花道は廊下を走っていた。
「東京から転入生だと。っていうらしい。」
「黒い髪に青い目。すっげー美人だったぜ。」
クラスの男子の声に花道は自分の耳を疑った。
黒い髪に青い目だなんて、そうそういない。しかも名前は一致している。
ばん、と勢いよくドアを開くと、クラス全員が花道を見た。
いつも寝ている流川は静かな空間で突如生まれた騒音にゆっくりと目を覚ます。
「!んで此処にいやがる!」
?はて、それは誰だっただろうか、とぼんやり考えていると隣の席からくつくつと笑う声が聞こえてきた。
見覚えの無い顔だ。
「久しぶり。花道。」
「久しぶり、じゃねぇ!」
ずかずかと花道はの前まで行く。
「コ、コラ!桜木!今は授業中だぞ!!」
教師が怒鳴るが、花道はそれを綺麗に無視する。
「一体どーいうことなんだー!」
はとうとう笑いだした。
「ここまで予想通りの反応するなんて、最高。」
そう言って花道を見上げる。
「昼休み、ゆっくり説明して差し上げるから今は教室にお戻りになったら?」
「むうーーーー絶対だぞ!ちゃんと話せよ!!」
花道はどかどかと教室から出て行った。
は一つため息をついて、唖然と自分を見ている教師を楽しげに見た。
「どうぞ、先生。授業を再開なさって。」
隣で見ていた流川は珍しく興味の色を覗かせた目でを見た。
すると、それに気づいたが流川を見てにこりと微笑む。
何だか分からないが流川はすぐに顔を背けて突っ伏した。
In to deep #4
昼食中に花道に事の顛末を話したら、彼は嬉しそうに笑って「よかったな」と言ってくれた。
「あぁ、でも一人暮らしだろ?おめーにできんのかよ。」
「心配しなくても使用人が2人くっついてきてるから大丈夫よ。」
そう言うと、花道は呆れたようにを見た。
「これだからお嬢様ってやつは・・・・・」
「・・何か言ったかしら。」
ぎろりと微笑みながら睨みつけると花道は、誤魔化すように、はははと笑った。
「笑いながら睨みつけるなんて器用なことしやがるぜ。」
続けて、花道は思い出したように、あ、と呟く。
「そういえば、俺、バスケ部に入った。」
それにはびっくりして目を丸くした。
「びっくり。」
「どういう意味だよ!」
「・・・・不純な理由がありそうね。」
じいっと花道を見つめると、彼はあせったように口を開いた。
「ま、ままま、まさか!そんな、ハルコさんは関係ねー!!」
成るほど、女目当てか。
は1人納得するが、花道はそれに気づかない。
とりあえず、今日は祝いに飯でも食いに行こう、と言われて、は頷いた。
部活があって遅くなるらしいが、どうせ、少しやりたいことがある。待つのは苦にはならないだろう。
それから授業に行こうとしたが、放送で呼び出され、職員室に行くと、営業からの電話では盛大に溜め息をついた。
授業が始まっているため職員室には担任と安西の二人の教師のみ。
余り人が居ないのに、幸い、とは険しく電話口で叱咤する。
「あのねぇ、今私は学校にいるの。それも転校初日、お分かり?」
は資料も何も無い状態でどうしろと言うのだ、と文句を言う。
「それに、平日は柏木に連絡しなさい、と言ったはずよ。PCも何も持っていない私に連絡を取るなんて、貴方の頭はお飾りなの?」
「あぁ、私のパソコンを使いますか?」
そういえば、来た時電話の相手をしていたのは安西だった、と思いながら安西を見ると、彼はノートパソコンをの前のテーブルに出した。
担任はというと、の辛らつな言葉に目を見張っている。
はすみません、と断り、会社のメールボックスを開く。
「5秒以内に資料を贈って頂戴。取引内容のサマリーと契約書だけで良いわ。」
そう言うと、電話先から慌てた声がして、すぐにメールが届く。
「すぐに目を通すわ。良いこと。この契約先はたいして重要じゃないけれど、逃したらその分金が飛ぶ。しっかり営業して来なさい。」
そして電話を切るとは安西を見た。
「申し訳ありませんが、プリンターをお借りしても?」
安西はどうぞ、とプリンターの位置を指差す。
はそれを確認して、くるりと担任の方を向いた。
「先生。すみません。ちょっと急用が出来て、次の授業欠席します。今後、こんなことは無いようにきちんと言っておきますので。」
「あ、あぁ。」
狼狽した声が返ってきて、はプリンターへと向かった。
