黒聖歌を教えられた時、私は言いようの無い不安に襲われた。
植物と共に生きるキチェス、それなのに、この歌はそれを否定するような物だ。
「・・・何故、こんな歌がキサナド(聖歌)にあるの?」
年配のキチェスはそれを尋ねられると、困ったように笑った。
「そんなことを聞くキチェスは貴方が初めてですよ。」
「・・・答えになってない。」
じ、と見つめると、小さなため息が聞こえてくる。
「何をお考えになってサージャリムがこの章を作ったのかは、誰もわかりません。それこそ最長老でさえも。ですが、この歌の危険性を知っているからこそ、この章は失われた章とされ、キチェスだけがその存在をひそかに受け継いでいっています。」
「やっぱり、答えになってないじゃない。」
私が楽園を嫌う理由はコレだ。誰も、疑問を持たずに、教えられたとおり神の遣いらしい振る舞いを教えられて、その通りに動く。
こんな所にいたら、自分が腐ってしまいそうで嫌だった。
「ナギ・・」
「もう良いわ。今日の授業は終わりでしょ?もう行くわ。」
何か言わねば、と口を開くキチェスを一瞥して、私は足早に部屋を出た。
一体、キチェスの存在意義とは何なのだろうか。
布教すること?信者の心のよりどころになること?だとしたら笑ってしまう。
「力があるのに、その存在意義を考えない。キチェスなんて嫌いよ。」
ぽつり、と呟いた言葉は寂しく部屋の中で響いた。
捕らえたロンは椅子に縛り付けられていて、隣にはパクノダが立っている。
その正面に立つのはクロロとだ。
「何故、キチェスを狙う。」
尋ねられたロンはく、と笑った。
「誰が教えるか。」
そう応えたものの、パクノダがその瞬間にロンの思考を読み取り、顔を上げる。
「・・・キチェスの黒聖歌、それを利用して世界を支配するつもりみたいよ。」
まさに、真実を言い当てられて、ロンはぎょっとして隣に立つパクノダを見上げた。
「何故、黒聖歌のことを知っているの?」
「デニス=クラークから聞いたみたいね。」
すらすらと答えるのはやはりパクノダで、ロンは呆けた顔をしたあと、抑え切れないとでも言うように俯いてくつくつと笑い始めた。
気でも触れたのか、と思う前に、その思考が流れてきたパクノダは眉を寄せる。
「あーっははは!何だ何だ、この女、人の考えてることが読めるってか?すっげー!面白ぇ!!歌で植物を枯らしたり成長させたり出来る女に、読心術を使える女。じゃぁ、お前は何が出来るんだ?」
目をきらきらとさせて尋ねてくるロンに、クロロは無言で視線をパクノダに向けるが、彼女は「本心よ」とだけ力なく伝えた。
「生憎と、俺は何も面白い力は持っていない。」
「はっ、冗談だろ?なんたって、この女よりもお前の方が力関係は上。っつーことはお前も何か凄ぇもんを・・・。」
ロンが言葉を切ったのは、目の前にが近づいてきたからだ。
は、ロンを睨みつけるように見下ろす。
「ねぇ、そのエドガーって人はどこで黒聖歌なんて存在を知ったの?」
「あー、そいつは分かんねぇ。俺も最近エドガーに誘われてあいつの仲間になったばっかだからな。でも、デニスたちは知らないみてぇだったから、あいつがどっかから調べたんだろうな。」
パクノダが何も言わないということはそれは真実なのだろう。
はそれきり黙りこくって口を開かなかった。
代わりにクロロがキチェスに関する資料の場所や、ロン自身について質問をした後、ひとまずロンはそのままに、3人は部屋を出た。
そのまま広間に移動し、ロンから聞き出したことをパクノダが記憶弾(メモリーボム)を打った。
「・・・大丈夫?顔色が悪いわ。」
クロロがシャルと会話をしている間、椅子に腰掛けてぼんやりとしているにパクノダが声をかけながらホットミルクを渡した。
「うん。・・・・いや、あんまり大丈夫じゃない。」
はー、とため息を吐いて、礼を言うと、ホットミルクを口に運んだ。
「黒聖歌は、失われた章なの。私がいた村の人たちも知らない章。なのに、ここに居る人たちにも知れてしまったし、エドガーっていう人達も知ってる。あれは、無用な争いを呼ぶ章。」
黒聖歌がどのような歌なのかは、ロンの記憶を読み取った時に分かった。
確かに、そんな歌が存在するのであれば、ある人間には脅威とみなされ、ある人間にはこの上ない道具とみなされるだろう。
「私は、死ぬまでこの章について口外するつもりは無かった。・・・してはいけなかった。」
その表情には、ありありと後悔の色が現れていて、パクノダはそっとの肩に手を置いた。
「早く、終わらせましょう。」
「うん。」
ロンのお陰でMSCの実情やエドガーの動きについておおよそのことが分かった。
これ以上はデニス自身に問い詰めるより他無い。エドガーの屋敷の見取り図や詳細についてはシャルが引き続き調査中だが、あの様子だと早ければ今日中に調べがつきそうだ。
クロロからまだ具体的な指示は出ていないが、今いるメンバーを二手に分けて、エドガーとデニスの双方を一挙に潰すことになるだろう。
エドガーとデニス、カギを握るのはエドガーの方だ。
無事に終われば良い。
そう思いながらパクノダは自分もホットミルクに手を伸ばした。
キーボードを叩く手を止めて、シャルは肩を鳴らした。
その表情は憔悴の色が見える。
「やーっと終わったー」
ぐー、と手を伸ばして椅子の背もたれに身体を預ける。クロロが指定した時間までには調べ終わったことに取り合えずほっとする。
ゾルディックが襲ってきた日まで中々進まなかった調査だが、あの後レインとノブナガが連れ帰ったロンのお陰で随分と早く調べることが出来たと思う。
調べれば調べるほど、彼らがしでかしてきた悪事がどんどん出てきて、眉を寄せた。
キチェスだけではなく、貴重な能力を持った民族はほとんどこのMSCが壊滅させている。
「しっかし、こうも表立って仲間割れしてるとはねぇ・・・。」
当初は水面下で動いていたエドガー=ニューマン。しかし、少し前にデニス=クラークが所持していたキチェスの資料を根こそぎ奪い取ってからというもの、MSCの主導権を巡る争いは表面化している。
すっかり冷たくなったコーヒーをカップに注いでこくりと飲むと、それを入れてくれたの姿を思い出した。
別室でロンから話を聞いたはそれはもう酷い顔色をしていた。
ゾルディックが襲って来た時はけろっとしていた癖に、何を聞いたのだろうか。
「・・・取り合えず、少し寝よ。」
コーヒーを飲み干して、シャルはベッドに横になった。
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