一瞬、丸く収まったかのように見えたものの、XANXUSが、戻るぞ、との手を引いたところで、恭弥の怒りは再燃したようだった。
素早くトンファーを拾い上げ、向かって来る恭弥にXANXUSはとんとの背中を押して離れさせた。


「やっぱり一回殴らせろ。」


自分の一撃を避けたXANXUSを睨みつけながら唸る恭弥には眉尻を下げる。


「はっ、黙って誰が殴らせるか。」


こちらはこちらで挑発するような事を言うし・・・と肩を落としたの肩を慰めるようにとんとんと叩いたのはディーノだった。


「困った奴らだな。」
「・・はい、本当に。」


はぁ、とため息をついて、二人を眺める。
ぼんやりと眺めていると、そういえばディーノの屋敷に荷物をすべて置いていることに気づいた。
話の流れからして、このままXANXUSの家で暮らすものと思っていたので、取りにいかなければと思うが、その前に黙って恭弥が行かせてくれるだろうか。
いつまで恭弥がイタリアにいるつもりかは知らないが、彼が日本に戻った後の方が良いだろう。


「・・・ディーノさん、恭弥がイタリアにいる間、お世話になっても良いですか?」


ディーノも二人を眺めながら同じ事を考えていたのか、そうしてくれと頷いた。
















Incomplete Love Story #13

















恭弥がいる間は今まで通りディーノの屋敷にお世話になることをXANXUSに説明すると、分かりやすいくらいに彼は不機嫌になった。
今まで、は女友達か親戚の家にいると思っていたため、余り気にしていなかったが、居候先はあのディーノの屋敷。
それだけでも気に食わないというのに、しばらく恭弥が居座るとなれば、やすやすと会えないだろう。


「おい、待て・・・」


さぁさぁ帰ろうぜ、とディーノと恭弥に引きつられて背を向けるを引き止めようとするが、は申し訳無さそうに頭を下げ、恭弥からは勝ち誇った顔で鼻を鳴らされる。

昨日今日の劇的な展開の末、この仕打ちか。とXANXUSは舌打ちした。


(こりゃぁ、荒れるぜぇ・・・)


有給、使って休みてぇ、という心の声が聞こえたのか、聞こえていないのか。
XANXUSは取りあえずスクアーロをぶん殴った。

その音を背に受けつつ、とディーノは心の中でスクアーロに手を合わせる。
いつものXANXUSのスクアーロへの当たり様を知っているディーノは勿論、昨日から今日にかけてしか一緒にいなかったも日頃のXANXUSのスクアーロへの仕打ちを何となく感じ取っていた。


「二人とも、なにしてるの。早く行くよ。」


そう不機嫌な恭弥に促されて、車に乗り込み。
は後ろ髪を引かれつつもディーノの屋敷へと向かった。

運転席のロマーリオはどうなることやらと恭弥の顔を盗み見た後、ディーノと目が合って、お互い苦笑した。


「まぁ、今日は恭弥もいることだし、宴会でもするか。」
「良いですね。あ、私今日の料理お手伝いします。いつもお世話になってますし。」


是非と笑顔でが頷くと、その隣の恭弥は仕方ないと呟いて頷いた。

















さぁさぁ宴会だと意気込んだのもつかの間、キャバッローネの屋敷に到着してすぐ、恭弥はとディーノを自分に宛てがわれた部屋に呼び寄せた。
部屋着に着替えて料理の準備でも、と思っていたは何だろうか、と恭弥の部屋に向かう途中で一緒になったディーノと共に首を傾げた。


ドアを開けると、悠々とソファに腰掛けた恭弥がいて、二人は促されるままその正面のソファに腰掛ける。


「・・・いろいろとあって、明後日には日本に帰らなきゃいけなくなったから、一つだけ言っておこうと思って。」


てっきり数週間居座ると思い込んでいたディーノはその言葉に目を丸くした。
一方は彼の学校愛を知りすぎているせいか、余り驚いた風には見えないが、何を言われるのかとそわそわしている。
今更一緒に帰れと言われたらどうしようか、と。


「一番はも一緒に日本に帰ること・・・・なんだけど、まぁ、それは1000歩譲って、諦めるとして。」


はぁ、どきっとしたぁ、とは胸を撫で下ろした。
目の前の恭弥は何と言ってやろうかと、珍しく悩んだ面持ちでを見つめている。


「・・・単刀直入に聞くけど、これからも、はここに住むんだよね?」
「え?」


何を聞いているんだろうか、とは聞き返し、ディーノは、ん?と首をひねった。
そして、二人は顔を見合わせる。


(俺、てっきりXANXUSのとこに行くもんだと思ってたんだけどよ・・・。)
(あ、実は私も、そういう流れなのかなって。)


