は、 HRが終わると、そそくさと荷物を纏めて立ち上がった。
体がちょっと重い。さっさと帰って寝たかった。


「大丈夫か?」


気づいた静雄が荷物を持ってくれるので、それにしっかり甘えようとしたが、新羅がやめておけと首を横に振った。


「今日は十中八九、静雄は喧嘩を売られるね。しかも結構重いの。」
「あぁ?何でそんな事が分かるんだよ。」


新羅は苦笑して、荷物を静雄の手から取ると、に差し出した。


ちゃん。大人しく帰るが吉だよ。」


その意味を理解して、は少し考えた後、頷いた。
今朝、HRの後一方的に帰る約束をして去って行った彼はきっと待ち構えていて、邪魔されないようにしっかり静雄に喧嘩を仕掛けているのだろう。
それ以上に、彼が待ち構えているのならば、静雄と一緒に行ったら大層面倒くさい事になる。


「じゃぁ、二人とも、また明日ね。」


だったら1人で帰った方がまだマシだ、と新羅から荷物を大人しく受け取った。


「気をつけてね。」


何に、とは言わない。隣に静雄がいるのだから。
静雄はそれには気づかずに、彼女に声をかける。


「おう、また明日な。」


二人に見送られて、は教室を出た。









Trip! Trip! Trip! #9











教室を出ると、すぐに臨也がいて、を見つけると、笑顔で手を振ってきた。
この絵面だけ見ると、初々しい高校生カップルに見えるだろうし、臨也は凄い好青年に見える。


(それだけに惜しい。)


まぁ仕方無いか。と1人頷いていると、「どうしたの?」と彼が声をかけながら荷物を手に取った。
そのさり気なさに、いつの間にか女慣れしてまぁ、と何だか弟を見ている気分になってしまう。


ちゃん?」


再び声をかけられて、はようやく返事をした。


「どうもしてないよ。」


そう言った後、思わず出て来た欠伸に、相当体力を消耗していることを悟る。
それは臨也も気づいたようで、気遣う視線が向けられる。


「食欲は?」
「一応ある、かな。」
「じゃぁ、今日は軽めにして、早く寝ようか。」
「うーーー」


うん、と言いかけて、は溜め息をついて臨也を見た。
臨也はその様子に首を傾げている。


「じゃなくて、何かおかしくない、この会話。」
「そうかな。」


そうだよ、とは力なく呟いた。
何でも良いからさっさとご飯食べて、お風呂に入って眠りたい。
こんな小競り合いはどーでも良いのだ。


「ご飯は出前にしようか。うどんとそば、どっちが良い?俺はうどんが良いかな。」
「あぁ、うん。何かもう、良いよ。うどんで。」


抵抗することを放棄して、辿り着いたマンションにキーを差し込もうそとして、臨也に先を越された。


(そうだった。こいつ、うちの鍵持ってるんだった・・・。)


何だか、良く分からない。これで良いのだろうか。と悩むものの、「ほら、早く帰ろう」と促されて大人しく中へと入る。


「・・・・あのさ、臨也くん。もう大丈夫だから。」


いや、これで良い筈が無い。と考え直しては意を決して口を開いた。
そしてバッグを受け取ろうとするが、彼は頑にそれを渡そうとしない。


「・・・肩が治るまで、面倒見させてよ。絶対人がいたほうが良いよ。何かと不便だろうし。ほら、今日も移動教室で辞書とか荷物持って移動するとき、シズちゃんに助けて貰ってたよね。」


何で知っているのだろうか。
ここまでくると若干恐い。自分の生活のどれくらい彼は把握しているのだろうか。


(・・・やめよう。暗くなる。っていうか、恐くなる。)


考えを振り払う様に頭を横に振った。
視界の端では、鍵穴に鍵を入れてまわしている臨也の姿が映る。


「ほら、早く入ろう。」


いやー、この家の主、私なんですけど。とは言えず、はしぶしぶと臨也の後ろをついて我が家に足を踏み入れた。






















が結構大変な思いをして(髪を洗ったり、身体を洗ったりするのに若干肩に負担がかかってしまった)お風呂から出ると、リビングで臨也がテレビを見ていた。
家につくなり、風呂場に押しやられたが、どうやらまだ帰っていなかったようだ。


「あ、勝手にきつねうどん注文しちゃったけ、ど・・・」
「ありがと。」


そう言って、ソファの前を素通りして冷蔵庫へ向かい、水のペットボトルを取り出そうとして顔を歪めた。
2リットルのペットボトルは結構重い。
何故痛めた方の手を使ってペットボトルを取ろうとしたのか不思議に思いながらは右手に変えて持ち上げた。


