それから数日がたったが、未だの記憶が戻る兆しは無い。
よく行っていたパン屋に連れて行っても、馴染みのある兵に会わせてみても、そして嫌がるを無理やりリヴァイの部屋で生活させてみせても。
「お前の頭の中はどうなってるんだ。」
イライラと足を揺らしながらリヴァイはを睨みつけながら言って、コーヒーカップを手にとった。
「後、試してないのは、記憶をなくした時と同じ状況にするってことだけど・・」
記憶喪失に関する本を手に、ハンジはを見た。
「普段、あれくらいの高さから落ちても気絶しないもんねぇ、はさ。」
「・・・アポロ。即効性の睡眠薬は作れるか?」
アポロとが同時に何にそんなものを使うんだ、という目でリヴァイを見た。
「まぁ、作れるぜ。何に使うんだよ。」
「睡眠薬を飲ませた直後に木から落とす。これなら頭打って気絶するだろうが。」
あまりにも乱暴な話に顔を顰めたのはだけで、アポロとハンジは同意するように頷いた。
「それいいねぇ!さぁさぁ早速作っちゃおうよアポロ!」
「薬作んの久しぶりだなぁー。よし、、腕によりをかけて作ってやるから待ってろよ!!」
いくら身体能力に自信があると言えど、強制的に眠らされておまけに木から突き落とされるなんて甘んじて受けたくない。
やめて、考えなおして、他になにか方法を!と言おうとしても、走りだしたアポロとハンジは部屋には居ない。
「・・・・リヴァイ」
出来る事と言えば、発案者のリヴァイを睨みつける事くらい。
「もっと他になんかあるでしょ!!」
「ほぅ・・言ってみろ。」
問われてぐぅと唸る。文句を言う事は出来ても代替案なんて考えつかない。
「まぁ、」
何か無いかと考えを巡らせているを見て面白そうに口を開いたのはリヴァイで。
「俺は、他に思いつかない事は無いがな。」
じゃぁ言えよ。口走りそうになったが、にやにやと嫌な笑みを浮かべるリヴァイに嫌な予感がして口ごもる。
今のからしたら付き合いが短い彼だが、真顔でもとんでもない事を言い出すことがある彼がニヤニヤしながら言う事と言えば、更にとんでもない事だということは薄々感づいているのだ。
「何だか分かるか?」
「・・・・分からない。し、別に言わなくても・・」
言わなくても良いと言いかけて言葉が続かない。
ぐい、と手を引っ張られて足払いをされたのだ。転がる先はベッド。
「ヤるか。」
追いかけるように覆いかぶさってきたのはリヴァイで、視界いっぱいに彼の顔が広がっては状況が飲み込めずに呆けた。
「はぁ?」
そして、瞬時に意味を理解すると顔を真赤にする。
何を今更、とリヴァイは思ったが、今の彼女からしたら、未知の経験。
「あぁ・・そうだったな。お前、俺が初めて・・」
「わーーーー!!!」
慌ててリヴァイの口を塞ぐと彼はべろりと口を塞いでいる手を舐めた。
「ひっ」
驚いて手を離すは、混乱しているのが見て取れる。
「2回、お前の処女を貰うのも悪く無い。」
そうして笑って見せる彼に、はひくりと頬を引き攣らせて、叫んだ。
「こっ小太郎ーーー!!助けてーーーー!!!!!!」
それはもう鬼気迫る叫び声だったらしい。
結論から言うと、アポロ特性即効性睡眠薬を投与して、いつぞやが落っこちた木から付き落とすという作戦は成功だった。
落ちる木の上に登ってもまだ渋るに無理やり薬を投与したのはリヴァイで、更に木の上から真っ逆さまに突き落としたのもリヴァイで、その容赦無い彼の一連の行動にエルヴィンは引き攣りながらも心のなかで拍手を送った。
どすん!と言う音がしてすぐさま駆け寄ると彼女は目論見通り気を失っていて小太郎はせっせと彼女を医務室へと運んだ。
勿論、目立った外傷が無いのを確認してからだ。
「・・・あ、起きた?おーい、ー?」
がちょうど目を覚ました時にとなりに腰掛けていたのはハンジで、彼女を押し飛ばしてリヴァイはの顔を覗きこんだ。
「オイ、記憶はどうだ。」
いてて、と強かに打った腰を擦りながら、苦笑交じりにハンジは起き上がった。
が起きたのなら、アポロも出てこれるだろうか、と思うと同時にベッドの下からホラーのように這い出てきたのはアポロで、ハンジは彼を引っ張りだしてやる。
「あー、よく寝た。」
「へぇ、アポロは影の中で寝れるんだ?」
「まぁな。」
寝れる、というよりもが気を失っている間は強制的に眠らせられているという感じだが、訂正するとそれはそれで食いついてきそうなので訂正するのをやめてアポロはベッドの上に乗っかった。
そしてよじよじとの目の前に進んでにかりと笑った。
「よ、気分は?」
「・・・気分はって、最悪だよ。」
ようやく言葉を発したはまだ睡眠薬が残っていてけだるいのか、頭を振った。
