Dreaming

屋烏之恋 第参話



エレンが巨人化し、壁の穴を塞ぐという作戦内容を聞いたは話し終えたピクシスをじっと見上げた。


「エレンの護衛する精鋭班には私も入りましょう。」


この作戦を話せば、は必ずそう言うだろうと予測していたピクシスだが、彼は首を横に降った。


「今回の作戦は、不確定要素が多すぎる。そこに副兵士長の君を投入することは出来んな。」
「・・・いつだって不確定要素は付き纏うものです。私は構いませんが。」


ピクシスは、相変わらず気の強い女だ、と笑った。
だからこそ、調査兵団なんて実力はあるものの変わり者の多い集団の中で副兵士長なんて地位まで上り詰めたのだろうが。


「まぁまぁ、大人しくお主は街の隅に巨人を集める囮をやってくれんかの。」
「・・・拒否します、と言ったらどうしますか。」


ふむ、と顎に手をやって、面白そうに片方の眉を持ち上げたピクシスは低く笑った。


「決定権は儂にある、とだけ返そうかの。」


正論だ。は諦めて立ち上がると、囮班の元へ足を進めた。
壁に穴が空いている部分へ目を向けると、そこへ向かって壁の上を走る集団が目に入る。
エレン達だ。


(頼んだわよ)


現状を打開するに必要なのは、彼の巨人化する能力だ。
は、目を一瞬瞑って彼らの武運を祈ると、硬質スチールを引き抜いた。


「左の巨人は私が引き寄せます。殺す必要はありませんから、皆さん、深追いはしないように。」


背後で頷く兵の声を聞きながら、壁から飛び降りた。























状況を確認したリヴァイはこの作戦班にの姿がいないのに気がついて眉を寄せた。
彼女ならば、このような作戦の場合は必ず前線に出る筈だ。
そうではない、のならば、それを抑えこむ誰かがいるのか、それとも、それを出来ない状況にあるのか。
そんな筈は無い、あり得ない、とは思いつつも焦燥感が募る。


「オイ、俺の補佐は。」


補佐、と言われて最初は状況が飲み込めなかったリコだが、すぐにの存在を思い出して、囮班をしていた集団が集まる場所を指さした。


副兵長でしたら、囮部隊の指揮をしていましたので、恐らくあちらに。」
「そうか。」


自分とは入れ替わりにやってきた憲兵団を尻目にリヴァイは指を差された方へと足を進めた。
壁の上を歩いていると、まだ生きている巨人が目につくが、あれらをどうにかするのは駐屯兵団の仕事だ(あるいは、要請を受けて調査兵団と合同でやるか)。





未だ歓喜に騒いでいる一同を宥めながら班長に指示を出しているの姿は人の中心になるからかすぐに見つかった。
名前を呼ばれたは眉を一瞬寄せると、きょろきょろと周りを見回す。


「・・っ兵長!」


話していた兵との話を折るような所作の後、リヴァイに向かって歩き出したにリヴァイは満足そうに口元を歪めた。


「ご無事のようですね。」
「当たり前だ。」


確認するように視線が頭からつま先までさまよった後、ようやくにこりと微笑んで言われた言葉に、リヴァイもに怪我が無いのか視線を巡らせる。


「どうかしましたか?」


じろじろと自分を無言で見てくるリヴァイに首を傾げると、リヴァイは首を横に振った。


「何でもねぇ。先に兵舎に戻ってる。」
「あ、はい。分かりました。」


頭を下げてリヴァイを見送る。
平均の身長よりも低い彼はすぐに人混みにまぎれて見えなくなった。


さん!イアンさんが探してましたよ!」


暫くそれを見つめていたが、すぐに背後から声をかけられて振り返るとジャンがいて、こちらへ駆け寄ってくる。


「分かりました。」


先導するように踵を返すジャンに続いて、も人混みに紛れた。




















トロスト区奪還作戦から2週間。
調査兵団がエレンの身柄を預かる事となり、ようやく、あの喧騒が治まってきた頃。
はあり得ない仕事量に忙殺されていた。
というのも、トロスト区奪還作戦後の対応(主は駐屯兵団だが、調査兵団からは代表してが会議に出ている)、そしてリヴァイが旧調査兵団本部に移動してしまったため、リヴァイが捌いていた通常業務はに回ってくる。更に、の本来の仕事だってあるし、新兵が入ってきた為その対応もあり、とにかく、トロスト区奪還作戦以降、は多忙を極めていた。


(団長にこれの伺いを立てたら、憲兵団に調書を送って・・・あぁ、その前に駐屯兵団に確認を取らないと。)


