XANXUSは、だん、とテーブルを破壊する勢いで右手を打ちつけた。
みしり、とヒビが入るのをかまわずに、その赤い目でぎろりと見えもしない電話先の相手を睨み付ける。
「てめぇ・・・」
『一ヶ月後には返すよ。多分。』
そう告げた相手は一方的に電話を切ってしまった。
そして、昨晩から連絡を取ろうにも、取れない彼女の携帯は依然繋がらないままだ。
「あの糞餓鬼・・・!」
XANXUSは蹴破るようにドアを足で開けると、丁度通りかかったスクアーロの髪を引っつかんだ。
「あ”あ”!?何すんだ、この・・」
「確か日本での任務があったな。俺に回せ。」
其れだけ告げると、XANXUSはスクアーロの文句も聞かずに、一発拳を打ち込むと、その場から去っていった。
残るのは、このどうしようもない気持ちだけだ。スクアーロはイライラと殴られた頭を抑えた。
そして、丁度その時、鳴り響く携帯に、相手を確認せずに出る。
「なんだぁ”!下らねぇ用だったら三枚に下ろすぞぉ”!!!」
『ーーー!相変わらずでけぇ声だな。勘弁しろよ。』
聞き覚えのある声。
なるほど、先ほどのあの男の不機嫌は、やはり彼女関連か。
「跳ね馬かぁ・・に何があった。」
『参ったな。もうそっちに伝わった後か。』
ディーノは困ったように言うと、そのまま続けて状況を説明した。
『昨晩、恭弥がいきなり来て、を日本に連れて行っちまったみてぇなんだ。悪ぃけど、XANXUSを引き止めてくれねぇか?一ヶ月もすれば戻るって言ってたからよ。』
スクアーロは立ち上がると、窓の外を見た。
そこには走り去る一台の黒い車。XANXUSの車だ。
「もう遅ぇ、ボスは今屋敷を出て行っちまった。」
これ以上話しても無駄だ。
スクアーロはがしがしと頭を掻いた。
『・・・・お互い苦労するな』
「全くだぜぇ”」
Incomplete Love Story 番外編 (温泉旅行 in 日本)
はくらくらする頭を抱えながら恭弥を見た。
いつの間にか気絶させられていて、気がついたら車の中。それも日本だ。
いったいどれ位寝ていたのだろうか。
「で、どういうこと?いきなり。」
少し怒りながら言うと、恭弥もむっとしたようにを見た。
「が悪いんだよ。中々帰ってこないから。」
「・・・・はぁ。」
何が中々帰ってこない、だろうか。
先月帰ってきたばかりだというのに。
「温泉に行きたいんだよ。好きでしょ?」
それに耳をぴくぴくと動かす。
確かに、は温泉が大好きだ。
思わず緩みそうになる口をきゅっと締めて、いけないと頭を振る。
「そりゃぁ好きだけど、こんな誘拐紛いのことしなくたっていいじゃない。」
「この前、門限に遅れたでしょ。」
「たった2分じゃない!」
それも随分と前の話だ。
呆れた、と思うと同時に、少しさびしかったのだろうか、と恭弥の顔を伺い見る。
「・・・もう・・・、日本に来ちゃったし、もうすぐ温泉に着くし。」
やっぱり彼女が折れた、と恭弥は嬉しそうに顔を上げた。
「楽しもうか、温泉。」
頷く代わりに、恭弥は口角を上げた。
なんだかんだ言って彼女は自分に甘い。
わざわざイタリアまで攫いに行くだけのことはあった。
ベルは、内心冷や冷やしながらXANXUSとの任務を完遂した。
何てことは無い任務だ。わざわざXANXUSが出るまでもない、いや、もしかしたら自分でさえも必要無い任務。
「・・・いくぞ」
これからが本番だとばかりに踵を返す。
ベルはXANXUSに続いて車に乗り込んだ。
向かう先は、勿論、恭弥とが向かった温泉地だ。
(雲の守護者も、随分なことしてくれるよ。お陰様でボス、超機嫌わりーし。)
息がつまる、とばかりに前髪で隠れた目を細めた。
「おい、ウイスキーを寄越せ。」
「あ、あぁ・・・・はい、これ。」
ごそごそと備え付けられた車内の小さな冷蔵庫からウイスキーを取り出した。
普段、任務中に余り酒を飲む事は無い。
いや、たしかに任務は完了した。しかし、彼らの本王の意味での任務はむしろこれからだ。
(・・・さっさと帰りてぇー・・・つーか、何でスクアーロじゃなくて俺なんだよ!)
スクアーロがこの任務の同行につくかと思いきや、彼はXANXUS不在の間ヴァリアーをまとめる役目があるため、今回抜擢されたのがベルだった。
XANXUSは目の前で、不機嫌そうな顔のまま(いつも不機嫌そうな顔をしているが、今日はそれが酷い)ウイスキーを一気に飲み干した。
「・・・お前は、あの餓鬼の足止めをしろ。」
「りょーかい。」
本来であれば、自分で一発殴りたいところだろうが、どうも、彼は彼女に自分以外の男が触れるのを毛嫌いする。
全く、彼女も大変な男に好かれてしまったものだ。
(まぁ、が帰ってくることで、ボスの機嫌も直るんだったら、いっか。)
XANXUSの機嫌が悪いと、いろいろな事に支障が出てくる。
それが一人の女がいるだけで、収まるのであれば安いものだ。
程なくして、車がゆっくりと止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
言葉も発さずに車を出るXANXUSに続いてベルも車を出た。
温泉地独特のにおいが鼻を付き、所々から湯気が出ている。
温泉に浸かりたいものだと思うが、目の前の男の後ろ姿を眺めて無理そうだと頭を振る。
と恭弥が旅館に付いて1日と半日が経った、夕方のことである。
湯煙強奪事件