ロンはとある人物に呼び出されて、その屋敷を訪れていた。
嫌味なくらい豪奢な作りの屋敷や調度品は、今の当主の先代から築かれたというのだから、相当の手腕だったことが分かる。勿論、今の当主も。
(あそこに顔を出す奴らは、どいつもこいつも薄暗い所に足を突っ込んでる奴らばっかで荒稼ぎしてる奴らも少なくねぇしな。)
そう考えて、自分も人のことは言えないかと苦笑する。彼の場合、父親が手広くやりすぎていただけなのだが。
お陰様でその皺寄せは自分に来ている。父が死んで、ようやく彼がどのようなことに手を出していたのかをまざまざと知る羽目になった彼としては、さっさとそんな面倒なことからは手を引きたいところだ。
其の一つに、このMSCという組織も入っている。
(つっても、面白そうだから、中々手ぇ引けねぇんだよなぁー。)
ポケットに手を突っ込んで手触りの良い紙に包まれたチョコを取り出すと口の中に放り込んだ。
「やぁ、ロン。急に呼びたててすまないね。」
何度か会合で見かけたことがあったが、やはり若い。
勿論、自分よりは年上だ。しかし、あの今にもくたばりそうな老人達がひしめくMSCの中では30代は若い方。
口をもごもごとさせてチョコを飲み込むと、ロンはにやりと笑って返した。
「気にしないで下さい。」
勿論、社交辞令だ。相手も社交辞令で謝っているのだから、こんな言葉のやり取りは上っ面のもの。
そんな世界で生きてきたのだから、考えなくても自然と口をついて出る。
「で、本題は何ですか、エドガーさん。」
エドガーは椅子を勧めると、自分もその正面の椅子に腰掛けた。テーブルの上にはいつのまに入ってきたのか、メイドが紅茶を用意している。
「君は、黒聖歌、という存在を知っているかね?」
「黒聖歌・・・?」
聞き返すロンに、エドガーは満足そうに笑った。
「そう。キチェスが歌うことで、植物達はたちまちに枯れてしまうという、歌。」
「・・・へぇ?で、それが何か?」
どうやら、MSCの中でも2つの派閥に分かれているらしい。
完全にキチェスを根絶やしにする思想を持った者たちと、其の力を利用しようとする者達。
エドガーは、後者なのだろう。
「黒聖歌を世界中に流す。するとどうなると思う?世界は大混乱だ。」
ロンは口を閉ざしたまま紅茶を口に運んだ。
さすが、中々良い茶葉を使用している。
「しかし、黒聖歌で枯れた植物はキチェスの再生歌で蘇る。キチェス、いや、そのキチェスを従える存在は世界中の人間にどう映るだろうか。」
考えが読めてきた。こういう思想を持つ奴はどの時代も存在する。
この世界の、神にでもなろうと言うのだろう。
(馬鹿馬鹿しい・・・けど、面白そうじゃねぇか)
「乗った。」
面倒くさいのは嫌いだが、面白そうなのは好きだ。天秤にかけた結果、好奇心の方が勝った。
Diva #26
仮宿についたものの、私は前見た未来が心配で落ち着かなかった。
旅団の人たちが反則的に強いことは重々承知だけれども、相手はあのゾルディックの人なのだ。
「まぁまぁ、そんなに構えるなって、ね?」
ぽんぽんと私の頭をなでる手に、顔を上げると、レインが笑っている。
「守人の誇りに賭けて、俺も守ってあげるからさ。」
私は其の言葉に安心するどころか、一種の危うさを感じた。
守るべきキチェスの居ない守人。彼はきっと、敵を打つとなったら命をも厭わないだろう。
この世に繋ぎとめる絶対的な鎖が、もう、無いのだから。
「う、ん。」
結局私は歯切れ悪く頷くことしか出来なかった。
「あ、そういや、今晩マチとパクもここに着くっつってたな。女だから良い話相手になるよ。」
パク、という名前は聞いた事がある。女性の名前だったのか。
「へぇ、楽しみ。」
思えば、キチェス以外の女性と話すのは初めてかもしれない。勿論、客やスーパーの店員は除いて。
どういう話をするものなのだろうか。エヴァとは森や歌の話をよくしていたが、一般的にもそんな話をするのだろうか。
いや、そもそも、旅団の女性という点では、一般的な会話なんてしないのかもしれない。
