Dreaming

君を照らす光 #1



目覚ましの音で起きて、顔を洗ったら、朝食作りにとりかかる。
先月から同居人は仕事で海外に行っているから1人分だ。
1人で暮らすには広い家だが、前から同居人は仕事の関係上家を空ける事が多かったから別段、寂しさは感じていない。

さっさと朝食を食べて私は家を出た。
外の空気はひんやり冷たくてぶるりと一つ身震いする。
通う中学は隣の市。電車に乗っていると段々同じ制服を身に着けた生徒が多くなってきて、学校へたどり着く頃には生徒ばかりだ。
がやがやと登校途中に挨拶を交わしたり、昨日のテレビが、とか、あの芸能人が、だとか言う会話が耳に入って来て煩い。

それは校内に入っても一緒で、更に教室に入ると顕著になる。
挨拶もせずに自分の席について、私はすぐに本を広げた。


「あ、わり。」


がたん、と男子が私の椅子にぶつかって来て小さく謝ったので私は緩く首を横に振った。
話しかけられれば最低限返す。でも、やっぱり人は苦手だ。
極力人と関わらないように過ごしてきたお陰で、友人と呼べる人間はこの学校にいない。半年程経ったのにも関わらず、だ。


「雲雀、英語の辞書貸してくれ!」
「・・・また、ですか?」


それでも構ってくる人間は何人かいて、その1人が彼、桃城武だ。
英語の成績が思わしくなく、何回か勉強を見てしまった結果、懐かれてしまった。


「お、わりーな!さんきゅ」


その返事を待たずに本に視線を落としているというのに、彼はどうとも思わないらしい。
既に慣れてしまったのか。それとも気にしない性格なのか。すぐに考える事が無駄に感じて、本に意識を向ける。
そこから、私の意識は本に入り込む。周りの喧騒なんて、全く気にならない程。
1時間もしないうちに読み終わり、顔を上げるとタイミングよく鐘の音が鳴った。
次の時間は英語。しかも文法だ。
大体の先生は、私が授業中本を読んでいようが注意しないが、彼女は違う。口うるさく注意してくるのだ。

外も良い天気だし、屋上にでも行こうかと私は荷物を持って教室を出た。
これも、いつものことなので、誰も何も言わない。


が、それは失敗だったか、とすぐに後悔した。
屋上の扉を開いて目に入ったのは蹲る女子生徒。
他には誰も居ないようだが、さて、どうしたものか。


「あ、あの」


中庭は人の目に付くから却下。としたらやっぱり図書館が妥当だろうか。そう考えていると、声をかけられて私は視線を落とした。
彼女は身を起こそうとして、身体が痛むのか、すぐにまた蹲った。


「・・・気にしないで。すぐに出て行きますから。」
「違うの!」


踵を返そうとしたのにそう言われてしまっては、振り返るしか無い。
見たところ、目に見える場所に外傷は無い。彼女の手で抑えられている場所から推測すると、腹を蹴られたのか。あぁ、あと、動こうとすると背中も気にしてるみたいだから、そっちも。


「このこと、誰にも言って欲しくなくて。」


それに、少しだけびっくりした。がしかし、すぐに、あぁ、と思い当たる。


「言うともっと酷くなるから?」
「うん・・。」


自分でケリをつけるから、と言う言葉だったら納得できたが、酷くなるから、という理由は下らない理由に思えた。
詰まるところ、彼女はこの暴行を受け続けるつもりなのだろう。


「そ。じゃぁ、何も言いません。」


あーぁ、折角良い天気だったのに、室内で読書か。
若干がっかりしながら今度こそ立ち去ろうとしたのに、やっぱり呼び止めたのは彼女だった。


「あ、ここに、用事あったんじゃ無いの?」


問われて私はバッグの中から本を取り出して掲げて見せた。


「読書。だから図書館にでも行きます。」
「わ、わたし、邪魔しないから、その・・」


もごもご言う彼女に、何だ、と眉を寄せると、彼女は笑った。


「此処で読んだら良いよ!」


変な子だと思った。こんな状況で人を招くなんて。あぁ、いや、逆か。こういう状況だからこそ誰かにいてもらいたいのか。
それに付き合う義理は無いけど、今から図書館に行くのはソレはソレで面倒だし、今日の気分は屋上だ。


