ある日を境に金木くんの姿を見なくなった。
彼のいない”あんていく”で頼んだカフェラテは可愛いラテアートがされてあって、トーカちゃんが持ってきてくれた。
「金木くん、お休みですか?」
尋ねると、トーカちゃんは目を見張って、口を噛み締めるとテーブルに置いたばかりのカフェラテを持って2階に続く階段へ向かう。
え、と驚いた様子のまま止まっていると目線でついてくるように言われた(と思う)ので、慌てて立ち上がった。
「この前、11区であった騒動は、知ってるだろ。」
2階の部屋に通されてローテーブルにカフェラテが再び降ろされたと思ったら、トーカちゃんが唐突に口を開いた。
「あぁ、なんかニュースでやってたね。見に行かなかったけど。」
「金木は、11区を根城にしていたアオギリに連れ去られた。その後、助けに行ったけど・・・」
その表情は暗いが、彼が死んだにしては悲壮感が足りない。何かがあって、彼はそのままアオギリに残ったのか、はたまた別行動をとるようになったのか。
アオギリの樹と言えば、好戦的な手をつけられない喰種が集まる危険な集団だとテレビでやっていたが、彼らが金木くんを攫ったとはまた何で。
(変わり種だからじゃねぇか?)
半身の声が頭の中に響く。
「私には、あいつが何を考えてるのか、わからない。」
しばらく間があったあとに、ぽつりと呟いたトーカちゃんの言葉に少し笑ってしまった。
すぐに睨まれて、はふはふと笑う口を押さえて、ごめん、と謝る。
「何がおかしいんだよ。」
少し拗ねたような響きもあるその言葉に私は口元から手をどかして、まだ薄く湯気を立たせているカフェラテを手に取った。トーカちゃんは一口飲むのを待っていてくれているのか、理由を知りたそうにしながらも黙って私が一口飲むのを待っている。
「いや、本当に他人が考えていることを理解できているのかどうかって、どうやって証明できるのかなって。」
「はぁ?」
「例えば、私が”このカフェラテのラテアート、素敵だから崩したくないな”って言うとする。」
一口飲んだラテアートはハートの右上が崩れてしまった。
「でもさ、本当に私がそう思っているかだなんて、私にしか分からないよね。どんなにこの崩れたラテアートを見て眉尻を下げたって、悲しそうに涙を流してみたとしても口ではなんとでも言える。」
きっと金木くんは多くを語らずに去っていったのだろう。
「気持ちを口に出したって、それが本当なのかどうなのか見抜くのは難しい。人の気持ちがわからないっていうのは、珍しいことでもおかしいことでもない。普通のことだよ、トーカちゃん。」
笑ってトーカちゃんを見ると、彼女はぽかんとしていた。
「だから、金木くんが何考えてるかわからないことを悲しく思うんじゃなくって、今後どうやって知っていけば良いのかを考えたほうが良いよ。うん、ポジティブ!」
ってことで、この美人が淹れてくれた美味しいカフェラテ堪能していいですかって言ったら殴られかけた(避けたけど彼女の照れ隠しはデンジャラスだ)。
私はそのアオギリの樹で何があったかだなんて詳しく知らない。ただ、捜査員の人たちが沢山死んだとニュースでやっていて、後日跡地を遠目で見てみたら、あらまぁ建物がぐっしゃーしてて、何したらこんなになるんだろうと真剣に考えた。
彼がこの中でどのように巻き込まれて、どう帰着したのか、だなんて知らないが、顔つきが変わるだけじゃなく髪の毛を真っ白にしてしまった彼と会って、人をこの短期間で変えるほどの出来事なんて想像ができないなと考えるのを放棄した。
「久しぶり、なんだか大変だったみたいだね。」
大変、という言葉にくくられるくらいの出来事じゃなかっただろうに、金木くんはぽかんとした後少し笑って頷いた。
本当に道端でばったりと会ってしまった。これはお茶に誘うべきなのかそっとしておくべきなのか、と考えを巡らせる前に金木くんが「お茶でもどうかな」と控えめに誘ってくれた。
「喜んで」
チェーン店しか近くになかったのでお店でコーヒーとキャラメルフラペチーノを買ってテラス席に腰を下ろす。
初めて頼んだが私には甘すぎて、せめて生クリームを除いて貰えば良かったと後悔しながらも紙ナプキンを何枚か重ねて生クリームをそこに移していくと苦笑いする金木くんと目があった。
