Dreaming

In Too Deep #8



順調すぎる日々に、は空を見上げて紫煙を吐き出した。
天気は良好。日を遮るものが給水塔くらいしかない屋上では少し汗ばむくらいだ。
携帯灰皿を取り出して火を押し付けようとした時、屋上の扉が開く音がした。
放課後に好き好んで屋上に来る人は中々いない。
か、彼女を探している誰かだ。


「・・また寝に来たの?もうすぐ部活でしょ?」


顔をのぞかせたのは流川で、すぐにはタバコの火を消す。
彼はそれを認識しながらもの方へ歩いて行くと、ずい、と紙袋を差し出した。
無言で渡す彼に、無言で受け取って中身を見ると、何かベージュのものが入っている。
容器を開けると、入っていたのはシュークリームで、は首を傾げて流川を見上げた。


「まさか、流川君が作ってきた訳じゃないわよね。」


こくん、と頷く。


「お袋が、お前に。美味かっただと。」
「あぁ・・・フロランタンね。その御礼ってこと?」


また、こくん、と頷く。


「そう、ありがとう。」
「あと、あれのレシピ。」
「あぁ・・茅野に用意してもらうわ。」


家族以外でここまでスムーズに彼と話が交わせるのは彼女くらいなものだろう。
微笑みながら「美味しそうね」とつぶやくと、流川はふい、と顔を背けた。

それから2人で部活へ向かうと、に鋭い視線が突き刺さってきた。
流川の親衛隊とやらだろうか、と思ったが、それだけではない。


(赤木さん・・?)


水道の近くから晴子がを見ているのに気づく。
その視線はお世辞にも好意的なものには見えない。


(なるほど、私は邪魔、と。)


嫉妬する女子とは怖いものだ。内心で怖い怖いと苦笑していると、隣から声が降ってきた。


「どーかしたか?」
「何でも。」


そう。取るに足りない事だ。とは思うが少しだけ申し訳ないような気持ちも無いことはない。
ただ、に協力するメリットが何も見いだせないと流川との縁を切るきにはなれない。
案外、流川という友人を気に入っているのだから。
晴子から視線を外して、流川と体育館に入っていく。その途端、体に小さい衝撃が走って首を傾げる。


様!お会いしとうございました!」


顎に抱きついてきている人物の髪が当ってくすぐったい。女子の中でも少し身長が高い部類に入るは、その人物の頭の上からこっちを見て目を丸くしている部員と目が合った。


「・・・小百合?」
「はい!」


そして聞き覚えがある声。疑わしげに尋ねると、顎の下で元気よく返事が返ってきて、彼女は顔を上げた。
その顔にはやっぱり見覚えがある。前の学校で「囲む会」などという有り難くもなんともないメンバーの一人だ。
いつまでたっても離れる様子の無い小百合をべりっと引き離したのは流川だった。


「まぁ!貴女、何をなさいますの!?わたくしと様の感動の再会を・・!!」
「・・るせー」


きゃんきゃん吠える小百合に、流川はうっとおしそうに眉を寄せた。
それに更に怒り始める小百合。相変わらずの彼女に深くため息をついては声をかけた。


「小百合。悪いけど、今から部活なのよ。」
「見学の許可なら取ってありますわ!」


の声に反応して小百合は勢い良く顔を彼女に向けると懐から紙を取り出して、誇らしげに見せられた。
そこには確かに、体育館でのバスケ部の見学を許可する、と書いてある。
戸惑いながらも赤木を見ると、彼もこの紙を見せられたのだろう。何かを言いたそうにしているものの、何も言えずにいる。


「まぁ、小百合さん!私達を無視して貰っては困りますわ!」


おいおいまだいるのかよ、とと流川はいささかうんざりした顔で後ろを振り向くと、そこには10名程度の氷帝学園の制服を身につけた女子生徒達。
は思わず顔が引きつるのを感じた。


「おい、大丈夫か。」
「・・・大丈夫、じゃないかも。」


と言っているうちに女子生徒達はに突進してくる。


「っ様!」「お久しぶりですわ!」「今日も麗しいです!」


え、ちょっと待って。と、後ずさるが、どんどんどんと女子生徒が雪崩れ込むようにに抱きついていく。
余りの勢いに倒れそうになるが、流川がとっさに背中を支えてやった為、倒れる事はなかったが、重い。