プリンターはスキャナつきだったため、契約書はワード上で直し、取引先の資料については手書きでコメントを加えていく。
こんなことになるんだったら持ち運び用のパソコンを持ってくるべきだった、と後悔する。
(詰めが甘い、というか何と言うか)
契約書の修正は時間も掛からずに終わった。
後は、営業の時に何を材料に出すかを書き加えていくだけだ。
は携帯を取り出すと、その電源が切れていることに気づいた。
だから学校に掛かってきたらしい。
電源を入れて、電話を掛ける。
「・・・あぁ、私よ。営業の栢山につないで。」
程なくして、栢山が電話口に出る。
「契約書は直し終わったわ。そんなに穴は無かったわ。よくやってるわね。」
『ありがとうございます。』
「先方にはいつ行くつもり?」
『明日の午前中です。』
ふぅん、と相槌を打って、は手を加えていた資料を眺めた。
「先方には失礼の無い様に。私からもメールしておくから、ちゃんとやりなさい。それと、私は今県立の高校にいることを忘れないこと。前ほど融通は利かないわよ。」
『ありがとうございます。』
は資料をテーブルに置いて、息を吐き出した。
「資料は少し手を加えておくわ。先方は結構あくが強い人だから。今日中に送るから目を通しておいて。」
『分かりました。色々と、ありがとうございます。助かりました。』
ほっとしたような空気が向こうから伝わってくる。
は携帯を切ると、PCを持って立ち上がった。
「安西先生、ありがとうございました。」
「いえ、気にしないで下さい。」
椅子においてあったバッグを拾い上げ、担任の元へ向かう。
「先生。次の授業少し遅れます。すみません。」
「あぁ、仕方ないな。っつーか、お前、本当に凄い奴なんだな。」
しみじみと言う担任には首を横に振った。
「問い合わせの電話が私の所に来る時点で、凄くは無いですよ。」
「そうかぁ?」
そうなんです。と返すと、は職員室を出て屋上に向かった。
バッグからタバコと携帯灰皿を取り出して、フェンスに寄りかかる。
かしゃん、と金属がぶつかる音がした。
「・・・・疲れた。」
転校初日だというのに、何故仕事をする羽目に、と呟いて、火をつけた。
「む・・・?」
すると、頭上から声が聞こえてきて、は顔を上に上げた。
そこには流川の顔が覗いている。
どうやら上に上って寝ていたらしい。
「あなた、隣の席の・・・」
流川は少し考えて飛び降りるとの前に立った。
「タバコ・・・」
「あぁ、ごめんなさい。」
は大して悪びれもせずに携帯灰皿にタバコを押し付けた。
「起こしちゃったからしら。」
尋ねると、流川はこくんと頷いた。
「おめーは、転校生・・・?」
だったよな、とは思うが、いまいちちゃんと顔を見ていなかったので覚えていない。
はそれが分かったのか笑いながら口を開いた。
「そうよ。。貴方、自己紹介の時いなかったもの。遅刻?」
同い年なのにそれを感じさせない彼女に、そして花道との朝のやり取りを見ていて彼女に興味を持ったのか、流川は口を開いた。
「流川楓。」
唐突に彼の口から出てきた言葉に、それが彼の名前であることを認識するのに時間がかかる。
「あぁ、名前ね。」
彼にとっては比較的至近距離できゃーきゃー言わなかったり顔を赤くしたりしない彼女に嫌悪感は無い。
「お前・・・」
「ストップ。」
何だ、と流川はを見た。
「私、お前って言われるの大嫌いなの。ついでに名字も、余り好きでは無いわね。名前で呼んでくれないかしら?」
「・・・は、あの、どあほうと知り合いか?」
「・・・どあほう?」
だれだ、それは。と首を傾げると、「桜木花道」と説明される。
「そうね。友人よ。」
「・・・・・・」
言っては悪いが、二人の共通点が全く見えない。
首を傾げてみると、はくすくすと笑った。
「流川君って、何だか可愛いわね。」
「・・・んなことねー。」
そう返したところで、チャイムが鳴り響く。は荷物をバッグに突っ込むと流川に声を掛けた。
「次の授業は出ないと。ほら、流川君も行きましょう。」
「ヤダ。」
と彼は眠そうに緩く首を横に振った。
「ヤダって・・・授業は一応受けなきゃ駄目よ。まぁ、サボってた私が言うのも何だけど。」
ほら、行くわよ。とは流川の背を押して屋上を出た。
転校初日
2013.5.5 加筆修正