転校生というものは古今東西、どの時代も目立つ存在だ。
加えて灰色がかった髪と青い目とくれば話題性は十分で放課後になると群がってきた生徒(それもクラス内だけではなくクラス外からも)に囲まれたは営業用の笑顔をべったりと貼り付けて対応していた。
昼休みは花道に連れ出されていたし、休み時間はがさっさと教室を後にした事もあって一気に放課後に集まってしまったのだろう。
「ねぇ、さんって氷帝から来たんでしょ?」
隣の席の流川はそろそろ部活に行かなければと思いつつも寝起きで身体が重く、覚醒しきるまで机に伏せっていたため、会話が全て耳に入ってくる。
「えぇ。」
「なんでウチに?氷帝って、あの氷帝でしょ?」
(あのって何だよ。あのって。)
と会話を聞いていた流川は同時に思ったが、彼女は「そうね」と頷くに留めた。
「しかも全国模試で2位だったんだろ?編入試験も満点だったってさっき先生が話してるの聞いたぜ。」
余計な事を聞いたらしい男子生徒がそう言うと、随所から「すげー」「うそー」だとか声が上がる。
(・・るせー)
やかましい声にどうにかしろ、と隣の席のを見たが、彼女は笑みを心なしか濃くしたように見えた。
それは喜んでいるというよりは、どちらかと言うと機嫌が悪いのをあらわしているようで、流川は内心首を傾げた。
「おい、!」
そこに花道が入って来て一同は蜘蛛の子を散らすように退散していった。
二人の関係性は知らないが、どう見てもミスマッチだ。
氷帝という学校から来た事から余計に上級階級に見えると、不良にしか見えない花道。
どこに接点があるのか、他人に興味の無い流川もその相手が、面倒な相手である花道ということもあって少しだけ気になった。
「お前、飯まで暇だろ?練習見てけよ。」
更に夕飯の話まで話題に上げている。
益々よく分からない。もしかして一滴も同じ血が流れているようには見えないが親戚か何かだろうか。
「えぇ?嫌よ。」
嬉々としていう花道とは反対には心底嫌そうに首を横に振った。
「んなこと言うなって。」
「それくらいだったら図書室にいるわ。」
はっきりと”行かない”と意思表明をする彼女に流川はようやく立ち上がった。
「来れば良いじゃねーか。」
「むむっ、ルカワ!」
伏せていた為気付かなかったのか。立ち上がった流川はその身長のこともあって、どうあっても視界に入る。
花道が突っかかろうとするが、その前に流川は教室を出て行ってしまった。
「・・・とりあえず、行かない。終るのは何時?」
「7時半だけどよ・・・」
「じゃぁ7時くらいに行くわ。」
ようやく妥協するような返事が出てきて、花道はにかっと笑った。
「お、そーか!」
そうかそうか、お前も俺様の雄姿が見たいか!と調子に乗り始めた花道を蹴飛ばし、は図書館へと向かった。
腕時計を見ると時刻は6時50分。そろそろ頃合だ。
荷物を纏めるとは立ち上がった。蔵書はやはり氷帝には劣るが、静かな空間という意味では変わらないし、むしろ氷帝に比較すると生徒の数は少ない。
今日中に終わらせたかった契約書の直しも全て終ったし後はメールで送るのみだ。
あぁ、茅乃に連絡をするのを忘れていた。と、体育館に向かいながら携帯を開いて電話をすると外で夕食を食べること、遅くなることを伝えて電話をきった。
まだ他の部活生も練習しているらしく、遠くから彼らの声や吹奏楽部の管楽器を奏でる音が耳に入ってくる。
神奈川が田舎だと言うつもりは無いが、氷帝に比べると素朴な放課後の様子が広がっていて、自然と笑みが零れた。
「お!来たか!」
体育館を覗くと、いち早く気付いた花道がの元へと駆けて行った。レイアップシュートの仕方を花道に教えていた流川も呆れたように花道を見て、次にを見る。
「来たけど・・練習中でしょ。勝手に出てきて良いの?」
言葉は尋ねるようなものだが、確実に咎める響きを伴っていた。