「皆様!」


割って入ったのはやはり小百合で、彼女はべりべりとものすごい勢いで女子生徒を引き剥がすとの前に立ちはだかった。


「許可証はお持ちですの?これがなければコート内へ入る事はできませんわよ!」


まずい、という表情で固まる彼女達の前には誇らしげな小百合の姿。


「お持ちでない方は、上の応援席へ引っ込んで頂きたいわすわねぇー。」


うふふ、と小百合が楽しそうに笑うと女子生徒はきっと小百合を睨みつけた後、に花が咲いたような笑顔を見せた。


様、わたくしたち、上で応援しておりますわ。」
「くれぐれも桶がにはお気をつけて。」
「その麗しいお顔に傷でも入るような事があれば、わたくし、わたくし・・!!」


は呆れたようにため息をつくと、はいはいと返事をした。























ようやく静かになった、かと思いきや、の隣には小百合がにこにこと微笑みながら立っている。
その表情に嫌な予感を覚えて、はじ、と彼女を見つめた。


「小百合、言っておくけれど・・」
「はい!様のお邪魔になるような事は一切致しませんわ!」


なら良いけど、と返しながらも、周りの部員から突き刺さる好気の視線に辟易する。


「・・赤木部長、すみません。」
「あ、、あぁ、いや。」


が来るまで、についてしゃべり続けていた小百合の勢いに押されていた赤木は、戸惑いながらも返した。


「練習中はベンチで座ってること。良いわね。」
「はい!」


にこにこと笑いながら小百合はベンチに向かうと、彩子と晴子の隣に腰掛けた。
その手にはばっちりデジカメが握られていて、彩子は心のなかで驚きの声をあげる。


「あ、あの。ちゃんってそんなに凄かったの?」


恐る恐る小百合に聞くのは晴子で、先を越されたと少し悔やみながら彩子は相槌を打って、回答を促した。


様は、中等部にいらっしゃる時から財閥傘下の会社を任せられ、その傍ら副生徒会長に一時期ですがテニス部のマネージャーも兼任していらしたのに、成績は常に1位か2位をキープ。他にもピアノもお上手ですし、英語だけではなくスペイン語、ドイツ語も堪能で、社交界でもご立派にお父さまの名代を務め上げていらっしゃいますし」
「え、ちょっと待って。会社ぁ?」


つらつらと如何に彼女が高スペックかを説く小百合の説明はまだ続いていたが、突っ込みどころが多すぎて彩子は黙っている事ができなかった。


「あら、ご存知無かったんですの?今でも相談役と役員を兼任なさっていらっしゃいますわ。」


最後の会話が聞こえたは、ボールを片手に小百合に声をかけた。


「小百合。余計な事は話さないの。」
「はぁい!」


晴子はたらりと冷や汗を流した。
いつ見ても姿勢の良いは見目麗しく、成績も優秀。
それは知っていたが、更に小百合から聞いた話は晴子を追い詰めるのに十分で、ちらりとを睨みつけた。























練習中はいつも以上に神経を使った。
が流川に呼ばれてパス出しをすれば流川の親衛隊から悲鳴と罵声が飛び、それにカチンときたの支援者達が辛辣な言葉で返す。(勿論、それはすぐにが止めた。)
がボールを受け取るたび、「危ないですわ!何ですの、あの無愛想な殿方は!!」(流川の事を言っている)と悲鳴があがったり、ドリンクを配ろうものなら「まぁ、あのような事を様にさせるだなんて!」と文句が飛ぶ。(勿論、これもがすぐに言ってやめさせた。)

そして事あるごとにフラッシュの嵐。(これについてはフラッシュを焚くなということで落ち着いた。)
黄色い歓声は流川親衛隊のおかげで慣れていた部員はたいして集中力を乱される事はなかったが、は相当フラストレーションが溜まっていた。
上では自分を囲む会とやらが何かやらかしそうだし、下では小百合が余計な事を言わないかとヒヤヒヤしっぱなし。
しかも、練習が終わったら終わったで面倒なことになると予想していたは、集合して練習が終わった後、彩子に少し外に出てくると告げた。
申し訳無さそうに言うに、何となく察したのか、彩子は「大変ね」と苦笑とともに送られ、何故か晴子には刺のある視線を受けて体育館の外に出た。


