今日は比較的平和な一日だった。
は冷静に振り返った。

毎日のようにやってくる臨也は来なくて、喧嘩が勃発しなかったのだ。
まいどまいど申し訳無い気分でいっぱいだったとしては万々歳だ。


「けど、変だよね。」


帰り支度をしていると、新羅くんがやってきて、そう言う。


「たまには良いと思うけど。」
「嵐の前の静けさ・・・みたいな。」
「・・・新羅くん。不吉なこと言わないでもらえるかな。」


まさか!という気持ちで言ったものの、この後、新羅くんの言葉は的中する。













Trip! Trip! Trip! 5














結構私たちは仲が良くて、ちょくちょく一緒に帰っていたりする。
(今日は新羅くんは、愛しの彼女がーとかで、マッハで帰って行ってしまったのでいないが。)

先生にプリントを提出して、靴箱に向かうと、丁度静雄くんが喧嘩をしているところだった。
別にいつも待ち合わせている訳ではないのだが、いつもこんな感じで帰りが一緒になる。
新羅くんとは学級委員が一緒なので、そのまま帰ることになるのが多いのだが、静雄くんについては、8割程は喧嘩しているところに遭遇する。

そう。何故だか知らないが、静雄くんは相当喧嘩を売られている。


「今日も元気だねー。」


苦笑しながら靴に履き替えて外に出ると、彼が最後の一人を伸したところだった。


「・・・好きで喧嘩してる訳じゃねぇ。」


ふて腐れたように言って、静雄くんは鞄を持ち上げた。


「あぁ、待って待って。」


歩き出した静雄くんの後ろを追った。
何故彼がこんなに喧嘩を売られているのかは知らないが、少し臨也くんが関係しているとは聞いたことがある。
相当仲が悪いのは知っていたが(静雄くんの前で彼の名前を出すと、何かが壊れる)、ここまで仲が悪いとは。


「あ、そういえば、駅前に新しいケーキ屋さんが出来たんだって。モンブランが結構美味しいって話聞くんだけど、一緒に行かない?」


そんな喧嘩が強い静雄くんは、意外にも甘党だということをこの前知った。
(隣の席の女の子と、あそこのケーキが、という話になったときに耳をぴくぴくさせていたので、「好きなの?」と聞くと「悪いか?」と返って来た。照れてるのがばればれでちょっと可愛かった)


「・・・良いのか?」


察するに、甘いお菓子が好きな彼だが、どうも一人でケーキ屋さんに入る勇気は無いらしく、コンビニで我慢しているようだった。


「一人で食べに行くのは流石に寂しいしね。付き合ってもらえると嬉しいな。」
「・・・仕方ねぇな。」


といいながらも嬉しそうな顔に、私は笑いを堪えるのに必死だった。


お店に入るなり、漂う甘い香りに自然と笑顔になる。
ケースの中を見ると、モンブランだけじゃなく(勿論だけれど)フルーツタルト、ショートケーキ、ザッハトルテ・・・とりあえずたくさんのケーキが明かりに照らされて光っていた。


「・・・モンブランって心に決めてたけど、フルーツタルトのこの輝き様に惑わされる・・・。」
「両方食えば良いだろ」
「・・・確かに。」


頷いて、私は店員さんにモンブランとフルーツタルトを頼んだ。
静雄くんはチョコレートケーキと迷ってやっぱり評判の良いモンブラン。


すぐに出されたコーヒーとケーキ2つずつを各々トレイに乗せて。


「1560円になりまーす」


スマイルが凄く似合っている店員さんにお金を渡して。
私は静雄くんと向かい合って席についた。


「いただきます」


いそいそとフォークを握って、一口目を口に運ぶ。


「「んまい!」」


見事にはもった声にびっくりして静雄くんを見ると、彼はそのままケーキを口に運んでいる。
ううむ。体が大きいだけあって、ケーキが小さく見える。
というか、なんだか不思議だ。


