女将は、整った顔に信じられない程の威圧感を放つ男と、前髪で顔が見えない奇妙な男の2人を前に、しどろもどろになっていた。


「で、そいつら、どこ?」


客人の情報を渡すわけにもいかない、かといって黙っていさせてくれる様子にも見えない2人に辟易していた。


「さっさと言ってくんないかなぁ。ボスは恋人を勝手に連れて行かれて大分キてるんだよね。」


そう言ってナイフを取り出すベルに、女将は小さく悲鳴を上げた。


「ひ、雲雀様でしたら、お連れ様の具合が悪く、病院に・・・。」
「具合が悪くなっただと?」


今まで黙っていたXANXUSが鋭い睨みと共に声を上げたので、びくりと肩を揺らして女将は彼を見た。


「食事中、気分を悪くされ、その、戻されてしまったようで」
「・・・・病院の場所を教えろ。」


そう詰め寄った時、エントランスの扉が開いた。
XANXUSとベルはそちらに目をやり、目があった恭弥は思い切り嫌そうに顔を顰める。

その腕の中には、が抱きかかえられていて、眠っているようだった。


「何があった。」


XANXUSは恭弥を睨みつけながら尋ねると、彼はそっぽを向く。


「暫くには会わせない。さっさとイタに帰りなよ。」
「はぁ?お前がを連れてったんだろ。さっさと返せって。」


このままイタに帰るはずなんて無いし、帰ったとしたら、XANXUSの機嫌はこれ以上無いくらい悪化するだろう。
とばっちりを受けるのは自分達だ。


「・・・とりあえず、を寝かせる。話はそれからだよ。」


XANXUSと話す時の恭弥の機嫌はいつも悪い。
それでも、今日の彼の様子はいつもと違うように見えて、XANXUSは目を細めた。

未だ、は眠っている。










Incomplete Love Story













恭弥から告げられた言葉に、XANXUSはらしくもなく目を見開いた。
ベルも、まさかそんなことを知るとは思っていなかったのか、口が固まっている。


「という訳だから、はこっちで預かる。」
「・・ふざけるな。尚更、さっさと連れて帰る。」


そう言って立ち上がるXANXUSに、恭弥はトンファーを投げつけた。


「僕は、今、最高に苛ついてるんだ。さっさと帰ってよ。」
「俺は、最高に気分が良い。」


鼻で笑い飛ばしてトンファーを受け止めたXANXUSはにやりと笑う。
それが恭弥の怒りに火を着け、轟音が響き渡った。


「あーあ。・・・じゃぁ、王子はお姫様の救出に行くとしようかな。ししっ。」


スイッチが入ってしまった2人は暫く止まらない。
参戦しようかとも思ったが、今は良いチャンスだ。さっさとを連れてここを去ってしまおう。
鼻歌を歌いながら去るベルの後姿に恭弥は舌打ちをした。


「いい加減妹離れしやがれ、糞餓鬼」
「うるさい」


流石に公然と銃を打ってまで事を荒げるつもりは無いのか、XANXUSは珍しくナイフを操る。


「相変わらず逃げるのが上手いみたいだね」


苛立ちながらも、そう言いながら手は緩めない。


「・・・餓鬼が出来たなら、さっさと戻って式をあげるつもりだ。邪魔すんじゃねぇ。」
「順番が逆だよ。僕は結婚なんて許して、ない!」


激しく振り下ろされたトンファーを受け止めた左腕がみしりと音を立てる。
XANXUSはそれに眉を寄せただけで、その瞬間鳩尾に拳を叩き込んだ。


「許しだと?んなもん、求めてねぇ。」
「・・・・本当に、話が通じない相手だね。嫌になるよ。」
「なら黙ってろ。」


双方ともに、腕を振り上げた時、は叫んだ。


「2人とも、やめなさい!」


いつの間に来たのだろうか。そこにはが立っていて、後ろにベルを従えながらこちらへ歩いてくる。


「顔を合わせるたびに喧嘩して・・・仲良くしろとは言いませんけど、せめて人様に迷惑はかけないようにしなさい!」


2人は、目を見合わせて、渋々と手を下ろした。


「今回は許しませんよ。2人とも今日は一緒に此処に泊まって、頭を冷やしてください。」
「ちょ、ちょっと。君は?」


言うなり踵を返したは問われてにっこりと微笑みながら振り返った。


「私はベルさんと別の旅館に行きます。それなら危険じゃないから、大丈夫でしょう?じゃぁ、明日のお昼に迎えに来ますからね。」


ほら、ベルさん、早く行きますよ!と急かされて、途方に暮れたように彼はとXANXUSを見比べると、の後についていった。
残された2人の間には沈黙が落ちる。


「どうする?」
「どうするもこうするも、あいつは言い出したら聞かねぇ・・・・大人しく昼間で待つしかねぇだろ、カス。」


XANXUSはそう言って、旅館の従業員に部屋を案内しろと告げる。
その背中に、お前のせいだと殴りかかろうと思ったものの、先ほどのの言葉を思い出して、なんとかトンファーを仕舞った。



















「さて、ベルさん。私達は成田空港に直行です。」


車に乗り込んだ直後にそういわれて、ベルは誰にも見られていないであろう目を瞬かせた。


「は?」
「私、妊娠しているらしいですから、早くお医者さんに診て貰って、今後のこととか相談したいんですよ。」
「あー、明日、ボスを迎えに行ってからでも良いんじゃね?」


それには笑顔で首を横に振った。


「私、今回は本当に怒ってるんですよ。あんな公共の場で喧嘩して、これで何回目だと思います?27回目ですよ?」


ベルはあの2人が居合わせる場全てに居た訳では無い為、よくは知らないが、そうなのかと頷いた。


「2人とも、あせって明日一日探し回れば良いんですよ。あ、ベルさん。携帯の電源は切っといて下さいね。」
「居なくなったとしてもマーモンの粘写でばれそうだけどなー。」
「マーモン君にもちゃんと根回しはしてます。XANXUSさんからの携帯には明日一日出ないように、と。」


唯の少し気が強い女だと思っていたが、それは違ったようだ。
怒らせると怖い人物のラベル(しかも、自分が彼女を怒らせた場合は、XANXUSからの報復もセットで付いてきそうだ)を貼り付けたベルはへらへらと笑った。


「準備がいいね。あとは、俺がボスに怒られないようにしてくれればいう事なしなんだけど。」
「任せてください。私が泣き叫んでイタに一緒に言ってくれないと身を投げると言ってベルさんを脅したことにしましょう。」
「・・・・それ、本当にすんなよ・・・。」


妊婦の優しい気絶のさせ方なんてベルは知らない。
母子ともに何かあれば消されるのは自分だ。


「しませんよ。」


笑って返す彼女を改めてある意味恐ろしいと思った。







湯煙強奪事件



2013.5.21 執筆






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