「・・・ね、ちょっと見に行ってみましょうよ。」


彩子が面白そうに言うと、リョータをはじめ、三井や桜木が賛成と口々に言う。


「あ、ちょっと、皆!」


晴子が止めようとしても、「晴子さんも行きましょう!」と桜木に引きずられて彼女もともに体育館の扉から外を覗く。
これ以上、彼女のことについてなんて知りたくないのに。

流川はバカらしい、と一人で自主練を始め、赤木と小暮はため息をついて更衣室へ引っ込んだ。


様、是非来月のわたくしの誕生日パーティーにはいらして下さいな。」


そう言って一人が招待状を押し付けると、それぞれ「お茶会」」やら「○○記念パーティー」やらの招待状を押し付け始める。
他の生徒の分も預かっていたのか、結構な量になったそれに、営業用の笑顔を貼り付けたは礼を言う。


「時間があったら行かせて貰うわ。」
「あ、あと様。ご一緒にお写真を撮って頂いても宜しいでしょうか。」
「あら、わたくしも!」
「まぁ!私が先ですわ!」


結局一人ひとりと写真を撮らされて、はげっそりとした顔で曖昧に微笑んだ。
マズイ。暫く会ってない間に随分とパワーアップしている。


「それで、いつ、様は氷帝にお戻りになりますの?」


きらきらとした目で訪ねてきたのは小百合だった。それに合わせて一斉に期待に満ちた目を向けられる。
それに苦笑しながらやんわりと頭を振る。


「悪いけれど、氷帝に戻る気は無いわ。」


途端にあがる悲鳴。中にはふらり、と気が遠くなってしまった女子生徒までいる。


「うへぇ・・・こりゃすげぇな・・」
、女にもモテるってどんだけだよ。」


リョータの言葉に続けて三井も苦笑しながらぼやいた。


「何故ですの・・?」


小百合が縋るようにの腕を掴むが、理由を言っても彼女達が納得するとは思えない。
どうしたものか、と考えあぐねているを覗いていると、彩子の横を流川が通り過ぎた。
流川はつかつかと歩み寄ると、小百合の手を払った。


「コイツはもう戻らねーっつってんだろ」


冷たく言い放つ流川に対して小百合はきっと彼を睨み上げる。


「ダメですわ!様は氷帝に必要なお方ですもの!!」
「ワリーが、此処にもは必要なんだ。」


その言葉にちくりと晴子の胸が痛んだ。


「ダメですわ!!だって、だって・・・!」


は、涙目になりながら言う小百合の方にそっと手を置いた。


「ありがとう、小百合。」
様・・」


何と言えばこの場が丸く収まるのかを考えながら言葉を続ける。


「でも、私の居場所はここなのよ。でも、これまでどおりパーティーには顔を出すし、お茶会にも呼んでくれたら(多分)出席するわ。貴女の入れる紅茶は(確か)すごく美味しいんだもの。」


小百合の瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちる。それを、ポケットから取り出したハンカチで拭いてやった。


「泣かないで頂戴。別に永遠に会えない訳じゃないんだから。」
(うっわー、男前・・)
「・・・分かりました。わたくし・・・わたくし、永遠の様についていきますわ!!」
(何でそうなる!!)


覗き見していた一同はがくりと項垂れた。
そんな部員をよそに、小百合はてきぱきと切り替えて撤退に向けて動き始める。


「ほら、皆様、行きますわよ!いつまでもここにいたら様のご迷惑になりますわ!」
「えぇ、では、またお会いするのを楽しみにしています。」」
「お体にはお気をつけ下さいね、様。」


それぞれが言いたいことを言い合って、一同は踵を返した。
その背中を見送って、は大きくため息をついて流川を見上げた。


「流川君、ありがとう。」
「別に、気にすんな。」


そうして親しげに話す2人を前に晴子はじっとしていられなかった。
体育館を一歩踏み出して出ると、「流川君!」と彼の名を呼ぶ。それに応じて、と流川の視線が彼女に向いた。


