から初めての電話があったのは夜のことだった。
いつも俺から電話するばかりで(とはいっても短いものばかりだが)、珍しい、と思うとすぐに電話に出る。


『あ、こんばんは。』
「あぁ。」


どういった用件なのか。促すように黙っていると、電話の向こうのが口を開いた。


『あの、実は一ヶ月くらいこっちにいる予定だったんですけど、明後日帰らなくちゃいけなくなって、もし明日の午前中お時間があったら会えないかなーと思いまして。』


あはは、と笑いながら言うの言葉に俺はぴくりと眉を動かした。
何で急に。どうかしたのか。とは思うがその前に明日の予定を引っ張り出す。

明日は、午前中特別重要な用事は無い。


「空いてる。」
『良かった。じゃぁいつものカフェで待ってますね。』
「あぁ。」


と待ち合わせをする時は決まって、イタリアで再会したカフェだ。













Incomplete Love Story #7












XANXUSがカフェにつくと、既に其処にはがいた。
はXANXUSが入って来たのに気づくと、にこりと笑う。


「すみません、急に呼び出して。」
「いや、良い。」
「どうしても、ちゃんと直接お礼が言いたくて。」


礼?とXANXUSは首を傾げた。
コーヒーを頼みながら腰掛けてXANXUSは考える。
己が礼を言われるようなことをした覚えは全く無い。


「・・・今まで、色んな所に連れて行ってくれてありがとうございました。」


そう言って頭を下げる。
急に頭を下げられて、XANXUSはカップを口に運びかけてた手を止めた。


「XANXUSさんと会ってなければこんなにイタリアを満喫できなかったと思います。おいしい料理や、ちょっときついお酒を楽しめたことも、綺麗な観光地を見れたことも、本当にありがとうございました。」


今までこう面と向かって礼を受けたことが無かったXANXUSは面食らう。
そもそも、食事や飲みに行ったのもこちら側が連れ回している感は否めなかったし、観光地に連れて行ったのもXANXUSが息抜きついでに連れて行った(と彼は思っている)だけのことだ。


「礼を言う必要はねぇ。それより・・」


ウェイターが持って来たコーヒーを口に運ぶ。


「何かあったのか?」
「あぁ、いえ、ちょっと困った事が起こったものですから。」


と、本当に困った様には言ったが、それ以上喋る気は無いのか、言葉を終わらせてアイスティーを口にした。


「それにしても」


すこし続いた沈黙を破ったのはだった。


「ひょんな事から知り合って、偶然イタリアで再会して、運命の糸みたいじゃないですか?」


あぁ、でも、XANXUSさんはそういうの信じなさそうですね。それどころか馬鹿にしそう。

と笑いながら言うをXANXUSは鼻で笑った。


「良く分かってるじゃねぇか。」
「分かりますよ。気づいてないんですか?」


そう言ってはXANXUSの口の端を突いた。


「XANXUSさんって、馬鹿にする時鼻で笑うか、ここがぴくりと動くんですよ。」
「・・・・」


自覚していなかった所(勿論鼻で笑うのは意識してやっていた)を指摘されてXANXUSはむっつりと眉を寄せた。


「あんまり恐い顔すると格好良い顔が2割減ですよー。スマイルスマイル。」


そう言いながら手を伸ばして眉間の皺を伸ばして、口の両端を指で持ち上げようとする彼女だが、「スマイル」は頂けない。
自分が「スマイル」を浮かべている顔を思い浮かべて、XANXUSは無理そうだ、と心のどこかで呟いた。


「・・・午後、どこか行くか?」
「・・凄く行きたいんですけど、3時からお世話になってる人と用事があって・・・なので、お昼と、食後のデザートまでお付き合いして頂けると凄く嬉しいんですが、どうでしょう。」
「仕方ねぇな。」


どこに連れて行こうか。
そう考えながら伝票を持ち、立ち上がる。


「あぁっ、今日こそは私が!」


はXANXUSから伝票を奪おうとするが、勿論失敗。


「今日くらい大人しく奢られてろ。」


そう言って頭をくしゃりと撫でると、すたすたと会計のところまで行ってしまった。


「・・・あんな気障だったかなぁ・・・」


出会った頃はもっと俺様で自己中だった気がする。
「大人のイタリア男」というイメージをがらっと変えられたものだ(ディーノはイタリアーな感じだし、ロマーリオもなんだかんだ紳士だった)。


