明かりの着いていない家。
おかしい。連絡が無い限り、この時間には家にいるはずなのに。
どこにいるのだろうか、ととりあえず明かりをつける。
見回して見てもやはり彼女はいなくて、恭弥はむっと眉を寄せてリビングへと向かいながら携帯を取り出して電話をかけた。
『お客様のおかけになった番号は、電波が通じないか電源が入っていないため・・・』
すぐに機械的な女性の声が聞こえて来て、乱暴に携帯を閉じた。
そして、ソファに座る。
とりあえずテレビでも、とリモコンを取ろうとして、テーブルに白い紙がのっていることに気づく。
かさり、と紙を開くと、丁寧な文字が並んでいた。
『一ヶ月程旅に出ます。探さないで大人しく並中で待っててください。』
見るなり、恭弥は紙を縦に引きちぎった。
Incomplete Love Story #6
『おかけになった電話番号はお客さまの都合により、お繋ぎできません。』
電波が通じないか繋げないかの二点張りの声にそろそろ恭弥の我慢は限界だった。
草壁に色々と調べさせているものの、中々彼女の足取りは掴めない。
利用したであろう電車、新幹線、飛行機についてはあらかた調べ尽くしたというのに、彼女の足取りは掴めない。
苛々する、と数本目のペンが折れた。
「・・・まさか・・・」
はっと思い出したのは、金髪の青年。
恭弥はここ最近のひどい扱い様で少し傷ついてしまった携帯を開くと、あの金髪の自称・家庭教師の男に電話をかけた。
『おう、恭弥。どうした。珍しいな。』
彼は2コール目で電話に出た。
電話しながらも恭弥はが失踪した日から数日間にかけてのイタリア行きの飛行機に乗った顧客リストにアクセスする。
(そんなことが出来るあたり、流石といったところだろうか)
「そっちに行ってない?」
『?来てねぇな・・・どうかしたのか?』
リストを目で追っていた恭弥の視線が一点で止まる。
(どうかしたのかって?白々しい。)
そこにははっきりと雲雀の名前があって。
「ふぅん・・・なら良いよ。」
と、乱暴に携帯を切った。ここ最近の扱いに携帯は悲鳴を上げそうだ。
「僕に黙って跳ね馬のところね・・・。」
全く腹立たしい、と、すぐに今夜発のイタリア行きのチケットを取った。
つー、つー
と、機会音が聞こえて来る携帯を閉じて、ディーノはぽりぽりと頭を掻いた。
「あの感じだとばれてるっぽいな・・・」
参った参った。と溜め息をつくと、後ろからロマーリオが「ボス」と声をかけてきた。
「おぉ、何だ?」
と、返事をしながら振り向いたディーノの顔は思わしく無くて、逆にロマーリオがどうかしたのかと問う。
「それがなぁ、どうやら恭弥にが此処にいること、ばれちまったらしいんだ。」
「そういうことか。」
「あいつ、ほんと過保護だからな、参ったぜ。」
初めての旅行(それも海外)に、がとても喜んでいて、楽しんでいることは二人ともよく知っている。
どうやらこちらに友人もいるらしいし、ディーノ達と出かけるときも、友人と出かけて来ると言って出かけるときも、ディーノの屋敷にいるときもそれはそれは嬉しそうにしているのだ。
それが、恭弥にバレたということは・・・
「飛行時間を入れても明日の夕方辺りには来そうだな。」
「まだ一ヶ月もたってねぇぜ。」
ロマーリオもの今回の旅行の嬉しがり様を傍で見ていたからか、残念そうに呟いた。
「・・・成る程、恭弥にばれちゃったんですね。」
唐突に二人の会話に入って来たのはで、ディーノは声の方へ視線を向けた。
「もうすこし、いたかったんですけど仕方無いですね。」
すこし寂しそうに笑ったに、ディーノはの手を取る。
「そんな落ち込むなって!もうちょっとイタリアに残れる様に俺も一緒に頼んでみっから。な?」
「ありがとうございます。でも、良いんです。」
にっこりとは笑った。
「ディーノさんとロマーリオさんに色んな所に連れて行ってもらえましたし、会えないと思っていた友達にも会えましたし、十分満喫できました。」
ささ、そろそろ晩ご飯にしましょうよ。
どうやら彼女の目的は晩ご飯に2人を呼びに来たらしく、さぁさぁと背を押されて2人は釈然としない気持ちのままその場を後にした。