しかし花道は改めるどころか胸をはって高らかに笑う。
「ナッハハハ!なんたって俺様は天才花道様!誰も・・」
「コラ!桜木!!早く練習に戻らんか!!!」
すぐさま怒声が響き、花道が「げっ、ゴリ・・」と小さく漏らすのを尻目に、は鼻で笑った。
「馬鹿ねぇ。」
「何ぃ!?」
小さくが言った言葉にふんぬーと怒るが彼女は肩を掴んでくるりと練習していた方・・つまり、流川の方を向かせると背中に蹴りを入れて飛ばした。
その乱暴な扱いに当然花道はほえる。
「てめー!後で覚えてろよ!!」
「はいはい。」
予想通りの反応に呆れたように返しながら、再びゴリ、もとい、赤木に檄を飛ばされながらも走ってコートに戻る花道を見送った。
花道を怒鳴っていた赤木は当然ながら次はに目を向けて困惑したような顔をする。
「お前は・・?」
見覚えの無い女生徒。しかも佇まいはきちんとしていて、営業スマイルで赤木とばっちり目が合ったのだ。
「あの馬鹿が見に来いと煩いので、見学していっても?」
そう言うと、彩子がにゅっと顔を出して、じろじろとを見たかと思うと何か合点がいったのか、あ、と声を上げた。
「貴方、もしかして噂の転校生じゃない?」
噂の、と言われてもそうかどうかは分からないが転校生ではある。あいまいに笑って自己紹介をしようと口を開いた。
「です。噂のかどうかは知りませんが、転校生という点は合ってますよ。」
あらら、本当に噂どおり美人さんねー、と呟いて彩子も返すように自己紹介をした。
見学はどこですれば良いのかと尋ねると、そのままベンチを勧められ、腰掛ける。
正面では花道がレイアップシュートを失敗して、教えているのであろう流川に激怒している。
あんなに見本になる流川のシュートを見て何故出来ないのだろうか、とは首を捻った。
「下手くそねぇ・・・」
それが聞こえたのか、再び花道が激怒した。
「!聞こえてんだぞ!だったらお前やってみろ!!」
「生憎と私にやらなきゃいけない理由が無いわ。」
「いいから来い!」
ずかずかとベンチまでやってきた花道はの手を引っ張るとコートへ戻った。
「あれだけ馬鹿にしておいて入らなかったら今日の飯はお前の奢りだからな!」
へぇ、とは口の端を上げて笑った。
バスケは授業でやったくらいだが、先ほど流川の見本も見たしできない事も無い。が、ここで軽々やってしまったら花道の自尊心は間違えなくずたずたに引き裂かれるだろう。
それはそれで、面白そうだ。
「じゃぁ出来たら花道の奢りね。」
「出来たらな!」
それを聞くと、は流川にボールを求めるように手をこまねいた。
投げて寄越されたボールを難なくキャッチしてその場で何回か跳ねさせる。
「おめー、バスケやったことあんのか?」
「体育の授業でね。」
そう返して
は走り出し、綺麗にレイアップシュートを決めて見せた。
ゴールから落ちてきたボールも流れるように回収し、にこにこしながら花道を見る。
「ちゃんたら、フォーム綺麗ね!流川のフォームそっくり。」
「あぁ、真似したから、そうなったんですよ。」
笑いながらは花道にボールを投げつけた。
「な、何故だーー!!!何故、この天才花道にできなくてなんかに・・!!」
聞き捨てなら無い台詞に、は花道の足を思い切り踏んづけると、とんとんと自分の米神をノックした。
「此処の作りが違うのよ。残念。」
馬鹿にしたように(実際馬鹿にしているのだが)言う彼女に、踏まれたせいで痛む右足の甲を気にしながら文句を更に吐き出そうとするがその前にいつの間にか赤木が来ていて彼の頭に思い拳骨を落とした。
ソレと同時に叱り飛ばす声を聞き流しながら彼らに背を向けると先ほどいたベンチに腰掛ける。
「ちゃんってバスケやってたの?」
そこには先ほど話すことの無かった女子生徒もいて、名を赤木晴子と言うらしい。
その隣で事の顛末を見ていた彩子は興味津々に尋ねる。
