Dreaming

屋烏之愛 第弐話



地面を揺るがす震動と、けたたましく鳴り響く鐘の音。
訓練兵団の教員室で書類と睨めっこしていたは異様な状況に立ち上がった。


「・・・まさか」


5年前の襲撃が頭を掠める。


「超大型巨人出現!壁が破られた!」


次いで、外から聞こえてきた伝令の声に、はマントを羽織ると、駆け出した。
今、調査兵団は誰も居ない。この状況で指揮を執るとしたら駐屯兵団だ。
馬に飛び乗り、駐屯兵団本部へと走らせる。
援護に入るにしても、状況の把握と、各部隊がどう動くか知っていないとどうしようもないのだ。


(壁が破られたとしたら、避難、迎撃、そして出来るかわからないけど壁の修復の3手に分かれる必要がある筈・・・)


訓練兵団の宿舎から中東兵団本部までは距離はそう無い。すぐにたどり着いたは騒然となる本部の中を突き進んだ。


「あぁ!兵長補佐!やっと来たか!」


そこに呼び止められて、は声の主を見た。
こんな状況に陥るとは思わなかったのだろう。顔色を悪くし、小刻みに震えながらを先導するように踵を返した男はキッツ・ヴェールマン。トロスト区兵団隊長だ。


「状況を教えて頂けますか。」
「現在、駐屯兵団と訓練兵団の兵にて壁の修復準備と迎撃の準備をしている!あとは、あぁ、市民の避難も並行して実施しているところだ!」


あぁ、何故よりにもよって調査兵団の奴等が壁外調査なんぞに行っている時に!と悪態をつく声も覇気が無く、壁を破って入ってきた巨人の存在に、全体が動揺しすぎていることを冷静に悟る。


(巨人と対峙する機会があるのはほぼ調査兵団のみ。当然の反応と言えば当然か。)


ノックもせずに入った部屋に続けて入り、ボードの前に立った。
そこには、既に作戦の草案が描かれてあり、前衛、中衛、後衛に分かれて市民の避難支援を行うことが見て取れた。


(確実に前衛は捨てることになる・・でも、)


分かっている。コレが今取りうる最善の策だ。
今優先させるべきは市民の避難。そしてその後の対応を考えると、駐屯兵団に使える兵を残しておかなければならない。


「時間が惜しい。前衛については駐屯兵団の部隊長にて人選に取り掛かって下さい。中衛はキース教官、指示をお願いできますか。イアン班長、後衛は市民避難の最後の砦になります。それを念頭に召集をお願いします。30分後にトロスト区兵舎に集合。」


そこまで一息に言って、はキッツに視線を向けた。


「キッツ隊長、問題はありますか。」
「い、いや、そのとおりに動け!解散!」


それにも敬礼をし、イアンに続いた。


「私も後衛に入ります。」
「心強い。」


彼の隣を走りながら言うと、彼は大きく頷いて後ろにいるリコを見た。


「リコ、ミヤビが精鋭を召集しているはずだ。伝令を頼む。」
「分かった。」
























撤退の合図は出たものの、は見知った訓練兵の姿が無いのに焦りを覚えながらも班長、隊長クラスと共に壁の上で報告を聞く。


「これでは5年前と同じだ。」


誰かがぼそりと言った。確かにそのとおりだ。


「・・壁の修復は?」
「大きすぎる。我々では無理だ。」


やはり壁の補修については無理か、とは唇を噛む。
このままでは本当に5年前の再現だ。


「あ、あれは・・!」


兵の1人が壁の外を指差した。
数名の兵。しかも、は彼らに見覚えがあった。


兵士長補佐!」


気付くなり、飛び出したを止めようとリコは手を伸ばすが、彼女はそれを振り切って下に下りていってしまう。
次いで、あの中から生還した兵の存在に背後の兵が歓喜するのが伝わった。


(・・しかし、)


リコも喜びを覚えない訳ではないが違和感が拭えない。
見覚えが無いということは訓練兵だ。それが、何故無事、とは言い難いが帰還できたのか。
ひと波乱ありそうだ。という彼女の予想は外れず、事情を聞いた一同は一変して困惑し、キッツの指示により、彼らに銃を向ける事態となった。

















擁護しようとしても、今現場の指揮は駐屯兵団にあるといわれてしまえば、は口を噤むしか無い。


「もう一度問う!貴様の正体は何者だ!?」
「人間です!」


一見すると間抜けな答えだ。だが、それ以外に答えようは無いのだろう。
は短絡的に始末するという答えに行き着かないように、と願いながらキッツを見つめたが、その願いも虚しく、彼は「そうか」と呟くと右手を上げた。
それに、思考が動くよりも早く、の身体が動く。