「・・・・」


携帯を取り出して、私はカメラを起動した。
数秒後、起動したカメラでぱしゃりと撮ると、フォークを口にくわえたまま静雄くんが眉を寄せてこちらを見た。


「ん?」
「いや、つい・・。」


「保存」をばっちり押して、保存した。



















あの後、夕食の材料を買って私は上機嫌のまま帰路についた。
ケーキを2個も食べてしまったので、今日はヘルシーに白菜と豚バラの蒸し焼きだ。

マンションの扉の前。自宅の鍵を取り出して、まわすと、拍子抜け。
というか・・・


「・・・開いてる・・・?」


母か父がいるとは考えにくい。
帰ってくる時は電話がかかってきて鬱陶しいくらいにどれだけ帰るのを楽しみにしているか、そして意気込みを語られるのだから。


「・・・・まぁ、とりあえず、携帯を、と。」


しっかり静雄くんの電話番号を表示して、いつでもかけれるようにスタンバイ。


「おかえり。遅かったね。」


電気のついている室内に足を踏み入れた瞬間、そんな声をかけられて、私はびくりと肩を揺らした。


「い、臨也くん・・・?」


恐る恐る声の方を・・・ソファの方を向くと、缶コーヒーを手に、にっこりと笑っている臨也くんと目が合った。


「鍵、かかってたよね?」
「うん。」


さっと臨也くんが出した一つの鍵。
うちの鍵なのだろう。


「この前ちょっと借りて合鍵作っておいたんだ。」
「・・・それって、犯罪だと思うよ。」
「愛の為だから仕方ないと思わない?」


新羅くんの予言が当たったな、とがっくりしながら私は思った。


「俺もさぁ、暫くは大人しくしてようと思ってたのに、ちゃん。シズちゃんとデートに行っちゃうんだもん。」
「デートって、そういうのじゃ無いと思うけど。」


ただ、帰るときに一緒になって、ケーキを食べに行っただけだ。
会話は喧嘩の話だったり、先生の話だったり、友達の話だったり。
甘い雰囲気はひとかけらも無かったはずだ。


「男女が二人っきりで出かけたらそれはデートだよ。」
「ううん・・じゃぁ百歩譲ってデートだとしても、」
「俺には関係ない?」
「臨也くんも静雄くんとデートすれば良いじゃない。」


ちょっと関係無いじゃんとは思ったけど、臨也くんが先に言っちゃったから、別の言葉を。
・・・・と思ったんだけど、臨也くん、固まっちゃったよ。


「はぁ!?」
「あれ、静雄くんを私が取っちゃったから怒ってるんでしょう?」


絶対違うのは分かっているけど、ちょっといやな雰囲気になりそうだから、はぐらかすのが吉とみた。


「・・・どうしたらそういう考えに行くのかな。」
「いやぁ、いっつも仲良いからそうなのかなーと。」


そう言うと、べったりと笑顔を貼付けた顔で見られて、は苦笑した。


「じゃぁ、ちょっとそこで寛いでてよ。」


私は既にテレビがついているのを確認して、買い物袋を持ったままキッチンへと向かった。
目の端には臨也くんの驚いた顔が映る。


「え?」


ダイニングキッチンになっているのだが、買い物袋の中から必要なものを出していると、後ろからそんな声が聞こえて、次いで、こちらへ向かってくる足音が聞こえて来た。


「それだけ?」
「それだけって?」


手早くエプロンをつけながら問う。


「一応、俺不法侵入したんだけど。」
「あー・・・何か、臨也くんと静雄くんについては、こういう信じられないことが起こっても受け入れることにしたんだよね。」


まな板と包丁を取り出して、白菜を洗い始めるものの、臨也くんはまだソファに戻る気はないようだ。


「・・・・ほら。今もさ、臨也くんが部屋に入っちゃった後だからどうしようも無いもの。私じゃ臨也くんを追い出すことなんて出来ないんだから、やろうと思ってたことをやった方が効率的だと思うんだけど、どうでしょうか臨也くん。」
「・・・」


そう、包丁を持ちながら言うと、臨也くんはぽかんとしたあと、ゆるゆると笑いに口元が引きつり、とうとう我慢出来ないというように大声を上げて笑い始めた。


「え、ちょっと、臨也くん、大丈夫?」


と声をかけるものの、彼が笑いを止めることは無い。
どうするべきだろうか。
まな板の上では白菜が今か今かと切られるのを待っているというのに。


「だって、まさか、包丁を持ちながらそんなことを言われるなんて・・・!」


くっくっく、と抑えている笑い声が低く響く。


「・・・」


私はそう言われて、自分の持っている包丁を見た後、静かにため息をついた。ケーキを食べたとは言え、私はお腹がすいているのだ。


「・・・ほら、ここにいられると気が散るから、ソファに行ってテレビでも見てて。」


そう言って追い払うと、臨也くんは未だに少し笑いながらすごすごとソファへと向かった。










不法侵入