「あー、え、えと・・・・あ!ちゃん!ちゃん、ちょっと借りても良いかな?」

ごまかすように言うと、2人は顔を見合わせて頷いた。


「・・・じゃぁ、終わったらパス出し。」
「分かったわ。」


とんとん、と肩を叩いて流川は体育館に入っていって、状況を察した彩子は立ち上がると覗き見していた一同に声をかける。


「ほら、皆、帰るわよ!」


体育館の外にはと晴子の2人だけ。体育館の中からは流川がボールをバウンドさせると音が響いて聞こえてくる。
は水飲み場の横にベンチがあるのを見つけると、そこまで歩いて腰掛けた。


「・・・貴女も座ったら?」


いつもの余裕のある笑みを浮かべて言うものだから、晴子はおずおずとベンチに腰掛けた。
自然と俯いてしまって、視線の先には彼女の手、そしてその中にある招待状やラブレターがあって。


「・・・・凄いね、それ。」


言われて今思い出したかのようには手元を見た。


「えぇ、まぁ、いつものことだし、仕方ないわ。」


聞きたいのはそんなことじゃ無いだろうに、とは顔をあげると晴子をまっすぐ見つめた。


「それで話って?」


問われて、晴子は手を握りしめた。
はっとして、顔を上げたものの、既にを直視できなくてまた視線は下を向いてしまう。


「・・・・私、流川君のこと、好きなの。」
「・・・でしょうね。」


その言葉に晴子はばっと顔をあげてを見た。


「知ってたの・・?」


知ってたのに、あんなに流川君と親しくしているの?という晴子の声が聞こえてきて、はため息をついた。


「まぁ、分かりやすいんだもの。」


何の生産性も無い話。適当に躱しても良いが、晴子は毎日体育館に来る存在だ。加えて部長の妹で、花道のバスケをする原動力。
さて、どうしたものか、と思いながらは少し意地悪く笑った。


「それで、彼に近づくなって?」


どう返ってくるのだろうか。少し興味を持ちながら待っていると、彼女はゆるく頭を横に振った。


「ただ、知っていて欲しかったの。」
「・・・そう。」


しかし、それは間接的に晴子に気を使えと言っているようなものだ。
気を使って流川との中を取り持つ?これ以上親しくならないようにする?
どっちにしろ、無理だろう。


「悪いけど、流川君の事は気に入ってるの。これが恋愛感情か友情かは分からないけど、貴女の気に食わない存在に私がなるのは間違いないわね。」


残念。と付け加えては立ち上がった。


「でも、私、貴女のこともそこそこ気に入ってるのよ。」


晴子は驚いてを見た。


「てっきり『流川君に近づかないで』って月並のセリフを言われるかと思ったら違ったんだもの。」


そう言っては綺麗に笑った。
確かにこれなら崇拝する人物がいてもおかしくは無い。


「・・・・だって、私、別に流川君の彼女でも無いし。」
「そうよ。それ。」


笑いながら言うに、何がそれなんだろうか、と首を傾げた。


「私のものなのに、って勝手に解釈して妬み嫉みをおおぴらに・・・つまり暴力や暴言で表す人が多いのに、貴女はそうしなかった。」


だから嫌いじゃない。


それだけ言っては去って行ってしまった。

ようやく緊張から解き放たれて、晴子は大きく深呼吸した。
正直、話してみても勝てる気が全くしない、と思った。
あの地震に満ち溢れた笑顔も、しっかりと自分の意思を持つ目の強さも。


「そっか。ちゃんは、自分で”選択”して、家を出て此処に来たんだっけ。」


そりゃ、自身もあれば意思も強い筈だ。
でも、このまま引き下がる訳にはいかない。
自分はずっと、中学の時から彼を見てきたのだから。
彼を好きな気持と思ってきた時間は負けていないし、負けない。

そう、心のなかで呟いて立ち上がった。


「ハルコさーん!お話は終わりましたか?」


声をかけられて振り向くと、遠くで花道が手を振っている。


「うん!}


晴子は大きく返事をして更衣室へと向かった。


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2013.12.23 加筆修正