今日も今日とて、未だ眠気が残る身体を引きずりながら登校する。
天気は生憎の雨。学校の敷地内まで車で乗り入れることは許されていないため、皆、学校の駐車場で降車し、そこからは徒歩で向かう。
煉瓦の塀で覆われている敷地に入る門をくぐると、そこから高等部の校門まで桜の並木道が続く。


「雨やだなぁー。」


敷地へ入る門から高等部の校門までがまた、無駄に距離があるのだ。
大きめの傘を広げるクロロの横を陰鬱な顔で歩いていると、クロロはの頬を傘を持っていない右手の親指と中指で器用に押しつぶした。


「不細工な顔をするな。」
「・・・ひどい・・・。」
「佐助、午前中は俺もここにいるが、午後からは屋敷に戻る。しっかり覚えろよ。」


後ろをきょろきょろとしながら付いて来ていた佐助は了解、と返した。
家の執事殿のクロロはこう見えて結構忙しい。不在の当主に代わって家のことを処理しているのだから当然と言えば当然なのだが、佐助が来たのを機に、学校でのの世話を半分ほど任せようと考えたのだ。
今までも、どうしても抜けられないがある際は、他の執事をつけていたが、クロロの出す条件に見合う執事というのが中々見つからないこともあって、クロロ以外の執事を伴ってが登校するのは年に数回程だ。


「飲み物と食事の用意、あとは護衛でしょ?」
「あぁ。しかし、が自分で対処できる範囲内でしくじったら、罰を与えるのも仕事のうちだ。良いな。」


余計な仕事まで教えるクロロに、は心底嫌な表情をした。










お嬢様シリーズ



















クロロは言葉通り3限目が終わると同時に学校を後にした。
見慣れない佐助の存在に、好奇の目が集まるのを苦笑いしながらかわし、眠そうな顔をすればコーヒーを出し、昼食時になれば、共に食堂へと向かう。


「お前が新しい執事か。」


に言われた食事を買って戻ると、の正面に1人の男が座っていて、佐助はを見た。


「クラス委員長と生徒会長とテニス部部長を務めてらっしゃる跡部様だよ。」
「てめぇが跡部様なんて呼んだ事なんてあったか?」
「いや。無いね。呼ぶ気も無いね。あ、そうそう。佐助と同じで、一人称俺様だから気が合うかもよ。」


あっはっは、と笑いながら言うと、佐助はなんと言って良いか分からずにへらりと笑ってトレイをテーブルに置いた。


「クロロの代わり、にしてはまだまだみてぇだな。」
「えー、あんな人外と比べちゃ可哀想だよ、佐助が。」


けらけらと笑いながらはポテトにフォークをさした。


「クロロの話だと、護衛だけなら及第点つってたから、そこそこ強ぇんだろうな。」
「及第点って、喜んで良いんだか泣いて良いんだか・・・」


複雑そうな表情で呟いた佐助はに促されるまま彼女の隣に腰を下ろした。


「まだ執事暦が浅いお前に教えてやろう。執事たるもの、主と食事は共にすべからず。ま、そういう意味じゃクロロも平然とと飯食ってたから何とも言えねぇけどな。」


それを聞いて、佐助は跡部の後ろに控えている彼の執事を見た。確かに彼は腰掛けようともせず、ただ後ろに控えており、グラスの飲み物が無くなり掛けるとさりげなく注ぎ足したりしている。


「これが私のポリシーなの。だから佐助も遠慮しないでよ。他は他、うちはうち、なんだから。」
「はいはい、俺はうちの姫さんに従いますよ。」


はぴくり、と眉を動かして、頬を引きつらせながら佐助を見た。


「ちょと、今の姫さんって・・・」
「うん。ちゃんのこと。だって、雇い主でしょ?ちゃんって呼ぶ訳にもいかないし。」


思わず鳥肌がたったは自分の腕を掻き毟った。


「ちょっとちょっと、そんな乱暴にかいたら、傷残っちゃうでしょ!」
「姫さんはヤメテ!無理!死んじゃう!ほら見てこの鳥肌!」


そんなやり取りをしていると、正面から低く笑う声が聞こえてきて、はじろりとその声の主を睨み付けた。


「いいんじゃねぇの?お似合いだぜ?」
「面白がってるでしょ。あー、むかつく!」


だん、とテーブルを叩くと、テーブルの上に乗っていた飲み物が揺れる。
ふと、跡部の視線が上を向く。誰だろうか、と振り向くと、そこには問題児の1人、神威が立っていた。