手元の冊子を捲り、期日を確認しながら今からやることを組み立てていく。


「うわっ」


視線を手元に思考を巡らせながら角を曲がると、どすん、と何かにぶつかって、体が跳ね返った。


「っと、すんません!」


考えにふけりすぎていたせいで、一瞬何が起こったか分からず、そのまま後ろにひっくりかえってしまいそうになるが、それをぶつかった何かが手を引っ張って止めてくれる。


さん、大丈夫スか?」
「・・・あ、ごめんなさい。」


ばさばさと手元の書類が落ちて行って、は自分の失態にため息をつきながらもしゃがんで書類を集め始めた。


「いや、俺も、ちゃんと見てなくて・・怪我、無いッスか?」


問われて、は手を止めるとびっくりしたようにジャンを見て、思わず笑った。


「え、何スか?」
「いえ、ただ、この前まで生徒だった子に、怪我は無いかなんて言われるとは思わなくて。」


滅多に笑わない彼女の笑顔にジャンも書類を拾う手を止めた。
さー、と顔が赤くなり始め、顔を見合わせていたはいつもの表情で首を傾げた。


「どうかしましたか?」
「あ、いえ!笑顔が、素敵だなって・・あ。」


言ってしまった、と表情を固まらせたジャンの目の前で、が今度は顔を赤くした。
今まで面の皮が厚い女、やら、冷酷やら、言われてきた為、不意打ちも良い所だ。それも、年下から。
は恥ずかしいのか嬉しいのか良く分からずに俯いた。


(耳まで赤ぇ・・)


教官としての彼女は厳しいイメージが強かったが、あのトロスト区奪還作戦の時、彼女がいてくれたことでほっとした気持ちがどこかにあった。
きっといなかったら、自分は落ち着いて行動出来なかっただろう。
そんな、頼りがいのある彼女の、かわいい一面に、ジャンはどくんどくんと心臓が高鳴るのを感じた。


「あ、あの・・」
「オイ」


今日の夕食、一緒に行きませんか、と言おうとした所で、しゃがみこんでいる2人に影が差して、低い声が降ってきた。


「・・!リヴァイ兵士長!!」


いち早くそれを見上げたジャンは、勢い良く立ち上がると敬礼をした。


「あ、兵長。どうかされましたか?」


さ、と顔をいつも通りに戻して。手早く書類をまとめて立ち上がると、はリヴァイに向き直った。なのに、肝心のリヴァイはジャンを見ている。
もしや彼に用事があるのだろうか、と思い始めた頃、ようやくリヴァイが口を開いた。


。話がある。」
「わかりました。」


やはり自分に用事があったらしい。頷くと、はジャンに短く礼を言うと、リヴァイの後ろを追った。


「何やってたんだ、あれは。」
「恥ずかしながらぶつかってしまって。書類を落としてしまったのを拾っていたんですよ。」


それだけの雰囲気じゃなかっただろ。とは言えず、リヴァイは自室のドアを乱暴に開けた。
2人の会話は実の所聞いていた。
恋愛面に疎すぎる彼女にいま一歩踏み出せずにいたものの、まさか、新兵がちょっかいを出してくるとは思ってもいなかったリヴァイは珍しく焦っていた。
それと同時に、珍しく急にこの調査兵団本部まで呼び出したエルヴィンに感謝する。


「それで、話、とは何でしょうか」


リヴァイの自室に入るのはこれが最初ではない。
兵長補佐という性質上、急ぎの報告で早朝や夜に部屋を尋ねる事はあったし、その逆も然り。
大した緊張もせずに、促されるままソファに腰を沈めると、その正面でリヴァイは立ち止まった。


「あ、あの、兵長?」


リヴァイが立っているのは、向かいの椅子ではなくて、が座っているソファとテーブルの間。つまり、彼女の目の前だ。


「どうかしましたか?・・・もしかして、具合でも・・・」


目の前に立って自分を見下ろしたまま何も言わないリヴァイに、不安そうにが腰を上げかけたものの、リヴァイはソファの背もたれに手をついて身を屈めてきたので、その腰を下ろして背もたれに思い切り背をつける。


「本当に鈍いヤツだな。」


そう言ってため息をついたリヴァイは体を思い切り反らせているの胸ぐらを掴むと引き寄せた。


「他の男に隙なんぞ見せるな。」
「は・・?」


いきなり何故他の男に隙を見せるなという話になるのか。そもそも隙なんて見せただろうか。
そう、考えていると、またため息が頭上から降ってきた。


「いい加減俺のものになれ。」
「・・・あの、私は兵長の補佐ですが。」


”俺のもの”という言葉をどう解釈したのか。ここまで来ると呆れ返ってしまうが、逆にそれは良い、とリヴァイはにやりと笑った。


「そうか。そうだったな。お前はもう、俺のモノだった。」
「その言い方は誤解を生みそうなので他の言い方に・・」


その言葉が終わる前にリヴァイは顔をぐっと近づけるとその口を塞いだ。
触れるだけのキスだが、顔を離すと、は顔をぽかんとさせてリヴァイを凝視している。
が、すぐに顔を真赤にしていく。


「な、何を・・」
「お前は俺のモノなんだろ?」


楽しそうに笑って、リヴァイはいよいよソファに膝を立てるとに密着する。


「違ったか?」


息が頬をかすめる。
は何て言って良いか分からずに口をパクパクさせたが、やがて、小さく頷いた。


「違わ、ないです。」


ようやく満足そうに笑ったリヴァイは膝を支点に彼女を横に押し倒すと再び口付けた。
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2014.01.16 執筆