夕食後、ディーノはの部屋の扉をノックした。
夕食の場では何事も無かったように振る舞っていたが、が今まで不自由(と彼女自身が感じていたかは良く分からないが)を強いられていたのは知っている。
人生初めての一人旅。
彼女にそれが必要だと思っているし、彼女がもっと旅を満喫したいのを感じ取っているディーノは黙っていられなかったのだ。
「はい?」
がちゃりと扉が開いて、が顔をのぞかせた。
「よっ」
ディーノだと気づくとは笑みを浮かべた。
「ちょっと良いか?」
「あ、どうぞ。」
部屋に招き入れ、ディーノは近場の椅子に腰掛けた。
丁度紅茶を入れていたのか、はカップをふたつ、テーブルに置きながら
椅子に腰掛け、ディーノの顔を見る。
「・・・本当に良いのか?」
「・・・あぁ、恭弥のことですか?」
は苦笑して、ううんと考えるように視線を落とした。
「連れ戻されたら、今まで以上に恭弥は、その・・・」
何と言ったものか、と言いよどんでいると、顔を上げたと目があった。
「確かに。異常なくらい私を束縛すると思います。今まで以上に。」
今までも、修学旅行以外に旅行に行かせてくれたことは無い。
修学旅行でももの凄い嫌がりようだった。
お陰様で、大学時代、旅行というものを体験したことが無いのは事実だ。
かろうじて、友達の家に泊まりに行くことは許してくれたが、送り迎えは絶対だったし、起きた時と寝る前の電話は必須だった。
それを知っているディーノとしては、にもっと自由に自分の人生を楽しんで欲しいと思っている。
「・・・・本当に良いのか?それで。」
それなのに、はいつも受け入れてばかりで、自分の意思を突き通そうとしない。
日本にいる頃、何度か恭弥を説得してみたが徒労に終わった。
だから、今回、自分が知る限り初めて恭弥の反対を押し切って単身イタリアにやってきた時は凄く驚いたし、嬉しかったし、チャンスなんじゃないかと思った。
姉離れと、弟離れの。
「ディーノさん。」
は苦笑しながら口を開いた。
「私も、いい加減恭弥から離れなきゃいけないって思ってるんです。」
カップに視線を落とすと、自分の顔がうつって見えた。
情けない顔をしている。
「いつまでも一緒にいる訳にはいかない。分かってるんですけど・・・。」
と、ため息をつくを目の前に、ディーノは静かに紅茶を口に運んだ。
「・・・・放っておけないんです。」
少し間を置いて、ぽつりと零した言葉と共に、は瞳をつむった。
「お、ボス。明日のドレス届いてるぜ。」
大急ぎで作らせたドレスは明日のボンゴレ主催のパーティーの為のもの。
ターコイズブルーのロングドレス。
普段おとなしめの服ばかり着ているの雰囲気とは違うんじゃないか、とロマーリオは思ったが、それもまた似合うかもしれないと頭の中で想像してみる。
「・・・とりえず、明日はパーティーを楽しむか。」
「その前に報告書仕上げねぇとな。」
「げっ・・・」
はいよ、ボス。と良い笑顔で渡されたのは書類の束で、ドレスを大人しく仕舞ってディーノは書類片手に机へと向かった。
・・・ものの、思い浮かぶのは先ほどのとのやりとり。
「なぁ、ロマーリオ。お前、妹いたよな。」
「ん?あぁ、いるが・・・それがどうかしたのか?」
ペンを置いて、ディーノはロマーリオに目を向ける。
「やっぱ妹が旅行に行くって言ったら嫌か?」
ロマーリオは、何を言いたいのか分かったのか、頬をぽりぽりと掻いた。
「・・・ボス。そりゃぁその兄妹の関係によると思うぜ。」
「だよなぁ・・・。」
もやもやして仕方ないとでも言うように、ディーノは書類で紙飛行機を作り始めた。
それを咎めるべきだと分かっておりながらも、ロマーリオは口を開いた。
「お互いたった一人の肉親なんだろ?想像以上に絆は深いと思うぜ。」
「・・・だよなぁ・・・。そりゃ分かってるんだけどよ。恭弥のアレは・・・。」
ロマーリオとしても、確かに行き過ぎだと思うが、この関係が続いている要因は何も恭弥だけではない。
自身も、それを甘受し、お互いに依存しているからこそ、今までその関係が続いて来ているのだ。
「まぁ、見守ろうぜ。ボス。」
そういって、ロマーリオはタバコに火をつけた。
ばれた