「あれ、今日はクロロいないんだネ。」


声をかけると同時に、斜め右にどんどん皿が並べられていく。その量はゆうに5人前はあって、は嫌そうに眉を寄せた。


「クロロなら3限目の後いなくなったじゃない。」
「無駄だ。こいつずっと寝てたからな。呆れた奴だ。」


神威はへらりと笑うと、椅子に腰掛けた。


「でも、君も強そうだ。」


そう言っている間にも遅れてやってきた阿伏兎が更に食事を追加していく。
神威の言葉よりもその食事の量の方がきになる佐助は呆れたように神威の前に並べられている皿に視線を送った。それは自分の仕える主を彷彿とさせる。


「うちの執事は神威の暇つぶしじゃありませーん。」


はようやく食事を再開した。























さて、その頃の幸村はと言うと、彼も同じく昼食を取っていた。
元来、一日朝晩の2食の時代に生まれたものの、今は昼食も取るということを知ってからは遠慮なく彼も食べるようにしている。


「・・・あぁ、分かった。一人そっちに寄越す。」


携帯をポケットに仕舞って、クロロは凄い勢いで昼食を食べている幸村を見た。
時刻は丁度12時。


「幸村」
「?」


むぐむぐと口にほおばったものを咀嚼しながらクロロを見ると、彼はにやりと笑った。


「喜べ。仕事だ。」
「ふっしょれふぁ・・!」


驚きのあまり口を開いた瞬間、クロロがナイフを投げる。それは幸村の頬に一筋の傷を作って背後に流れた。


「口の中にものを入れたまま話すな。」


ぎろりと睨まれて、慌てて口の中の物を飲み込んだ。


「し、して、仕事とは一体・・・」
を狙ってる奴らを少し痛めつけるだけだ。」


その言葉に、幸村はその顔を急に深刻なものにした。


「分かり申した。某の恩人である殿を脅かす不貞な輩、この真田幸村が倒して見せましょうぞ。見ていてくだされ、親方さぶあぁぁぁぁぁあ!!!」
「うるさい」


クロロは顔を歪めて、本日何本目か分からないナイフを投げた。























「Oh! Shit!! What's up!?」


幸村と佐助は聞き覚えのある声が隣から聞こえてきて、ぴたりと食後のお茶とお茶菓子を楽しむ手を止めた。
しかし、彼らが立ち上がるよりも早く、クロロが颯爽との部屋から出て、隣の、今となっては曰く付きのの兄の部屋へと向かう。


「貴様!何者だ!!」
「それはこちらの台詞だ。不法侵入者が。」


直後、隣から聞こえてきた悲鳴に、はため息を付き、幸村と佐助は顔を見合わせて慌てて部屋を出た。


「・・・お兄ちゃんの部屋、何か変な呪いでもかかってるのかなぁー。」


こくり、と紅茶を一口飲んで、クッキーをほおばる。


。自称戦国武将とその従者とやらが湧いて出たが・・・どうする?」
「おいこら、真田!猿!こりゃぁ一体どういうことだ!」


ぎゃんぎゃん喚く男の頭をごつんと殴ると、クロロは苛立たしげにを見た。
しかし、の視線は強面の男性に集中している。その中には若干のおびえが入っているようだ。


「え、やくざ?もーやだなぁー。何でそんな物騒な人が・・・」
殿!この者達は某の知人。どうか、この屋敷に置いて貰えないだろうか。」


申し訳なさそうに言う幸村に、はうんうん唸った。
面倒を見るという点では別に構わないが、その従者とやらの容貌が悪すぎる。


「仕方が無い。お前らこの屋敷で働け。」


何故か主人ではなく、クロロがOKを出して、家の使用人が2人増えた。
もっとも、クロロの言葉に不服そうな男2人はクロロに食って掛かろうとするが、それを幸村と佐助が必死に抑えている状況。
は暫く押し問答する彼らを眺めていたが、やがて飽きたのか、視線をテレビに向けた。






曰く付きの部屋



2013.7.17 執筆