「じゃぁ遠慮なく。」


そう言って、私は足に力を入れると給水タンクの上へ飛び乗った。


「・・・え?」
「何?」


それを見ていた彼女は呆気にとられた後、危ない!と騒ぎ始めたので頭が痛くなる。


「貴方、邪魔しないって言ったじゃないですか。放っておいて下さい。」


ここの給水タンクは大きい。寝そべっても足りる位だ。だから、此処は気に入っている。
屋上は一応立ち入りが禁止されているが、入ってくる生徒は意外といる。私や、彼女のように。でも、此処なら意外と見つからないのだ。


「雲雀さんって、凄いね。」


彼女は、給水タンクに背を預けて腰掛けた。何だか嫌な予感がする。


「私は・・」
「申し訳ありませんが、」


ほら、やっぱり彼女の身の上話が始まった。


「貴方の話には興味がありません。一方的に話されても、迷惑です。」
「ご、ごめんなさい。」


それきり何も言わなくなった彼女に、私はようやく本を広げる。
でも、時折下から聞こえてくる鼻を啜る音のせいで、余り集中できなかったのは言うまでも無い。





















本を読み終わると、ようやく彼女が眠っていることに気がついた。
人に興味なんて無いけど、こういうのを何て言うかくらい知っている。いじめ、だ。
本当にそんなものを学校で受けている人がいるなんて思っていなかったが、逆に何をすればその対象になってしまうのだろう。


「・・ま、私には関係ない、か。」


こんな所で寝て、寒そう。何せ、彼女がいる場所は日陰なのだから。
そうは思ってもまだ初夏。風邪を引くことは無いだろうと結論付けて私は屋上を後にした。


「お、いたいた雲雀!お前、また授業さぼっただろ。」


呼び止めたのは担任の教師。振り向くと彼は困ったような顔をしていた。
怒っている訳では無いらしい。


「はぁ・・それが何か。」
「学年首位がそんなんじゃ困る・・って言いたい所だが、授業が退屈なのは分かる。でもせめて出てくれよなー。」
「あぁ、あの人に言われましたか。」


おおかたあの英語教師が何か言って来たのだろう。となると、目の前の彼は一言私に言っておくしか無い。


「だって、今更be動詞が、とか言われたってやる気起きないですよ。教室で本読んでたら怒ってくるし。」
「いや、雲雀。これ義務教育だからな?」
「義務教育を受けた結果を測るテストでは首位なんだから問題ないんじゃないんですか。」


肩を竦めて返す私に、彼は大きくため息をついた。


「分かった。よし、じゃぁ、なるべく出てくれ。何か言われたら一応擁護はしておくが、なるべく、だぞ!」
「分かりました。」
「あ、それと、お前、原口知らないか?」


聞き覚えの無い名前に首を傾げる。


「あいつは2限だけじゃなくて1限もいなかったんだよなー。具合でも悪いのか?」


私の場合は迷いようもなくサボりで、その原口っていう人の場合は体調不良を疑うって、ひいきだ。とは思ったが、面倒なのでそれは口にしない。


「見かけたら俺のところ来るように言っといてくれ。よろしくな!」
「はぁ・・・」


ていうか、その原口って人知らないんだけど。
そう思いながらも、私は教室へ向かった。

教室へ入ると相変わらず煩い。
また本を読もうかと思ったが、歴史の授業だった為、大人しく教科書を読むことにした。
これが、私の日常だ。























金曜日にもなると、全体が浮き足立ってくる。
授業が終ると、それは顕著に現れ、大半がさっさと荷物を片付けて外に出て行き、残りは部活に向かう。
いつもなら数人が残って話している姿が見受けられるが、それが無い。

自分のクリティカルな部分を知らない人たちと親睦を含める彼らは私からしたらよくわからない生き物だ。
どうでも良い話をして、でも、そのどうでも良い話にも気遣いあいながら波風立てないように会話を続けていく。

