと応えてもクロロはきっと連れて行くのだろう。
彼の言葉は疑問系であるのにも関わらず、別段の意思を求めているようには聞こえなかった。
「いや、行くよ。」
微かに揺れるカップの中身。は静かに口をつけた。
今回のターゲットはデニス=クラークとエドガー=ニューマン。
集まっているメンバーを二手に分けてクロロは珍しく少しばかり緊張している自分に驚いた。
一応、キチェスの知識を持つレインをデニス側につけ、エドガーの方にはクロロ、、ノブナガ、マチで向かう。
「パクノダがデニスに話を聞き出したら殺れ。その後はこちらに合流しろ。」
「りょーかい」
シャルが疲れた顔をしながらも応えて、手のひらより少し大きいサイズの端末をクロロに手渡した。
「エドガーの屋敷の見取り図が入ってる。現在地も表示できるようにしてあるよ。あと、こっちが終わったらその端末のGPSを頼りに合流するから、くれぐれも壊さないでね。」
「あぁ。」
短く答えて、クロロはを振り返る。
彼女は強張った表情をしたまま、彼の視線に気付くと、こくりと頷いた。
「俺たちがエドガーの屋敷に入ったら派手に動いて良い。行くぞ。」
そう言って、を担ぐと、クロロは走り出した。
後をノブナガとマチが追う。
「俺たちも行くか。ちったぁ手ごたえがある奴がいれば良いんだけどよ。」
「どうだろうね。何人か念使いを雇ってるみたいだけど、あんまり期待は出来ないんじゃないかな。」
フィンクスの言葉にシャルが答える。レインはそのやり取りを聞きながらもクロロとの後姿を眺めた。
うらやましい、と思う。守るべきキチェスと共に居られる守人を。
「レイン?」
黙ったまま突っ立っているレインを不思議に思ってパクノダが声をかけると、レインはへらりと表情を崩して振り返った。
「悪ぃ。いこっか。」
パクノダは少し、彼の表情を伺い見たが、そこからは何も読み取れなかった。
クロロたちが屋敷に入ったのを確認して、レインたちもデニスの屋敷へと足を踏み入れた。
堂々と正面から行った為、ボディーガードが続々と出てくるが、5人は散り散りに屋敷へと足を踏み入れた。
「パク、こっちだ。」
シャルが声をかけ、パクノダを連れて屋敷の奥へと進む。
ここで成すべきは、デニスに他に隠し持っているキチェスの資料等が無いかを聞き出して殺害すること。
レインは近くのボディーガードを具現化させた斧のようなものでなぎ払うと、2人のあとを追う。
左右から派手な音と共に振動が伝わる。ウヴォーとフィンクスが好き勝手暴れているのだろう。
レインは2人を追い越すと、手当たり次第に屋敷の人間を殺していく。
珍しい、とシャルとパクノダは目を見合わせた。
彼は、旅団の中でも珍しく最低限の殺ししかしなかった。それがどうだろう。今回は率先してその役目を担っている。
「・・・なーんか、ありそうだね。」
「えぇ」
何でも良いが暴走だけはしないで欲しいものだ、と心の中で呟きながらシャルは携帯端末に視線を下ろした。
この屋敷の監視カメラは既にハッキングしていて、ここの主であるデニスが何処にいるかなんてすぐに分かる。
「あ、レイン。そこの壁の向こうだ。」
聞いた瞬間、レインは斧をハンマーに変化させて、壁に叩き込んだ。勢い良く吹っ飛んだ壁は大小の破片へと分かれ、その部屋の中にいる人物を壁に叩き付けた。
既にレインはハンマーから槍状のものに変化させていて、それをデニスの腕につきたてている。
余りにも性急な動きだ。
「はー・・・ウヴォー、フィンクス。粗方終わったら屋敷の中に入って来て。」
インカムに話しかけると、2人からそれぞれ了承の言葉が返ってきて、シャルは端末を肩にかけている鞄に仕舞った。
「な、何だ、貴様らは!」
すっかり髪が白く染まっている老人はデニスで間違え無い。
パクノダはレインに目配せすると、ようやく彼は槍を引き抜いた。すぐにパクノダは彼を掴むと、椅子に乱雑に座らせる。
貫かれた腕から血が迸り、床を濡らす。
「いくつか質問させて貰うよ。」
さっさと終わらせて合流したい。シャルは足を進めるとデニスの前に立ちながら彼に話しかけた。
「キチェスの里から持ち帰った資料は、ここにまだ残ってる?」
「キチェス?何を言っているんだ!話が見えん!」
血が急速に失われているからか、それとも恐怖からか、顔が青白い。デニスは叫ぶように答えた。
真偽はどうなのか、とシャルがパクノダを見ると、彼女は小さく頷いた。ここには本当にもう無いらしい。
「キチェスについて知ってること、何に利用しようとしているか答えて。」
「何度も言わせるな、キチェスなど知らん!」
デニスの思考を読むパクノダは暫く視線を落とした後、彼の思考を読み終えた合図にシャルの目を見て頷いた。
「りょーかい。ご苦労さん。」
さて、殺すか、とレインを振り返ると、彼はじ、とデニスを睨みつけている。
「・・・お前、最長老のところに何度か訪れたことがあったな・・・見覚えがあるよ。」
デニスは目を見開いた。
「・・・何度か知恵を、借りに行っていたみたいね。」
何も言葉を発さないデニスに変わってパクノダが答えると、レインはまだ具現化したままの槍を床にたたきつけた。
「なら、何で村を襲った!」
レインの顔は、デニスが小さく悲鳴を上げるほど怒りに満ちているのに、何故か、哀しそうに見える。
先ほどパクノダが自分の思考を読み取るように話したからか、観念したようにデニスはたっぷりと沈黙を置いた後、怯えながらも口を開いた。
「あ、あいつらが・・・わしらに手を貸すのを断ったからだ!馬鹿な奴らよ。大人しく従っていれば、それなりの報酬と地位をやったというのに!」
部屋を凄まじい殺気が包み込む。レインの顔からはいつものへらへらとした表情は消えていた。
その鋭い視線を真っ向から受けているデニスの額に汗が滲む。
「お前は此処で死ね」
シャル達が止める暇も無く、デニスの首が飛んだ。
エドガーは不躾な訪問者に怒るどころか嬉々として彼らを迎えた。
部屋の壁はの見覚えのある文字で書かれた本が並び、これらが村から持ち去った書物であることが分かる。
「久しぶりだね、ヤ=ナギ」
笑顔と共に、昔の名前を呼ばれ、は目を見開いた。
その名前を知っているのは、クロロと今は亡き最長老のみだ。
「・・・まさか・・・」
手が震える。クロロは眉を寄せてとエドガーを交互に見た。
「あぁ、僕のことは覚えていないかもしれないね。テスの、孤児院で暫く一緒だっただけだからね。」
酷く狼狽しているを気遣うように、マチがその肩に手を置いた。
それにびくりと肩を揺らしたは、少し目を伏せると、睨みつけるようにエドガーを見据えた。
「名前は?」
問われた言葉に、エドガーはにやりと笑った。
「ザイ=テス=ア=ラン」
その名は、確かに孤児院で暫く時を過ごした少年の名前だった。
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