「キッツ隊長!余りにも性急な判断です!」


ばし、と音がしては彼の手を叩き落した。


「この状況下、警戒するなという方が無理ですが、彼を殺すことによって、もし、人類が巨人に対抗する微かな光を殺すこととなれば、取り返しがつかない!」
「黙れ!」


地位を考えれば、彼よりもの方が上だ。だが、今は状況が悪い。
以外に調査兵団員はおらず、エレンたちを取り囲むのは地上だけではなく、壁の上からも警戒はされている。ご丁寧に大砲まで用意して、だ。


「指揮権は駐屯兵団、つまり私にある!黙っていろと言っ・・」
「黙る訳が無いでしょう・・!」


ぐ、と胸倉を掴む。身長差があるにも関わらず圧倒される迫力に、キッツは目を見開いた。
忘れていた訳ではないが、彼女は調査兵団の人類最強に継ぐ実力者だ。


「エレン・イェーガーの身柄については私が拘束する。ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルトレトについては離して拘束。私の実力はご存知だろうが、1体の巨人を殺す事くらい訳は無い。彼の処遇についてはピクシス指令が戻り次第、私が、話を伺います!」
「それが出来る保障がどこにある!」


周囲は、言い争う上司と、その実力を知らない者は居ない程の兵長補佐の言い合いに、どうするべきか二の足を踏む。


「保障?保障なんて、今まで巨人と対峙してきてあったことがありましたか!?私達が今、考えるべきは保障された未来ではない。巨人に対抗しうる可能性があるかどうか、です!」


言い切った彼女に、キッツは怒りに震えながらも小さく押し殺すように呟いた。


「誰も・・、誰もが、君のように強くは無い・・!!」


あぁ、彼は正常な判断は出来る状態に無い。そう絶望すると同時に、打開策を巡らそうと周囲を見回すが、それをキッツの声が遮った。


兵長補佐を拘束しろ!」


可能性を考えない訳では無かったが、拘束命令には舌打ちした。
此処で争っても、は丸腰。エレンたちを守り切ることなど不可能だ。


「さっさとしろ!!」


キッツの周囲にいた兵がを取り囲む。が、やはり相手が相手なだけに彼らは緊張した面持ちで、から視線を外し、拘束しようと動き始めた。


「・・ッエレン・イェーガー!逃げろ!」


動揺していた兵が命令には逆らえず、を拘束した瞬間、彼女は3人に向かって叫んだ。
それに力強く頷いたのはミカサで、彼女はエレンを抱えて逃げようとするが、すぐさまキッツは命令する。


「逃がすな!撃て!!」























ピクシスが到着して目にしたのは、迎撃体制を取るように指示をしながら右手を上げるキッツとその横で何故か数名に取り押さえられている。そして、敬礼をするアルミンとその背後にいる2人の訓練兵だった。


「よさんか。」


まず、キッツの右手を掴んだピクシスは彼の手を下ろさせると、に視線をやった。


「何故拘束されているか、は大体察しがつくが・・ふむ、拘束を解いてやれ。美人が拘束されているのは見ていて気分が悪い。」
「・・ピクシス指令・・相変わらずですね。」


その物言いに呆れたように返しながら、抑えられる手が除けられるのを待って、は彼に頭を下げた。


「迷惑をかけたな。」
「・・・・・・・・・・・いえ。」


たっぷりとした間に、遅くなったことを非難されているのを感じ取ったのか、ピクシスは苦笑しながら頭を掻いた。


「それで、どうするおつもりですか。」
「とりあえず、」


ピクシスの視線が下に向く。視線の先はエレンだ。


「話を聞こうかのぅ・・・兵長補佐。お主は少し休んでおれ。」


ぽんぽん、と二回頭を撫でて、歩いていくピクシスを見送って、は下を見下ろした。
呆然としている3人に、おっかなびっくり兵士が駆け寄る。危害を加えることは、今のところ無さそうだ。


兵長補佐。申し訳ありませんでした。」


先ほどを拘束していたうちの一人、イアンが頭を下げる。
それに手を軽く振って答える。


「気にしないで。命令だから仕方が無いこと位、分かっています。」


ピクシス指令は駐屯兵団を纏めるだけあって、一癖も二癖もある人物だが、人類存亡にかける思いについては人一倍強い。
彼に任せていれば、エレンを悪いようにはしないだろう。恐らく。


促されるまま、はイアンに案内され、ようやく椅子に腰を下ろすと息を吐き出した。


<<>>

2013.12.09 執筆