「いえ、体育でやった程度ですよ。」
「それにしては綺麗なフォームだったわよぅ!流川君そのままみたいで!」
興奮したように言う彼女に苦笑する。
「さっき見た流川君のシュートを真似したから、彼のフォームそっくりになったのよ。」
「へぇー、凄いのねぇ・・・」
どうだろうか、とは肩をすくめた。逆を言えばこういう時は人の真似しか出来ないということになる。
応用を利かせる為には結局それなりに時間がかかるのだ。
「おい、そろそろ休憩に入る。」
赤木から彩子に向かって声がかけられて、頷いた彼女は立ち上がった。
なるほど、ドリンクとタオルか。と、も追うように立ち上がる。
「手伝いますよ。前、テニス部のマネージャーやってたこともあるので、こういうの慣れてますから。」
そういうと彼女は嬉しそうに笑った。
ようやく部活がおわり、さぁ飯に行くか、ということになった訳だが、何故か話が広がってしまい。
結局その場にいた花道、流川、三井、リョータ、晴子、彩子そしての7名で食事に行くことになった。
花道が先導して入っていったのはラーメン屋で、なれない場所に少し戸惑う。
「あ、ハルコさん!どうぞこちらに!!」
顔を赤くして言う花道には”なるほどね”と呟く。
更にリョータはリョータで”アヤちゃんはこっち”と言っているのだから、ここもかと苦笑。
残ったは流川と三井に挟まれて座ることになった。
「そういえばどうしてお祝いなの?」
事情を良く知らない晴子がそう尋ねると、それは花道と以外の疑問でもあったらしく、一同花道を見た。
「あぁ、それはですね。が自由を勝ち取った・・いや、どっちかっていうとぶんどったお祝い・・ってぇ!」
その瞬間、正面に座っていたが花道の脛を蹴りつけた。
少し涙目になりながらを睨み、文句を言おうとするが、彼女は笑みを濃くしてじろりと自分をにらみつけたので、おずおずと開きかけた口がしぼむ。
(こういう顔するときは怒ってんのか・・)
隣に座っていた流川はメニューを手に二人のやりとりを眺めながら心の中で呟いた。
「何だよ、気になるな。」
すると、の反対側に座っていた三井が身を乗り出して言うので、リョータや彩子も便乗するように、気になる!と口々に言う。
参ったな、と内心困り果てながらもは少し考えてから口を開いた。
「まぁ、私の家は少々厳しくて・・」
「少し?あれがか?いやいや、ちげーだろ。」
割り込むように花道が言うのを視線で射殺して続ける。
「とうとう婚約者まで決めちゃうものだから我慢できなくなって家を出てきたんですよ。」
「ひえー!婚約者!!」
「ねぇ、もしかしなくともちゃんって物凄いお嬢様?」
彩子が目を光らせて聞いてくるものだから、は”大したことは無い”とぼかしたが、婚約者という単語がどうも引っかかるらしく、憶測を膨らませている。
「でも、よく許してもらえたな。家を出るなんて。」
三井が言うと、はふふ、と底冷えするような微笑を浮かべた。
「それは、もう。随分と手間がかかりましたよ。ここまで煩わされるとは思いませんでした。」
彼女の顔を直視していた三井にぞくり、と悪寒が走る。
「いやー、でも婚約かぁー。」
そう言いながらリョータはそろりと彩子を見た。
「彩チャン、俺らも婚約」
「する訳無いでしょ。」
一蹴すると周りが沸く。
「でも、そういうことならちゃんって今1人暮らしなの?」
周りがぎゃあぎゃあ騒いでいる中、の斜め前に座っている晴子に話しかけられてこくりと頷いた。
横では流川がもくもくと2杯目のラーメンを食べながら聞いている。
「えぇ。」
「そうなんだぁ・・・1人だと大変じゃない?」
晴子の言葉を一言一句逃さず聞いていた花道は笑いながらそれを否定した。
「晴子さんが心配することありませんよ。なんたってコイツ、ちゃっかり使用人に世話させてるんですから。」
「えぇっ!?」