そう思うと私は少し不安になった。
「リア、部屋の場所を教えるから来い。」
声はクロロさんのもので、私は素直にクロロさんの言葉に従った。
「ここにはどれくらい居るの?」
「・・・1週間くらい、だな。」
1週間。短いようで長い。
「そういえば、お前、念はどの程度使えるんだ?」
唐突に聞かれて、私は思わず唸った。使えないことも無いが、使えると胸を張っていえる程でも無い。
そもそもキチェスは念というものが極端に苦手なものなのだ。・・・・なんて、言い訳だけど。
「使えないと思った方が良いレベル。です。」
呆れたような視線にいたたまれず、意図せず「です」という言葉を付け加える。
「まぁ、良い。最初から期待していない。」
そう言われると哀しいものがある。だから、キチェスは念というものが・・以下省略。
「仮に、襲撃を受けた場合は、俺か、俺が居なければ誰でも良い。とにかく離れるなよ。」
「うん。」
頷くしかないので、頷いて見せると、既にクロロさんは私の方を見ていなかった。
レインとシャルは同時刻にクロロの部屋の前で、其の顔を見合わせた。
「あれ、レインも団長に呼ばれたの?」
「まぁね。シャルもか。」
どういった用事なのか。2人が部屋に入ると、クロロはソファに悠々と腰掛けたまま視線だけを向けた。
「シャル、調べはついたな。」
其の言葉には、どちらかと言うと脅しの響きが含まれていて、シャルは微妙な表情で頷いた。
何についてかだなんて聞かなくても分かる。MSCについてだ。
「本拠地はヨルビアン大陸のヨークシン。今組織は2つの派閥に分かれてる。一つは従来通りキチェスを根絶やしにしようと動くデニス=クラーク。もう一つがエドガー=ニューマン率いる、キチェスの力を利用しようとする派閥。そっちは最近出来たみたいだけどね。」
「・・・ということは、後者がキチェスに関する知識を多く持っている可能性が高いな。」
利用する、ということは利用価値を見出したからだ。そのためには自然とキチェスに関する資料が必要となるうえに、よりキチェスのことを知ろうと動くのが自然だ。
「あと、今朝、ゾルディック宛にリアの捕獲依頼がロン=スペンサーから出されたよ。」
それに、クロロとレインはぴくりと眉を動かした。
「ロン=スペンサーは少し前にMSCの会員になった男で、ヨークシンにいる。」
シャルはパソコンから顔をあげてクロロを見た。
「・・どうする、団長。」
この仮宿に集まるメンバーは、レイン、シャル、ノブナガ、ウヴォー。そして、もう直ぐ到着するであろうパクとマチだ。
MSCを潰すのであれば、まだ情報収集は必要だが、ゾルディックへの依頼が出された今、のんびり調べてもいられない。
「・・・レイン。ノブナガとロン=スペンサーを殺れ。シャルは、MSC本拠地の見取り図の入手と、やつらが保持しているキチェスの資料の場所の特定を、2日後までにだ。」
「分かった。」
素直に頷いたレインとは反対に、シャルは渋い顔をした。
今回調べたのにも相当骨が折れたというのに、さらりと団長殿は難題を突きつけてくる。
「さて、と。俺はノブナガに声をかけてくるよ。すぐにでも出る。」
クロロの部屋を出た二人は並んで歩く。
「すぐって・・・まぁ、そうだね。じゃぁ俺も頑張るかぁー。」
こきこきと首を鳴らす。確かにシャルは頭脳派ではあるものの、こう調べものばかりでは身体が鈍る。
がしかし、調べられるのはシャルだけなのだから、その仕事は大人しくレインに譲るしか無い。
「見取り図、よろしくな。」
「げっ」
見取り図なんて、まだ入手していない。今からすぐにレインたちがヨークシンへ向かったとして、決行は明日の夜だろう。
詰まるところ、明日の夕方までに見取り図を用意しなければならないということだ。
「・・・皆俺のこと、便利屋か何かと勘違いしてない・・・?」
既にレインはノブナガの元へ向かっていて、声の届く範囲にいない。
当たり前だが、否定の言葉を誰からも貰えずにシャルは俯いた。
MSC
2013.6.17 執筆