「あ。ジャンは?大丈夫だった?あんまり深く考えずに小太郎に向かって放り投げちゃったけど・・・。」
彼女の言葉に、を除く一同は目を見合わせた。
ジャンは?だなんて、いきなり何を言い出したのかと思ったが、そういえば彼女が記憶を失うきっかけになった人物はジャンだ。
「なぁなぁ、昨日何してた?」
アポロが尋ねた言葉に、は心底バカにしたように「はぁ?」と返した。
「今日の訓練内容の確認を一緒にしたじゃん。あとアポロとハンジが研究成果を聞けって煩いからちょっと話を聞いて・・・」
「あぁ!巨人の皮下組織についてな!」
「あれにはまだ続きがあってね。ったらさわりだけ聞いて行っちゃうもんだから、気になって仕方がなかっただろう?」
嬉々として話しだしそうなハンジを無言で蹴り飛ばし、ベッドの上にいるアポロをむんずと掴んで後ろに放り投げたリヴァイはがしりとの肩を掴んだ。
「・・・思い出したのか。」
「は?」
何言ってんだこいつ、という目で見ると、無性にイライラしたリヴァイは右手をの頭に無かって振り下ろした。
「いったぁーーー!!」
「昨日までの話しをしてやろう。」
文句を言おうとするの言葉を遮ってリヴァイは屈むと、と視線を合わせた。
その睨むような目(実際に睨んでいるのだが)に怯んだはう、と言葉を詰まらせる。
「新兵を助けたお前は無様にも地面に叩き付けられて、目が覚めたと思えば俺に向かって『どちら様』だなんてほざきやがった。そのまま1週間と少し記憶を失ったまま、碌に仕事もせずにタダ飯を喰らい、記憶を思い出させてやろうと話しかけてやってる俺に悪態はつくは逃げまわるは――――」
こんなに、マシンガンの如く話を続けるリヴァイを見るのは初めてで、は唖然としながらも彼の話を聞いていた。
それがようやく終わったのは、小太郎が呼びに行ったエルヴィンが医務室に到着した頃。
彼の登場によって、リヴァイの呪いのような言葉は中断され、「良かった良かった」と和気藹々と記憶が戻ったことを祝福された。
話を聞きつけたエレンやミカサもやってきて、その祝福ムードは一気に膨れ上がり、影を落としたリヴァイは舌打ちをして近くの椅子に腰を下ろして、邪魔な来訪者が居なくなるのを彼にしては珍しくじっと待った。
「なんか、ごめん。忘れてて。」
ようやく部屋に戻ったはソファに腰掛けたまま風呂から上がったリヴァイを出迎えるなり頭を下げた。
としては、全く記憶を失っていた覚えなんて無かったのだが、周りの態度と、とりわけリヴァイの様子から本当に記憶を失っていたのだと自覚したものの、どうしようもないと開き直るしかない。のだが、まぁ、もしコレが逆の立場だったらキレるだろうなと思い立ったは謝ることにしたのだ。
「・・・・なんだ、急に。」
タオルで髪を拭きながらどさりとベッドに腰掛けたリヴァイの眉間にはシワが寄っている。
「あー、いや、忘れてて悪かったなぁって。」
「・・・・もう良い。」
記憶を取り戻して、呑気にジャンは?だなんて言い始めた時はぶん殴ってやろうかと思ったが(実際にぶん殴ったのだが)、今となっては気分が大分落ち着いている。
何故が落ちたのかは知らないが、外的な要因で記憶を一時的に失っていたのならば不可抗力だし、思い出した今となっては、まぁ、どうでも良い。釈然としないのは事実だが。
「このまま、思い出さないようだったら犯すところだった。」
「・・・え?・・っ」
ようやくの目を見たリヴァイの目は、それはもう、獰猛な獣のようだった。
立ち上がったリヴァイは性急にに近づき、彼女の頬に向けて手を伸ばす。
それがするりと頬を通り過ぎたと思ったら、がしりと後頭部を掴まれて息を呑んだ。
すぐに近づくリヴァイの顔。
「・・・んっ・・ふぅ」
噛み付くような口づけ。
キスなんて、毎日のようにしているのに、何だか久しぶりのような気がして内心首を傾げる。
しかし、すぐにそんな疑問はどこかに行ってしまった。
正しくは、咥内を我が物顔で動きまわる舌に思考力を奪われてしまった。
ねっとりとした舌は最初ぺろりと唇を舐めたかと思うとぬるりと口の中に入って久しぶりのその感触を確かめるように口の中をまさぐる。
いつもよりも執拗なそれに眉根を寄せたが彼の肩を叩いた所で、リヴァイはちらりとの目を見ただけで、すぐに閉じてしまう。
「・・・っはぁ、も・・何?」
ようやく開放されて、ひんやりとした口元を手で拭う。
「1週間分、今日は付き合え。」
悲鳴は口づけにかき消された。
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