使用人なんて言葉を花道が知っていたことにも驚いたが、それ以上にその事実に驚いた流川はずるずるとラーメンを啜るのを止めてを眺めた。
対するは、またこいつは余計なことを。と、花道を笑顔で睨みつけてる。
「す、凄いね・・」
「えぇと、それは親がどうしてもって譲らなかったのよ。」
そりゃすげー親だ。信じらねー。心の中で呟きながらずるずるとラーメンを啜るのを再開させる。
と、何を思ったのかがにこりと笑いながら自分を見たので流川は思わず噛まずに口の中のものを飲み込んだ。
「何なのよ、流川君。さっきから。」
「ん?」
「思ってることがあるなら口に出して言って。・・まぁ、大方何考えてるかは想像つくけど。」
言われたことのない台詞に流川は固まった。
(何で分かったんだ)
「顔に出てるからよ。」
思っていることの回答が彼女の口から飛び出して、更に流川は首を捻った。
「・・お前、エスパーか?」
「・・・そんなわけ無いじゃない。」
呆れたように返すと、そんな彼女を凝視する流川。中々見られない絵に周りは笑い始めた。
「流川が固まってるわよ!」
「すげーな、!」
あっはっは、と笑いものにされた流川としては面白くない。
のわき腹を肘で小さく突くと、思い切り彼女に足を踏んづけられて声にならない声を上げた。
全員が食べ終わり、少し談笑したところで一同は店を出た。
勿論、に奢った花道は軽くなった財布にため息をつく。
「んじゃ、俺は彩チャン送ってくんで。」
「じゃぁ、また明日ね。」
ひらりと手を振って2人は帰っていった。
今日一日見ていただけでもリョータが彩子に好意を寄せていることは分かったし、彩子も満更ではない気もする。
「で、ででででは、俺はハルコさんを!」
「いつもごめんね、桜木君。」
そう言いながらも晴子はちらりと流川を見た。
練習中もそうだったが彼女は流川に思いを寄せているようだ。
その流川はどうなのだろうか、と彼を見たが、彼は全く2人に視線を向けていない。
流川君は眼中に無しか、とはこの三角関係を面白そうに眺める。
それぞれが帰る背中を眺めて、残った流川と三井に”じゃあこれで”と背中を向けて歩き出そうとしたが、その肩を流川につかまれて不思議そうに彼を見上げた。
「1人じゃ危ねー。」
流石にを1人で帰すのは、と思っていた三井はそれに、おや、と目を丸くする。
あの、他人に無関心の流川が危ないなどと言って女性を引き止めているのだ。
「問題ないわ。私、こう見えても喧嘩強いし。」
「そういう問題じゃねーだろ。家、どっちだ。」
しょうがないなぁ、と息をついたはあっち、と方向を示す。
そこに三井がすかさず声を上げた。
「お。流川と同じ方向じゃねーの。じゃ、俺は反対だし先帰るぜ。じゃーな。」
最後に三井は流川を見てにやりと笑うと自転車に跨って行ってしまった。
その時、の携帯が震える。
「もしもし・・・えぇ、そう。大丈夫よ。送ってくれる人もいるみたいだし。」
ちらりとは流川に視線を送った。目が合った彼は誰と話しているのか、と視線で尋ねてくるので、口ぱくで”使用人”と伝えると少し間があったあと、ようやく分かったのか小さく、あぁ、と頷いた。
すぐに話は終わったみたいで、電話をバッグにしまう姿を尻目に無言で自転車の鍵を外して跨った。
そしてを見る。
「・・乗れってこと?」
こくん、と流川は頷くので、は視線を自転車に移した。
荷台がついているため、そこに座れば良いのだろうか。何しろ自転車の2人乗りなんて初めてだ。
「緊張するわね」
そう呟きながら後ろに乗ると、しっかり掴まれ、と声をかけられて何処に掴まれば良いのか分からず首を傾げる。
「・・・」
流川は無言での腕を引っ張ると自分の腹の辺りで交差させた。
「へぇ、自転車の2人乗りってこうやるのね。」
「初めてか?」
「そうよ。何だか楽しいわね。」
そう呟いて彼女は歳相応に笑った。
<<>>