あの後、『スウィートハニーじゃない!!』とセルティさんに怒られつつ、部屋に招き入れてもらった。

静雄くんの手当をする時から、随分と手際が良いなぁと感心していたけど、まさか、まさか、医者のところと言って連れて来られた先が新羅くんの所とは、と驚きながらも、肩を見て貰う。


「新羅くんって、まさか医師免許・・・」
「え?」


と、笑顔で見られて、


「持ってる訳ないよね・・・アハハ」


とりあえず笑っておいた。
そして視線をセルティさんに移す。部屋の中でも彼女はヘルメットを外す様子は無い。
何かコンプレックスでもあって取れないのか、それとも顔を見られたくないのか。


『・・・実は、医者の所と言って連れて来たんだ。』


新羅くんはPDAを見て、何故医師免許なんて私が言い出したのか合点したのか、苦笑した。


「僕は医者のまねごとはしているけど、正式な医者じゃないよ。」


そう言いながら湿布を貼られて、骨に異常はないようだねと告げられる。
ひんやりとした湿布に熱を持っている気がする肩が少しだけ軽くなった気がした。


「余り腫れる事は無いと思おうけど、暫くは激しく動かさない方が良いよ。」


いちおう湿布あげるね、と入った袋をもらう。


「ところで、セルティが誰かを連れて来るなんて初めてだよ!知り合いだったのかい?」


と、いきなり興奮した面持ちで言われて、正直ちょっと引いてしまった。










Trip! Trip! Trip! #8









どうぞ、とお茶を出してくれたのは新羅くんで、私は礼を言ってそれを受け取った。
出されたカップの数は2つ。数が合わないが良いのだろうか、と少し思いつつも口に運ぶ。


「それにしても、セルティが人を連れて来るなんて初めてだね。」


私がセルティさんに助けてもらった経緯を説明すると、新羅くんはそう言ってセルティさんを見た。


『確信は無かったんだが、集合写真を見せてくれた時にを見かけた気がしたんだ。』
「え、それ、覚えてたの・・やっぱり愛の・・・ごふっ」


セルティー!と手を広げた新羅くんに愛の鉄拳が入った。
なるほど、以前最愛の彼女の話をしてくれた時も片鱗を見た気がするが、ここまでとは。
ごちそうさまです。


「確かに、セルティさんがこんな素敵なんじゃ、同年代に興味が湧かないのも頷けるね。」
「え、やっぱりそう思う?」


うんうん、やっぱりセルティは同性から見ても素敵なんだなぁ、流石僕のセルティ!なんて言っている新羅くんは、普段の面影が無い。
ちょっと・・・いや、大分びっくりだ。恋は盲目というヤツだろうか。

それにしても、と視線をセルティさんに移して、好奇心が疼く。
ヘルメットは取らないし、飲み物も飲まない。
それほどに顔を見せれない理由があるのだろうか。
余り、気にしちゃ本人に失礼だと思うが、それでも気になるのが人の性というものだ。

そういえば、前に新羅くんが首がどうのこうのと言っていたのを思い出した。
普通、ヘルメットをかぶっていても中の顔はうっすらと見える(目鼻立ちは分からないかもしれないが)。
だが、セルティさんの場合は全く見えない。黒いだけだ。
暗い所なら見えなくても何とも思わないが、此処は電気がついている部屋。
もしかして、本当に首がないとか?


「・・・もしかして、セルティさんがヘルメット取らないのって、首が無いからとか・・・?」


気がついた時には自然と口から溢れていた言葉。はっと口を押さえたが、もう遅い。


「・・・あれ、僕、話したっけ。」
「うん、前に、ね。その時は冗談かと思ったけど。」


話したっけ。ということは、真実ということだ。
首が無いって、そもそも生きていられるのだろうか。


「セルティはデュラハンっていって、北欧の妖精なんだ。」


デュラハン・・・良くは知らないが、死ぬ時に来るイメージが・・・。
と思いながらセルティを見ると、セルティはPDAに何かを打ち込んだ。


『・・・・見たいか?』


随分とストレートな質問だ。
見たいに決まっている。


こくこくと頷くと、彼女はゆっくりとヘルメットに手をかけて・・・あ、忘れてた!というように慌てて手を離してPDAを見せた。
未知の世界が・・・と思っていた私は少し肩すかしを食らった様な気がするが、まぁ良いだろう。


『頼むから、叫ばないでくれ。』
「・・・OK」


力強く頷いた。
余り、こういうのに興味はなかったが、実際に目の前にすると話は別だ。
なんという野次馬根性。自分でも少し呆れてしまう。


そっと取り外されたヘルメットの中には、本当に何も無かった。
いや、黒い煙のようなものが首の辺りをうろついているのだが、顔らしきものは全く見当たらない。
スタイルが良いのもあって、マネキンみたいだ。


「・・・ちょっと失礼。」


身を乗り出して、私は首の辺りを手であおいだ。
本当に空を切るばかりで、なにも無い。


「・・・不思議・・・」


いつもの日常も非常識な世界だと思っていたが、こんなに非常識な生き物を目の前にすると、可愛いものだ。
・・・あぁ、でもやっぱり、教室を破壊するのは可愛くない。
そう思い直して、私はセルティさんを見た。


やっぱり首の無い体は非常識の固まりだった。
























翌日、若干腫れた肩を抱えて登校した。
朝から湿布の匂いで、体はこんなに若いのに・・・と、切なくなる。


「おはよう。肩の調子はどう?」
「いやぁ、やっぱり痛いよ。」


そうだろうね。と新羅くんは私の肩を見た。


「でも多分少しすれば腫れは引くと思うよ。今日も動かせるみたいだしね。」


だと良いけど、と呟きながら私は鞄を机に置いた。
斜め後ろの席を見ると、まだ、静雄くんは来ていないようだ。
それを知ってか知らずか、席についた瞬間、扉が開いて臨也くんが入って来た。


「肩、怪我したんだって?」


早足で入って来た臨也くんは矢張りというか、私のもとへまっすぐにやってきた。
見上げると、彼はまっすぐに私の肩を見ていた。

・・・・何故、知っているのだろうか。


「何で知ってるのかって、顔してるね。」
「あぁ・・・うん。ちょっとびっくりしたかも。」


そう言いながら肩をさする。


「手当は新羅が?」


その視線は新羅くんに向いていて、私が口を開く前に新羅くんが答えてくれる。


「ちょっと間接は痛めてるけど、問題は無いよ。」
「痛む?」


首を傾げて覗き込むように背中を折った臨也くんに、私は自然と身を引いた。
若干、近いなぁ。


「日常生活に支障がない程度に。それよりも、そろそろ静雄くん来るし、先生も来るし、自分のクラスに帰った方が良いと思うな。」


それよりも、今、此処でどんぱちされたら、上手く逃げれる気がしない。
昨日、精神的苦痛と肉体的苦痛を受けた今、私のHPは限りなく0に等しい。


「・・・・分かった。」


それを悟ってくれたのか、どうなのかは知らないが、たたずまいを直してまっすぐに立ってくれたところを見ると、退散してくれるようだ。


「HR終わったら待ってて。送るから。」
「え?良いよ。まっすぐ帰れば明るいし。」


すぐさま断ったものの、それを聞いているのかどうなのか怪しい。
背中を見送りながら、今日は静雄くん、登校するの遅いなぁとちらりと時計を見た。


その瞬間、廊下から響いて来る静雄くんの怒号と、臨也くんの飄々とした声。


「ようやくご到着の様だね。」
「タイミング悪・・・。」


あぁ、でも、教室の中ではち会わせなくて良かった。










スウィートハニー