それは平穏な生活を送る為には簡単な方法かもしれないけど、上辺だけで接する相手と共有する時間は無駄なものでしかない。


「別に死ぬわけじゃないのに。」


ぽつん、と呟いた言葉は自分が言った筈なのに、他人が言ったように感じた。
そのままようやく荷物をバッグにつめ、私は立ち上がる。

外に出ると、そこには既に黒塗りの車が停まっていて、私に気付いた運転手が車から出てくると、後部座席のドアを開く。


「お久しぶりです。さん。」
「はい、お久しぶりです。柏木さん。」


促されるまま車に乗り込む。いつも、後部座席で自分を待ち構えている幼馴染は居ない。


「到着するまで少し眠られては如何ですか?」


顔を上げると、バックミラー越しに柏木さんと目が合う。


「顔色が余りよろしくありませんよ。」
「・・・そうします。」


一応寝たつもりなのに、何故だろうか。そう思いながらも、広い車内では人一人横になるくらい訳なくて。
クッションを枕に私は横になって目を閉じた。





















うとうとするだけのつもりが寝てしまったらしい。
肩をゆすられると、柏木さんの顔があって、あぁ、寝てしまったんだ、と呟く。


「すみません。」
「いえ、随分と寝入っていられたようで。大丈夫ですか?」


手を引かれて起き上がり、外に出ると、相変わらず大きい城のような家が建っていた。
荷物はいつのまにか柏木さんが持っていてくれて、促されるまま中に入る。


「景吾様。さんがいらっしゃいました。」
「あぁ。」


ノックをして柏木さんが声をかけると、すぐにドアの向こうから返答があって、ドアが開かれた。
開いたのは景吾で、彼は私の顔を見るなり眉を寄せる。


「お前・・・顔色悪ぃな。」
「・・・そんなに悪いかな。」


柏木さんだけではなく、景吾にまで言われて私はぺたぺたと自分の顔を触った。


「触って分かるかよ。ほら、入れ。」
「うん。」


部屋の片隅の机の上にはノートと資料が広げられている。
テニス部の部長と生徒会長なんて面倒くさいものをやっているという話は前聞いたが、それ関連か、それとも宿題だろうか。


「生徒会の仕事だ。」
「ふぅん。」


彼には昔から思っていることがばれてしまう。
相槌を打ちながらソファに身体を沈めると、すぐにメイドがやってきて紅茶をテーブルに置いて出て行った。


「ちゃんと食ってんのか?恭弥さんが居ないからって、適当にしてねぇだろうな。」
「食べてるよ。一応。」


偶にカロリーメイトとかで済ませるけど。とは口に出さないがばれてるだろう。


「しかし、今回も長ぇな。二ヶ月、だったか?」
「うん。何か、大きい仕事なんだって。二ヶ月じゃ終らないかもって言ってた。」


私の保護者は、まぁ、大きい声で言えないような仕事をしていて(表向きは資産家だけど)、ちょくちょく家を空ける事が多い。
彼の知人が、景吾のお父さんなんだけど、どういう訳か、昔から彼が家を長く空ける時はこの家に預けられていた。
それは中学校に上がると無くなったんだけど、今も彼が居ない時は週末こうして食事に誘ってくれるのは、有り難いんだと思う。

だって、やっぱり1人で食べる食事は味気ない。


「お前も氷帝にすりゃ良かったんだ。」
「あー、そうだね。」


気のない返事をすると、景吾はため息をついて、手元にある紙の束をテーブルに放った。
プリントの1番前には文化祭の文字が見える。
そういえば、もうすぐ青学も文化祭があると聞いた気がする。


「明日、朝から部活で家を出るが、お前はどうする。」


暗に、ついてくるか、それとも家で待ってるかと聞いているのだろう。
昔はよく景吾のテニスを後ろで見ていたのを思い出す。
でも、それは寄ってくる人がいなかったからであって、今は状況が違う。
テニス部という大所帯の中に身を置く彼についていけば、他人との接触は免れないだろう。


「家にいる。フランとルークとでも遊んでるよ。」


フランとルークはこの家にいるラブラドール・レトリバーだ。フランがクリーム色、ルークが赤茶色の毛並みを持つ。本当はもっと長い名前があるんだけど、最早相性でしか覚えていない。


「そうか。」


景吾はきっと、私にもっと人と関わって欲しいと思ってる。でも、それを口にする事は無い。
それがどれだけ私にとって恐怖するものかが分かっているからだ。だから、安心して私は彼と一緒にいられる。


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2013.12.11 執筆