「う”お”ぉぉい」


まぁ、良いか、と荷物を手に取ったところで店内に野太い声が響いて何事かと声の方を見る。
その人物は入り口にいて、店内にいる人たちの視線を一斉に受けていた。
さらっさらの銀髪にぎらぎらとした目。


「こんなとこで何してんだぁ?ボス」


と、声をかけた先はXANXUSで、XANXUSは眉間に皺を寄せると「うるせぇ、カス」と言って店を出た。
スクアーロももそれを慌てて追う。


「うるせぇじゃねぇぞぉ。書類が溜まってんだ、さっさと仕事をしやがれぇ・・?」
「お友達ですか?」


スクアーロの語尾が?になったのは、決して誤植ではない。
が「綺麗な髪ですね」と言いながらスクアーロの髪を引っ張ったからだ。


「・・・何だぁ?この女」


スクアーロは困惑しつつ説明を求めるようにXANXUSを見る。


「友達じゃねぇ。」


が、XANXUSは説明を放棄してに話しかけた。


「下僕だ。」
「あぁ、下僕さんですか。成る程。」
「成る程じゃねぇ!!」
「怒鳴るな。うるせぇ。」


と言いつつも拳やものが飛んで来ないことに首を傾げながらスクアーロはまじまじとを見た。
日本女性にしては大きい163センチだが、スクアーロとXANXUSに挟まれれば小さく見えるもので、「ちっさくて細ぇな」とぼそりと言うとXANXUSの拳がようやく飛んで来た。

「ってぇ!このクソボス!」
「うるせぇ、カスザメ」


おぉいてぇ、と頬を押さえているうちにXANXUSはすたすたと歩き出すので、は「それでは失礼します、下僕さん」と頭を下げてXANXUSを追った。
いつもは風を切る様にさっさと歩くくせに、の足に合わせているのか、いつもよりその足取りは緩やかだ。


「何だぁ?ありゃぁ・・」


らしくねぇぞ、ボス。とぽつりと言えば、石が飛んで来た(勿論XANXUSからだ)。





















「んー、美味しい!」


と本当に幸せそうに言ってはパスタをもう一口口に入れた。


「XANXUSさん、このウニのパスタ絶品ですよ。あぁ、でもXANXUSさんのカニのパスタも美味しそうですね。凄く美味しそうな香りがします。」
「・・・」
「え、一口くれるんですか。流石XANXUSさんです。」


と、無言のXANXUSを都合の良いように解釈して、はXANXUSのパスタを一口頂いた。


「・・こっちも中々ですけど、ウニの方が美味しいですね。」
「言ってろ。」
「それにしても、さっきの下僕さんは凄く綺麗な長い白髪でしたね。白髪っておじいちゃんおばあちゃんなイメージしか無かったんでちょっとびっくりしました。」


そう言われて、XANXUSは見慣れているあの白髪を思い出したが、特に何か感慨を抱く訳ではなく、むしろ鬱陶しいと感じるものだから、今度毟り取ってみるかということで落ち着く。


「結局お名前伺えなかったんですけど、何て言う方なんですか?」
「下僕だ。」
「下僕さんですか。」
「それかカスだ。」


そうですか、とは笑いながら頷いて、デザートのメニューを開いた。


「ここは王道のショートケーキを選ぶべきか、いや、でもミルフィーユもタルトも・・・あ!ミルクレープとレアチーズケーキまで!」
「全部頼めば良いじゃねぇか。」


思ったことをそのまま呆れたように言ったXANXUSに、が勢い良く彼に視線を映して、勢い良く喋り始める。


「駄目ですよ!デザートはちょっとの量食べてこそ、その真価が発揮されるんです。一杯食べちゃうと、美味しさ3割減なんです。一番美味しい瞬間で美味しくぺろりと頂いちゃいたいんです。」


と、予想外に力説されて、XANXUSは呆れながら力なく「そうか」と、取りあえず頷いておいた。


「でも、ショートケーキとタルトはどうしても食べたいので、XANXUSさんはタルトで。」
「好きにしろ。」


そっけなく言ったのに、向けられたのは笑顔で、よくまぁころころと変わる表情だと関心する。


「いやぁ、寛大ですね。」
(そう言うのはお前くらいだ)


「さぁさぁ、食後のデザートと洒落込みましょう」








最後の晩餐?