Dreaming

お嬢様シリーズ 『執事と喧嘩』



の後ろの席はいつも空。今日も今日とて、空席のそれを眺めた佐助は隣に立つクロロにひそひそと声をかけた。


「あそこの席って、いっつも居ないけど何な訳?」


その声を拾った生徒のうち、大多数がぴしりと身体を固まらせた。
それを感じ取った佐助は首を傾げる。


「・・・この中学には風紀委員なるものがある。たまに学ランを着ている学生がいるだろう。」
「あぁ・・・やたら強面の」


平然と頷くクロロとは対照的に大多数の生徒はぴりぴりと神経を尖らせる。


「その風紀委員を纏めている風紀委員長の席だ。神威に負けるとも劣らずの戦闘狂だな。」
「・・・へー。」


噂をすれば何とやら。教室が開く音と共に入ってきた少年に、教室の空気が震えた。
先ほどのクロロが挙げた特徴に当てはまる学ランを羽織、腕には風紀の腕章。
少年の纏う空気は鋭利な刃物のようで、数名が息を飲む。


「ねぇ、。執事は1人まで、って校則に書いてある筈だけど。」


そう言いながら黒光りするトンファーを取り出した雲雀は目掛けてそれを振り下ろすが、佐助が咄嗟に苦無を手に受け止める。


「ふぅん・・・中々優秀みたいだね。」


やれやれ、と肩を竦めたクロロはこの場を収めようと口を開く。


「雲雀。引継ぎをしているだけだ。それを下ろせ。」


ちら、と視線をクロロに向けた雲雀はにやりと笑った。


「じゃぁ、さっさと終わらせて君は学校から出るんだね。」


そして次に視線をトンファーを受け止めている佐助に向ける。


「うん。君とやり合うのも中々楽しそうだ。」
「は?」


トンファーを引くものだと思っていたのに、益々それに篭められる力が強くなって、佐助は助けを求めるようにクロロを見たが、彼は頭を横に振るばかり。


「うそーん」


続いて、俺も混ぜて、と神威が乱入してきて、一気に教室内はカオスと化した。























雲雀は本当にの規則違反を咎めにやってきただけらしく、教室を荒らすだけ荒らすとさっさと教室から出て行ってしまった。
残ったのはすっきりした表情をした神威と、戸惑いを隠せない佐助だが、クロロは佐助の肩を慰めるように叩くと彼も学校を後にした。


「ほんと信じられない。ここって平和な世の中じゃなかったっけ?」
「あー、此処は例外だよ。ちょっと変わったのが多いだけ。」


そう返しながらは足を止めた。
窓の外に嬉々として不良学生を殴りまわる雲雀を見つけたのだ。


「あれ、風紀委員長なんだよね。学校の秩序を守る人だよね。」
「自称、学校の秩序らしいよ。」


胡散臭いなぁ、と表情にありありと描きながら佐助も雲雀を見下ろした。


!新入り!行くアルよ!」


立ち止まっている2人の背を叩いたのは神楽だ。
ビン底眼鏡をかけているので普段は分からないが、それを取った神楽は大変可愛らしい容姿をしているのに勿体無い。とは常々思う。
しかも聞くところによると、それは伊達眼鏡だと言うのだから、彼女の趣味は良く分からない。


「新入りって俺?」
「そうネ。ほら、新入り。さっさと酢昆布買ってくるがヨロシ。」


本当にこの学校には変人しか居ないのではないだろうか、いや、それとも自分の常識が通用しないだけなのか。
真剣に悩み始めた佐助には苦笑した。


「新しい人が来るといっつもコレだから気にしない方が良いよ。」


歩き始めたに合わせて佐助も頷きながら足を進めた。


「でも、雲雀には、暫く付きまとわれるかもね。あ、あと神威にも。」
「呼んだ?」


隣から声がして、はびくりと震えると、嫌そうに神威を見た。
そんな彼女の態度は何のその、神威はにこにことと佐助を見ている。


「呼んでない!」


しっしっと追い払うように手を動かすと、それをぱしりと掴まれて眉を寄せる。


「さっきの話だと、そこの新入りとやりあうっても良いってことだろ?」
「どこをどう解釈したらそうなるのかな。」


呆れたように言うと、神威はにっこりと笑った。


「言葉の通りに解釈しただけだけど。」


佐助は頭を抱えた。
この世界について話を聞く限り危険性は無いということだったが、目の前の攻撃的な少年然り、そしてこの世界に来て初めて交戦することになったクロロ然り、戦が無いだけで危険なことに変わりは無いではないか、と。


「よぉ!!」


新たな登場人物に、佐助は頭が痛くなった。


「幸村と政宗さん・・。」


何でここにいるんだ、と疑問に思いながらは呟いた。
廊下をゆっくりと歩いてくる政宗と周りの女子生徒に視線を合わせないように不自然に歩いている幸村はこの学校の制服を身につけている。


