捕縛依頼なんて普段は受けないのに、通常の2倍の依頼料に渋々と承諾したのは一週間ほど前のこと。
ターゲットの居場所も名前も良く分からないその相手を探し出したのはミルキで、随分と骨が折れたと文句を言いながら差し出された資料を見て、イルミは珍しく眉を寄せた。
「・・・旅団と関係があるなんて、聞いてないな。」
恐らく依頼主も知らなかったのだろうが、知っていればあんな値段でこんな依頼受けなかったものを、とは思うが、既に受けてしまったものは仕方が無い。
普段であれば依頼に文句は付けないが、今度ばかりはそうも行かない。
面倒だ、と顔を顰めて、紙をくしゃりと握りつぶした。
「俺も行こう。」
流石に荷が重いと考えたのか、シルバが申し出て、イルミは無表情で彼を見た。
誰かと依頼につくなんて、いつぶりだろうか。それもシルバとだなんて。
「・・・まぁ、俺1人じゃキツイだろうね。」
イルミはこくり、と頷いた。
彼らを相手にするならば、シルバがゼノと行く以外無いだろう。他では明らかに力不足だ。
「今夜、片付ける。」
「分かった。」
ということは、今から出るしか無い。
部屋から出て行くシルバの姿を見送って、イルミは視線を携帯に落とした。
今夜対峙するであろう相手とはもう半年程会っていない。
彼は、イルミからするとお得意様と言うのが一番しっくりくる関係。同時に、相手にしたくはない人物でもある。
シルバと共に行くからと言って一筋縄で行くかどうか。
「・・・そもそも何で、クロロのところにいるんだろう。」
少しだけ、今回の標的に興味を持った。
空間が捻じ曲がり、そこからレインとノブナガが顔を出す。
絶をしたままのレインはポケットから取り出した見取り図を取り出して広げると視線を落とした。
ここヨークシンにしては珍しく、古い建物であるこの屋敷は随分と広く、見取り図を覗き込んだノブナガは面倒くさそうに眉を寄せた。
耳につけたイヤホンからはシャルが屋敷内の監視カメラの映像を確認しながら指示を送る。
『ターゲットは奥の書斎にいる。護衛は大したこと無さそうだけど、書斎の扉の前に2人。書斎に続く広間に2人。コレクションが置いてある部屋に4人。後は庭に・・・5,6人ってところかな。』
「りょーかい。ってことで、行くよ、ノブナガ。」
声をかけられたノブナガは腕を回しながら頷いて、レインの後に続いた。
『出来れば殺さずに連れてきた方が良いけど・・・レインの力で此処までノブナガとターゲット2人連れて跳んで来れる?』
「無理。定員オーバー。」
そう言いながら、レインはナイフを屋敷の使用人に向けて放った。
『じゃぁ、ノブナガは放置。』
「あぁ?」
ノブナガも刀を抜き、騒動を聞きつけてやって来た数名を地に伏せる。
どうやら念能力者は居ないらしい。予想以上に簡単に終わりそうだ。
『仕方ないじゃん。レインが定員オーバーって言うから。』
「はー・・・。じゃぁ俺はのんびりと帰ることにするかねっと。」
ようやく見えてきた書斎の入り口。銃を構えた2人に、ノブナガは走る勢いそのまま突っ込んだ。
2人の護衛はそこそこ念が使えるようだが、ノブナガの相手ではない。
これはノブナガ1人でもすぐに終わりそうだ、とレインは書斎の扉を蹴り破った。
椅子に腰掛ける青年はがたり、と椅子から慌てて立ち上がったがいきなりのことに身体が強張って上手く動けないのだろう。立ち上がったものの、それ以上動かない男に、レインはくるくると手にあるナイフを弄んで見せた。
「なんだ・・、お前!」
「ロン=スペンサー?」
表情が強張った青年に、レインは跳躍しテーブルの上にどすんと上がると、ナイフを突きつけながら彼の胸倉を掴んだ。
外からは野太い男の声が聞こえてくる。
「おー、そいつか。」
「あれ、もう護衛は終わり?」
壊れた扉の隙間から、横たわる2人の身体が見える。
「おい!俺を、どうするつもりだ・・・!」
ぴたり、と首筋に突きつけられたナイフの冷たさに、ロンはごくりと生唾を飲み込んだ。
「取り合えず、撤収かな。シャル、そっちに戻ろうか?」
『・・・ちょっと待った。』
さっさとロンを連れて戻ろうと思ったが、それはシャルによって止められる。
『襲撃。おそらく、ゾルディックだね。』
ノブナガとレインは顔を見合わせると、取り合えずロンの首に手刀を入れて気絶させ、肩に担いだ。
突如、悲鳴のような森の声に、は飛び起きた。
日も暮れて大分経つ時分、まどろんでいたのはどれくらいの時間だったか。
(にげて!)
