心配なのか、ディーノは出て行くべきか迷った後、少し離れた位置にある椅子に腰掛けた。
はそれにほっとし、恭弥は相変わらず不機嫌な表情なので、どうなのか分からないが、咎める様子はない。
「落ち着いて聞いてね。」
恭弥の目の前のソファに腰掛けて、まっすぐに目を見て言う。
「私」
息がすこし苦しい。
自分がいなくなったら、あの家で一人で過ごすことになるのだろうか、とか、今まで以上に無理をしないだろうか、とか。
「ここに残ることに、決めたの・・・」
いざ、目の前にすると、色々な思いがこみ上げてくるが、決めたのだ。
絞り出すように言った言葉は少しかすれていた。
Incomplete Love Story #12
目を見開いた恭弥は、暫く呆然とした後、小さく笑った。
「・・・珍しいね、がそんな冗談言うなんて。」
それだけ?なら話は終わりだね。と笑って、恭弥は立ち上がる。
「違うの。本当に・・・。」
「本当に?」
は少し言葉を詰まらせた。
そんなことある訳が無い、という思いと、本当なの、という思いが交錯しているのを、恭弥の目から感じ取ったのだ。
「本当だ、よ。」
でも言わなければならない。
意を決して言った言葉で、恭弥の目が絶望するのを見た。
「許さないよ・・・」
小さく聞こえた声に「え?」と聞き返そうとした時、は己の体が包み込まれる感触と、ガラスが割れる大きな音に何がなんだか分からなかった。
ただ、自分の目には、驚いて立ち上がるディーノと、遠ざかる壊れた窓が見える。
まさか、と、見上げる先には恭弥の顔がある。
「恭弥・・・!」
「黙って。」
ひゅんと風を切る音と共にスーツの男性たちをなぎ倒して行く。
「帰るよ。」
「ごめん、恭弥。私、残るの。」
聞こえないという様に走り続ける恭弥だが、急に足を止めた。
「まさか本当に連れ出すとはなぁ"・・・!」
「あれがボスの彼女?」
屋敷の敷地を出る直前に立ちはだかるのは、スクアーロとベル。
恭弥は舌打ちをして背後を伺った。
そして、ぎり、と奥歯を噛み締める。
そこにはディーノと共にXANXUSがいたのだ。
恭弥はゆっくりとを降ろした。
「そいつがいるなら、丁度良いね。がここにとどまる理由はあいつでしょ?」
「・・・」
何も言えずに、は口を噤んできゅっと胸元を握りしめた。
「・・・下がってろってよぉ。」
スクアーロがを背に庇う。
XANXUSに下がれと目で言われたのだ。
すかさず恭弥に睨まれたが、仕方が無いとでも言うように首を横に振った。
「ちゃんと守ってよ。」
それだけ言って、恭弥はXANXUSに向かった。
「いや、凄いね。彼女の取り合い?」
ベルが口笛を吹いて言うので、はがっくりと肩を落とした。
「絶対こうなるから、XANXUSさんには来て欲しくなかったのに・・・。」
「そういうなぁ"、お前が連れて行かれるんじゃぁ黙ってるわけにはいかねぇだろぉ!」
視線を二人に向けると、お互い傷は無いようだが、激しく争っている。
はどうすれば良いか分からなくて、ディーノを見た。
「ディーノさん、スクアーロさん、手伝ってください!」
二人を止めてくれと、お願いすると、ディーノは「出来っかな・・」と不安げに頬を掻いた。
それはスクアーロも同じなようで、頬が引きつっている。
後ろで響く金属音。
は目をつむってため息をつくと、振り返って、二人を見据えた。
あの場に飛び込んだらただじゃ済まないことは分かっているが、放置していくことは出来ない。
が足を踏み出そうとした時、ディーノは慌てての腕を掴んだ。
「ディーノさん!」
「まぁまぁ、落ち着けって・・・」
ぽんぽんと頭を撫でる。
そして、何か思いついたのか、二人へむけて口を開く。
「おい!お前ら、いつまでもそうしてると、はキャバッローネが貰っちまうぞ!」
次いで、キャバッローネのメンツに声をかける。
「車回せ!さっさと連れて帰るぞ!」
すると、すぐに二人はディーノとへと向かって来た。
「う"お"ぉ"ぉ"い、跳ね馬、てめぇ殺されるぞぉ」
「弁護してくれよ、な?」
ひそひそと話しているうちに、は先手を打つようにすぐさま恭弥を抱きしめた。
その横に立っているXANXUSは不快そうに眉を寄せるが、黙って見守っている。
「ボスが我慢してる・・・おもしれー」
ぼそっとベルが言うと、スクアーロとディーノに黙ってろと凄まれて、肩を竦めた。
「ごめん。恭弥。」
ようやく少しだけ落ち着いたのか、恭弥は目を閉じて、トンファーを落とした。
そしての背に手を回す。
「、本気?」
「・・・うん。」
体を離して、は恭弥の目を見た。
「私、ずっと恭弥に頼りっぱなしで、ごめんね。」
「・・・。」
黙って恭弥は謝るの顔を見る。
謝らなくて良いのに。と。
「いつまでも一緒にいる訳にはいかないし、いい加減弟離れしなきゃ。」
「別に、良いよ。一緒で。」
一緒が良いのに、の表情は今まで見たことが無い・・・いや、一度だけ見たことがあった。
強く、決意した顔。父母がいなくなった時に、一度だけ。
「恭弥もこれから好きな人が出来て、結婚とか・・・。」
「そんな人出来ないし、結婚なんてしないよ。」
自分が駄々をこねているのは自覚しているのに、もう、彼女を守るという自分の役目は終わっているのは気づいているのに。
「恭弥。」
静かに彼の名を呼ぶと、ふいと目をそらした。
分かっているのだ。
大学を卒業して、猶予期間は終わった。
離れる時期がやってきたことくらい、分かっているのだ。
「・・・姉さんを渡すのは、僕くらい強いやつだって決めてたのに。」
絶対そんなヤツ現れないと思っていたのに、と忌々しげにXANXUSを睨みつけると、睨み返される。
「半年、こっちにいると良いよ。でも、一ヶ月に一回は帰ってくること。」
「・・・2ヶ月だ。」
「・・・じゃぁ、あと、2日に一回電話すること。」
XANXUSは眉を上げた。が、ため息をついて頷く。
「仕方ねぇな。」
「何で貴方がいちいち反応するの。に言ってるんだけど。」
苛立たしげに言って、恭弥は再びに視線を向けた。
「あと、嫌になったらすぐに言うこと。迎えにくるから。」
珍しく我慢という行為をしていたXANXUSが流石に切れたが、恭弥を殴りつける訳にもいかず(に被害が及びそうな位置だったからだ)行き場の無い憤りはとりあえずスクアーロで発散された。
和解