「臨也くんも何か飲む?」


そういえばさっきから静かだな。とコップに注いだ水を飲みながら振り返るとそこにはこちらを見て固まっている臨也の姿。


「おーい、臨也くん?」


呼びかけると、彼は立ち上がっての方へ向かって来た。


「なに、その服。」
「え・・・パジャマだけど・・・」


そう言って、パイル生地の短パンとキャミソールとその上に羽織っているパーカーに視線を落とした。


「ねぇ、襲って良い?良いよね?」
「いや、駄目に決まってるでしょ。」


呆れた様に言って、はぐびぐびと水を飲み干した。


「あ、髪!濡れてるし!」
「あー・・・肩が痛いから、面倒なんだよね・・・。」


そう言うと、臨也はの手をぐいぐいと引っ張って洗面所へと向かった。


「ほら、鏡の方向いて。」


ドライヤーを手に持って言われた言葉に、は顔を引きつらせた。
そんななんかおかまい無しに、臨也は早くと声をかけてくる。


「あ、いや、臨也さん。ほんと、大丈夫だから。」
「良いから。」


私は良く無いから!というの言葉はドライヤーの音にかき消された。
ぐいぐいと押さえられては大人しくする他ない。
極めつけに、耳元で言われた「大人しくしてないと襲っちゃうけど」という言葉に、は仕方無く大人しくすることにした。


人に乾かしてもらうなんて何年ぶりだろうか。
この世に生まれ落ちて、幼稚園に入るまでは親が乾かしてくれていた気がするが、自分でドライヤーが持てるようになってからは自分でやっていた気がする。


(何か、変な感じ・・・。)


そろそろ乾いて来た髪に、もうそろそろ良いだろうかと思っていると、丁度呼び鈴がなったので、臨也はドライヤーを止めた。


「来たみたいだね。」


そして、ドライヤーを置くと、洗面所から出て行った。
ようやく終わったか、と若干ぼさぼさになっている髪の毛を右手で撫で付けた。
何故だ。此の家は自分の家の筈なのに、何故彼が我が物顔で闊歩しているのだろうか。

疑問に思いつつも、洗面台の横の棚から化粧水達を出して、手早く手入れを済ませると、リビングに戻った。


「早く座って食べようよ。」


其処には既に配膳を終えている臨也が居て、は促されるままに臨也の隣に腰掛けた。
おかしい。絶対おかしいぞ。こいつ、あわよくば此処の住民となろうとしているに違いない。
はそう思いながら箸を取った。


「テレビ何が良い?・・・って聞くまでもなかったね。」
「え?」


そう言って、臨也はリモコンのボタンをぽちりと押して、の視線の先に液晶画面には、この時間帯が好んで見ている「しゃべくり×××」が映し出されていた。
思わず、箸が止まる。


「何で知ってるんだって顔してるね。そりゃぁちゃんとチェックしてるに決まってるじゃないか。新羅とこの前話してたし、その前はシズちゃんとの話題にも出てたよね。」
「・・・ここまで来ると天晴だね。」


はあ、と溜め息をついてはようやくうどんを食べ始めた。
















は食後のミルクティーを飲みながらそろそろ寝たいなぁなんて思っていた。
が、しかし、目に入った外に絶望。


「・・・何か、変な音がすると思ったら、なに、この雨。」


は立ち上がると、窓を開けた。
途端に広がる、バケツをひっくり返したような豪雨の音に、は勢い良く窓を閉めた。
そして、振り向くと、そこにはテレビを見ながら悠々とコーヒーを飲む臨也の姿。


「臨也くん、外、酷い雨なんだけど。」
「うん。知ってるよ。今日の天気予報ちゃんと見てたからね。」


(確信犯か!)


はがっくりと項垂れた。


「ってことで、今日、泊めて?」


語尾にハートが着きそうな感じで言われたは本日最大の溜め息をついた。
最早、この男の前に貞操の危機感なんて盛っても無駄な気がする。
彼なら、こちらがどんなに頑張っても寝てる間に家に忍び込むのなんてわけないだろうし、きっとそうだ。


「・・・私、もう寝るね。毛布は隣の部屋にあるから。適当に寝床作って。」
「え?添い寝は・・・」


俺も一緒に寝るよ、とでも言うように立ち上がりかけた臨也に、はなけなしの気力を振り絞ってきっと視線を向けた。


「結構です。」


そういって背を向けたの背中を悲しそうな顔で臨也が見つめているなんて露知らず、彼女はリビングから立ち去ってしまった。


「・・・あとで、部屋に忍び込んだら怒るかな・・・」


ぽつりと呟いて臨也はソファに腰掛けた。












確信犯と被害者