直ぐに分かった。夢で見た、彼が来る、と。
(はやく!)
カーディガンを引っつかんで部屋を慌てて出ると、迷うこと無く、クロロが居る場所へと向かう。
心臓がばくばくと煩い。
「クロロさん!」
広間に彼の名を叫びながら入ると、すぐに事態を察知したクロロとシャル、フィンクスが立ち上がった。
シャルはパソコンを閉じると、インカムに向かって声をかける。ちょっと待った、と。
「思ったよりも早かったな。」
そう呟いて、クロロはシャルのインカムを取り上げると、その先にいる2人に声をかける。
「ロン=スペンサーにゾルディックへの依頼を撤回させろ。」
『えぇ?もう気絶させちゃったよ。』
クロロは聞こえるように舌打をした。
「さっさと起こせ。」
すぐにインカムをシャルに返すと、息を吐き出す。
最初から、こう指示を出しておけばよかった、と。
「パクとマチ、あとウヴォーはあとどの程度かかる」
「一時間ちょいってとこかな。」
もう時間が無い。
目を閉じて考えを巡らせていたクロロは薄く目を開いて、背後に向き直った。
「・・・イルミ。居るのは分かっている。」
影から姿を現したイルミに、は無意識のうちにクロロの手を掴んだ。
夢の中では、クロロはをシャルとフィンクスに連れて行くように言っていた。だが、クロロから離れる訳にはいかない。
守人は、キチェスと共に居る時こそ、その力を最大限に発揮できるのだから。
「シャル、フィンクス。を連れて行け。」
「了解。」
シャルがに手を伸ばすがそれを身を捩って拒否する。
「クロロ、その子、こっちに貰える?」
「悪いが、断る。」
クロロがの手を振り払い、その瞬間、シャルはの身体を抱えた。
「嫌だ」
シャルを見上げると、彼は首を横に振る。夢と、一緒だ。
「おら、行くぞ。」
フィンクスがシャルの肩を叩いて、先を促す。そのフィンクスの顔が視界に入って、は泣きそうになりながらもクロロに視線を向けた。
しかし、彼はイルミに視線を据えたまま、こちらを見向きもしない。
「レイン、まだ?」
シャルがレインに話しかける声が小さく聞こえる。
『まだ!ノブナガ、水!水ぶっかけよう!』
走り出すシャルの腕の中、は自分を落ち着かせるように息を吐き出した。
「ちょっと揺れるよ。」
そんなの頭上からシャルの声が振ってきた直後、浮遊感に悲鳴を上げかける。
すぐに地面に着地する音に、飛び降りて外に出たのだと理解した。
しかし、すぐに耳に森の声が飛び込んでくる。
(こっちは、だめ)
(だめ!)
「シャルさん、こっちに、もう1人いる。」
相手は絶をしているのだろう。シャルとフィンクスはの言葉に辺りを見回した。
イルミと共に来ているのならば、もう1人もゾルディックである可能性が高い。
「チッ、あと1人だけか?」
「うん。」
頷いて、木々に言われるまま、指をさす。あそこだ、と。
2人をしても気配が探れない。相当な使い手であることは明確だ。
「・・・驚いた。そんな娘に見破られるとは。」
ゆっくりと木々の陰から現れた人物に、シャルとフィンクスは足を止めた。
其の顔に、シャルは見覚えがあった。
「げ、よりにもよって、ゾルディック当主」
嫌そうに顔を顰めたシャルの前にフィンクスが出る。
「そいつ抱えてちゃ動けねぇだろ。」
フィンクスは楽しそうに笑う。此処最近、中々梃子摺る相手に出会えていない。
これは楽しめそうだ、と指を鳴らした。
シルバは3人の顔を1人ずつ見回すと、最後にを見つめた。
「あれ?」
彼の風貌と髪の色に違和感を覚えたはそのまま彼を見つめ続けた。
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