「知らなかったの。こんなに甘いなんて。」
少し顔をしかめて見せると、彼は自分のコーヒーを差し出した。
ありがたく少しいただくことにして、キャラメルフラペチーノに混ぜると、まぁ少し甘さが軽減されたがクラッシュされた氷が溶けて食感が変わってしまった。
「今、ちゃんはどうしてるの?大学には、変わらず行ってる?」
「うん、行ってるよ。最近戸籍を買って、あと、大学も4月に正式に入学したんだ。工学部の大学院なんだけど。」
「え?」
金木くんには予想外の事態だったのか、驚いているのがみて取れる。
「5つもサバ読んじゃったよ。でも童顔で通るんだからチョロいよね。あはは。」
22歳で免許証、パスポートの取得履歴のない戸籍は少しだけ高かったが、私はシャルみたいに戸籍を新しく作っちゃえる程のスキルは無いもんだから仕方が無い。こっちにもハンターライセンスみたいなのがあれば良いのに。
戸籍上の名前はアキラ。慣れ親しみもないものだから呼ばれても咄嗟に反応できないのが難点だが、そこはあだ名として本来の名前を定着させたので、まぁ、なんとかなっている。
「・・・いろいろ突っ込みたいところだけど、じゃぁ結構忙しい、のかな。」
「んー、まぁまぁかな。そもそも工学部に入ったのはアポロが興味あるっていうから入ったからだから、課題はほとんどアポロがやってるし・・・今頃中で論文でも読んでるんじゃないかな。」
そうなのだ。最近アポロは勉学に勤しんであまり表に出て来ない。おかげでたまに金木くんと同じ黒いオーラの人を見かけてもおとなしくしてくれているから嬉しいのだが、いつまで保つやら・・・ってそうだった。そのことを一応教えておいてあげようと思ってたんだった。
「そうそう、前、教えたけど、私、オーラが見えるって言ったでしょ。」
「あぁ、うん。」
「結構前からなんだけど、たまにさ、金木くんと同じオーラの人見かけるんだよね。ほんとたまにだけど。金木くんみたいに移植を受けた人かと思ったけど、捜査官の人の中にもいるんだよねぇ。不思議!」
それを伝えると、金木くんは、え、と目を丸くした。
「まぁあんだけ大きな組織ならきな臭いことなんて、突けばぼろぼろ出てくるんだろうけど、気をつけてねぇ。」
笑いながら言ってマシになったキャラメルマキアートを飲んで一息ついた。四月も後半だが、チョイスをミスった。少し寒い。
「あ、それで何か話あるんじゃないの?」
だらだらと関係ない話をしているがきっと金木くんは何か話したい又は聞きたいことがあるんだろうと思う。じゃなきゃわざわざお茶になんて誘わないだろう。
「あぁ、うん。ちゃんはどういう立ち位置にいるのか気になって。」
「立ち位置?」
「うん。」
なんでそんなことを金木くんが気にするんだろう。確かに私は強い(自分で言うのもなんだが)。だが所詮単体だ。徒党を組まなければ一つの勢力と数えることなどできるはずも無い。
「立ち位置も何も、私は身に降りかかる火の粉を振り払うだけだよ。今はこの世界に興味があるだけでご存知の通り大学に行って、そのうち帰る方法を探して・・・だめだったら適当に就職して、くらいにしか考えてないかなぁ。」
あはは、と笑って私はキャラメルマキアートを飲むのを諦めると、金木くんのコーヒーを一口頂いた。
甘いのを飲んでいたからか、余計苦く感じるが、今はこの苦さが心地良い。
「私なんて金木くんが気にするほどの要因じゃないと思うけど。」
「それは自分を過小評価しすぎだよ。」
金木くんは、残りもどうぞ、と言ってくれたので有難くいただくことにする。
「君の目は勿論力だって貴重だ。敵に回れば厄介だからね。」
そう言う金木くんの目は冷えていて、少し前の柔らかな雰囲気の彼が懐かしくなった。
「うーん、少なくとも友達に刃を向けることは無い、かな。あ、いや、状況によるけど。」
結局煮え切らない回答となったが、金木くんとしてはそれで十分だったようで、くれた(と思っていた)コーヒーを拾い上げると飲み干した。
「じゃぁ、確認も終わったし、この後時間があるなら少し手合わせを頼めないかな。ついでに美味しいコーヒーを淹れるよ。」
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