「クロロがどうせなら学校行けっつーからよ、短期留学?っつってたぜ。」
「留学って・・あんたらばりばり日本人じゃん。」
「Of course!」


え、もしかしてクロロ、未開の地から来た設定で短期留学生としてこの2人を送り込んできたのだろうか。だとしたら適当すぎる。


、知り合い?」


隣にいた神威が声をかけてきて、は投げやりに「親戚」と答えると、神威はなぜか関心したように相槌を打った。


の周りはホント、強そうな奴が多いネ。楽しくなってきちゃったよ。」
「あんたの楽しいは物騒だから楽しくならんで良い!」


頭を抱える佐助の横でも一緒に頭を抱えた。
























家に帰るなり、はクロロの名前を高らかに呼んだ。


「クロロー!!」


その後ろには佐助と伊達主従が立っている。


「何だ。」


颯爽と現れたクロロは、手に読みかけの本を持っていて、優雅に読書していた事が分かる。
大方いつもは片手間でやっていた家の仕事をその無駄に高い処理能力でさっさと片付けて、他の事は比較的言葉通り動いてくれる小十郎にやらせて自分はちゃっかり趣味に勤しんでいたのだろう。


「政宗様!ガッコウとやらはいかがでしたか?」


の声を聞きつけて、主が戻ってきた事を悟った小十郎も大慌てで出迎えた。
その手には雑巾が握られている。メイドと一緒に掃除でもしていたのか。


「やくざの人はそのまま気をつけ!クロロは説明!で、後ろの3人は黙ったまま!」


政宗が小十郎の問に答えようと口を開きかけた時、は一息にそう言うと、じろりとクロロを睨みつけた。


「ふむ。説明が必要か?」
「説・明・し・て!」


怒りっぽいやつだ、と悪態をつきながらもクロロは説明を始めた。


「そこの幸村と政宗を暇にしておくと破壊行為に走り始めるから、とりあえず学校にぶち込んだ。小十郎は人畜無害だからとりあえず仕事をさせておいた。」


以上。と告げると、はきー!と怒り始めた。


「厄介払いして私に押し付けただけでしょ!この2人のフォローすっっっごく大変だったんだからね!」
「・・すまない。」


何故か小十郎に謝られて、は少しだけいたたまれなくなったが、気を取り直してクロロを睨んだ。


「執事の仕事は滞り無く終わっている。2人を学校にぶち込んだのはお前が寂しく無いようにだ。どうだ、騒がしくなって俺がいない寂しさも紛れただろう。」


そう言いながらも、クロロは本の続きが気になるのか、ぺらりとページを捲った。
あ、それ、マズイんじゃね?と思ったのはこの中で空気が読める佐助と小十郎だ。


「・・・家出してやる。」


ぼそぼそと言った言葉ははっきりと佐助の耳に届いて、顔を引き攣らせる。


「家出してやるー!!」


は佐助からバッグをひったくると、さ、とメイドが開いた玄関を飛び出して行ってしまった。
それを幸村と佐助が追おうとするが、それを止めたのは他でもないクロロだ。


「放っておけ。」
「いやいや、そうもいかないでしょ。」
「左様!世話になっている以上、彼女に何かあれば・・・」
「何かあるように育てた覚えは無い。それに、腹が減れば戻ってくるだろ。」


どうしても本の続きがきになるクロロはまたページを捲る。


「佐助、紅茶を用意しろ。俺の書斎にだ。」


2人の抗議も聞かずに、クロロは踵を返した。























「って訳よ。信じられる?私は信じられない!何なのよあいつ。仮にも私は雇い主だって言うのにー!!!」


そう憤慨しながらもテーブルに並ぶクッキーやケーキをぽんぽん口に放り込むを目の前に跡部は心底呆れた顔でコーヒーを口に運んだ。
部活が終わり、帰って来れば、家を取りまとめている執事に客人が来ている事を告げられ、来客用の部屋を覗けば、もくもくとお菓子を食べているクラスメートの姿。
いい加減、この甘ったるい匂いがきつい。


「で、何しに来たんだ。お前は。」


しかし、唯一気兼ねなくすべてを話せる友人である以上、無下にする気は無いし出来ない。


「泊めてもらいに来た。あ、あと財布佐助に預けっぱなしだからご飯も恵んで。」


は、日本に暮らしていれば何かしら耳にする財閥の令嬢。
そんな彼女が軽々しく”恵んで”だなんて言葉を口にするのに、跡部は目を釣り上げた。


「お前な、仮にもあのの家の女なんだ。その自覚を少しは持て。」
「あー、あー、聞こえなーい」
「パーティーでパートナーになる俺様のことも少しは考えろ。」


そう言うと、はにんまりと笑った。


「大丈夫。パーティーの時はばっちり猫を10匹くらい被ってるから。」


その通りなので、何も言えない。
社交界にいる時だけを見れば彼女は完璧以外の何者でもない。
その代わり私生活では喧嘩は平気で買うし(その前にクロロが相手を瞬殺してしまうことが多いが)、口も悪ければ態度も悪い。
まぁ、そんな彼女だからこそここまで心を許しているのだが。


「仕方ねぇな・・おい、今日はの分も用意してやれ。あと客室も一室。あぁ、そうだ。泊まっていくらしい。」


手早く泊まる手筈を整えていく跡部に満足そうに頷くだが、携帯を切った後の跡部の言葉にその顔を一変、不快そうに歪めた。


「家には自分で連絡入れろよ。」


その必要は恐らく無いだろう。優秀な執事は泊まると聞いて、一応の家に連絡を入れるはずだ。
それでもこう言ったのは、ただ単なる意地悪だ。

はムースをひとすくいして口に入れて、紅茶で流し込んだあと、たっぷり時間を置いて携帯を手にとった。


「・・・あ、だけど・・ってクロロに繋がなくて良いから!!」


そうして、クロロの嫌味を彼女が聞き終えるまでその姿をにやにやしながら眺めた。
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2013.12.20 執筆