ひそひそと話している二人の言葉が勿論聞こえている恭弥は眉をむっと寄せて、大きくため息をついた。


「早いよ。同棲なんて。」


(・・・なんか、付き合ってる彼女の父親と対峙してるみてぇ・・・)


まだ中学生だろ、こいつ。とか、俺ももし彼女が出来てその父親と会う時はこんな感じなんだろうか、と思いつつもディーノは恭弥を見た。


「イタリアにいる間は、此処に住むこと。2日に一回の電話もここの電話からじゃないと許さない。」


そう言った後、恭弥はディーノを見た。
思わずその眼光に、びっくりして肩を揺らす。


の部屋にすぐに備え付けの電話を着けさせて。」
「お、おう。」


は、まかせろ、と頷くディーノを申し訳ない気持ちで見つめた。


その後、3人で夕食を取って、お風呂に入ったは部屋で髪を乾かしていた。
今日はいろいろと疲れた、と思わず出た欠伸。
髪はまだ半乾きの状態だが、寝てしまおうか、と葛藤しているところに、サイドテーブルに置いてあった携帯が音を立てた。

着信画面にはXANXUSの名前。


『今何してる』


通話ボタンを押して、もしもし、と言おうと息を吸った所に喋りかけられたものだから、はその言葉を理解するのに数秒かかってしまった。


「・・あ、お風呂から上がって、髪を乾かしきっていないけど、寝ちゃおうか迷っていたところです。」
『・・・乾かせ。』


呆れたような声に自然と笑顔になる。


「後でちゃんと乾かします。あの、それより・・・今日は弟が失礼しました。」
『・・・今に始まった事じゃねぇ。それで、あいつはいつ帰るんだ。』


問われて、はしばらくキャバッローネに厄介になることを告げなければと口を開きかけたものの、口をつぐんだ。
XANXUSはそもそも自分と暮らすつもりだったのだろうか、と思ったのだ。
暮らすつもりなんて更々ないのに、一緒に暮らせないんですーなんて言っちゃった日には恥ずかしくて恥ずかしくって目も当てられない。


『おい、寝てんのか?』
「!・・恭弥が帰る日ですよね。明後日です。」


不機嫌そうな声にはっとして返す。


『明後日か・・・』


その時は思い出した。
XANXUSの屋敷にて自分に宛てがわれた部屋の事を。


「あの、実は・・・・」


良かった。私痛い女じゃない。とほっとしながら、は恭弥に告げられた事を話し始めた。
不思議と、言葉を続けるにつれて、顔は見えないのに、不機嫌になっていくのが分かって、苦笑してしまう。


「・・ということで、しばらくディーノさんの所にお世話に・・・」


お世話になります。と言いかけたところで、ドアが音を立てて開いた。
びっくりしてドアの方を見ると、そこには恭弥が立っていて、彼はが携帯で話しているのを見て察したのだろう。
むっと眉を寄せてつかつかと歩いて来る。


「ちょ、ちょっと恭弥。急に入って・・・」


文句を言おうとしているのに、彼はそれを奇麗にスルーして携帯を取り上げた。


「人に断りも無く勝手に電話して来ないでくれる?」
『・・・てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇ。』


あぁ、この人たち。電話越しでもやっぱり喧嘩しちゃうのね。とちょっぴり泣きそうになりながらは立ち上がって、恭弥から携帯を取り返そうとする。


「もう!恭弥ってば!」
「でも、残念だったね。そう簡単に僕が引き下がると思った?」


取り返そうとするものの、それはあっけなく失敗してしまう。


「僕が出来うる最大限の邪魔はさせて貰うから。」


そう言ってぶちりと電源を切って、恭弥はぽいっと携帯を放り投げた。













ツー、ツー、と鳴る受話器に、XANXUSは乱暴に電話を放った。


「あの糞餓鬼・・・」


めらりと燃え上がるのは、憤怒の炎。
とっぷりと日も暮れているというのに、まだまだ騒がしくなりそうだ。


「う”お”ぉぉい!ボス!仕事だぜぇ!」


加えて仕事の知らせに、ぶちりと彼の切れやすい堪忍袋の緒は切れてしまった。

スクアーロの災難はまだまだまだ続きそうだ。











犬猿の仲