辺りはすっかり暗くなって、空には星が瞬いている。
帰りがけ、ゲームセンターを見つけた私は、こちらの世界で未だ足を踏み入れたことのなかったこの場所に、何となく足を踏み入れてしまった。
大きい音が響く中、何となく、見た事があるような格闘ゲームが目に留まった。
「見た事あるような、無いような・・・・。」
白い道着に、赤いはちまきをつけた主人公らしき男性。
「お、初めて見る顔だな。」
これと良く似た主人公、何て名前だったっけなぁ、とゲームを見つめていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、少し年上の青年。
「一人か?」
「あぁ、はい。」
そう言って、青年は私が見ていたゲーム機に、コインを一つ入れた。
「気になるんならやってみろって。おもしれーぜ、案外。」
へらりと笑った顔は結構タイプな顔だった。
Trip! Trip! Trip! #7
すっかり遅くなってしまった、と私は腕時計を見て、家路を急いだ。
あの後、あの場で出会った青年に教えてもらいながら時間を忘れて遊んでしまった。
(負けそうになると、青年が交代して、ちょちょっとやっつけてしまうので、驚いた)
ちらりと目に入る空は真っ暗。
(昨日作った煮物があるし、サラダでも作って・・・)
よし、近道だ、と入った路地裏。
余り此処を通ることは無いが、中々良い抜け道なのだ。
これで10分は節約できた、と思ったのもつかの間、次の角を曲がった所で人にぶつかったものだから、驚いてぶつかった先を見た。
「あ、ごめんなさい。」
そう言いながら、ちょっとだけ頬が引きつる。
視線の先には、金髪にじゃらじゃらと色々な金属の装飾品を身につけた青年が二人いたのだ。明らかに柄の悪い二人に、内心、悲鳴をあげる。
「いってぇ・・・」
明らかに私の方が体格が小さい。そんな腕を押さえるほど痛い訳があるか!と思ったものの、二人の雰囲気に口をつぐむ。
どうしよう、急いで大通りに戻ろうか、とじりと足を後ろに出したところで、腕を掴まれてびくりと肩を揺らす。
「あ、俺、その子見た事あるぜ。平和島静雄と最近よく一緒にいる女だ。」
「へぇ・・・平和島静雄ねぇ・・・。」
にやりと笑った男が顔を近づけて来て、顔を背けた。
「あ、あの、離して貰えませんか?」
あぁ、こんな事になるんだったら護身術でも習っておくんだった。
今までこういう目に遭うことがなかったから。
「可愛いじゃん。どう?俺と・・・・・・」
そう言われた時、私は鞄で男の顔を殴って、走り出した。
だが、焦っていた私は背後の大通りに駆ける訳ではなく、反対側へと向かってしまった。
切れかけている街頭が照らす地面は少し気味が悪いが、そんなことに気づく余裕はかけらも無い。
待て、と後ろから怒声が聞こえて来て、追って来る足音。
運動部に入っている訳でも、足に自身がある訳でもない。おまけに体育は大の苦手だ。
息はあがるばかりで、どんどん迫る足音と声。
少しして、右肩を乱暴に掴まれたと思ったら背中に衝撃が走った。
すぐにひんやりと伝わるコンクリートの冷たさと、目の前の男に、壁に押さえられていることを悟る。
「この女ァ、」
男が振り上げた腕に、殴られる!と、反射的に瞳を瞑った。
走ったせいか、どくんどくんと自分の心臓の音がいやに大きく聞こえる。
直後、風が少し頬を擦った気がした直後、うめき声と倒れる音に、私は驚いて目を開けた。
相変わらず薄暗い路地の中、倒れている男性が一人。
「あ、あれ・・?」
そう呟きながら、もう一人の男性も倒れていることに気づいて、二人を交互に見る。
その時、視線の端に黒い靴が見えて、視線を上げた。
「・・・!!」
真っ黒なその人物は闇に同化していて分かりにくいが、よく見るとシルエットが女性であることを示している。
それに気づいて、少しだけほっと息を吐き出す。
今、異性ではなく、同性がいることで、少しだけ落ち着きを取り戻させてくれて気がした。
こつこつと音を立てて近づいて来る真っ黒な女性が怖くはあるが、その女性という安堵感に、へなへなとそこに座り込んでしまった。
それを見た女性は慌てたように走って来る。
『大丈夫か!?』
そしてずずいと出されたPDAに私はぱちぱちと目を瞬かせた。
「あ、えぇっと・・・」
『具合でもわるいのか!?』
この人は言葉が喋れないのだろうか、そう思いながら、ヘルメットを見た。
猫耳がついたそのヘルメットは初めて見るデザインで、空気抵抗で耳が取れてしまわないのかと思う。
ぼーっと、ヘルメットの耳を見ていると、彼女は首を傾げて、PDAに文字を打ち込んだ。
『どこか痛むところは無いか?』
さらに前に出されたPDAにびっくりして、PDAをまじまじと見つめた。周りが暗すぎて、画面が明るく感じて、目がすこしだけ染みる。
しかしながら、助けてくれた上に心配までしてくれて、良い人だ。
「あ、いいえ、無いで・・・」
「けがは無いです。」と言いながら、体を動かすと右肩に走る痛みに、眉を寄せて言葉を止めてしまった。
『肩か・・・立てるか?』
そう言われながら差し出された手に自分の手を重ねて立ち上がろうとしたものの、力の入らない下肢に自分でもびっくりして目を見開いた。
「・・・これが腰が抜けたってやつ・・?」
『・・・近くに医者の知り合いの家があるんだ。そこへ行こう。』
そう伝えた後、私を難なく抱き上げる女性。
訪れた浮遊感に「うわ」と思わず声が漏れる。
「なんだか・・すみません・・・。」
本当に申し訳ない。助けてもらって上に、腰を抜かした自分を医者の所まで運んで貰うとは。
だが、女性は首を横に振って、傍らのバイクに私を乗せた。
『気にするな。』
言葉遣いもそうだが、先ほどの抱き上げ方といい、すっごく男前だ。
それなのにこのナイスバディ。なんて良い女なんだ。と一人関心しながら、彼女の腰に捕まった。
なんだか、この人の暖かみに、酷く安心した。
女性に抱き上げられるとは、中々できない経験ではないだろうか、と思いながら、自分を抱えてマンションへ入って行く女性の顔(といってもヘルメットだが)を見上げた。
先ほど、自己紹介をしたのだが、彼女はセルティというらしい。
(私はこの時、新羅くんの最愛のハニーの名前と同じだってことに気づかなかった)。
なんと、外人さんだ。
『ちょっと変わったヤツだが、腕は確かだ。安心してくれ。』
私を抱き上げながら、器用にPDAを見せられて、私は頷いた。
強く、優しい彼女だが、この雰囲気は相当、変わっている。
そして、医者と言いながら彼女が訪れたのは病院ではなく、マンション。
絶対に、「普通」では無いはずだ。
がちゃり、とドアを開けると同時に聞こえて来た「セルティー!おかえり!!」という言葉。
それは、凄く聞いたことのある声で、まさかと思いつつセルティから声の先を見る。
「あれ・・・あれ!?」
新羅くんも、愛しの彼女だけではないことに疑問を抱いて、そして、私の顔を見て驚いているようだ。
・・・てことは、と私は再びセルティを見上げた。
「ま、まさか、新羅くんのスウィートハニー・・・?」
何て世間は狭いんだろうか。
遭遇!首なしライダー