いつものように鼻歌を歌いながら食後の洗い物を終えた直後のことだ。
かさ、と。目の端に茶色い物体。
タオルで手を拭いていた私は、その動く物体を目で捕らえた。
「・・・!!!!!!!!」
その瞬間、私は声に鳴らない声をあげて、動きを止めた。
それでもなお、動き続ける物体G。
「い、いやぁぁぁぁぁあぁあああ!!!!!!!!!!!!」
そして次の瞬間、盛大な悲鳴をあげながら、とりあえずリビングを走り出た。
Trip! Trip! Trip! #4
信じられない。何。何なの、あの物体。
まさか、まさかまさかうちに
「G(ごき)が出るなんて!!!!!」
とりあえずリビングを出て扉を閉めた私は、荒い息のまま、エプロンのポケットに手を突っ込んだ。
固い長方形の物体・・・携帯がポケットに存在することを確認して少し落ち着く。
震える手で携帯を取り出して、深呼吸をした。
無理だ。アレを処理するのは無理だ。
私一人では立ち向かえない。
「ここは助けを呼ぶしか・・・・」
と、頼りになりそうな人を探す。
ドタチンは・・・なんと。番号が入っていない。却下。
新羅は・・・だめだめ。愛しの彼女に誤解されたら(新羅に)呪われそうだし。
となると、彼しかいない。
しかも、強そうだ。いや、でも強すぎかもしれない。
だがしかし、いまヤツに立ち向かえるのは彼しかいない。
「静雄くん!助けて!!」
電話をかけるなり私は叫んだ。
『ど、どうしたんだ。いきなり。』
そりゃそうだろう。
誰だって急にそんなことを言われればそうなるだろう。
「ヤツが・・・ヤツが出たの!」
『・・・今どこだ。』
この、私の切迫した様子を悟ってくれたのか、静雄くんの声が固くなる。
「家・・・あぁ、どうしよう。いっぱいいたら。」
『いっぱいいる?』
「もし、もし大量発生してたら・・・・私、私・・・」
『あぁ、もう。よく分かんねぇけど、もう着くぞ。』
と電話が切れて、玄関の扉が開いた。
(さすが静雄くん!到着が早い!)
私は期待に満ちた目でドアを見た。
「大丈夫か!」
あぁ、ドアが壊れた(静雄くんがドアを開けた瞬間、蝶番が取れ、そのまま彼はマンションの廊下にドアを投げ捨ててしまった)。・・・けど良いや。
どうだGめ。静雄くんが現れたからには鬼に金棒。すぐにぺっしゃんこにしてもらうんだからな!
「静雄くん!」
ありがとう!君は恩人だ!!
と心で叫びながら、静雄に向かって両手を広げて抱きついた。
静雄くんはぽんぽんと頭をなでると、そのまま私を降ろして、丸めた新聞紙で我が物顔でリビングを闊歩していたGをやっつけてしまった。
その代わりと言っては何だが、反動で床が陥没してしまった。
新聞紙で叩いたはずなのになんで?
「それでもありがとう!ありがとう!静雄くん!!」
私は感極まってジャンプして静雄くんに抱きついた。
「っていう夢を見たの。ありがとう、静雄くん。」
私は朝、席に着くなり、静雄くんのところまで行ってことの顛末(とは言っても夢だけど)を説明した。
静雄くんの前の席は新羅くんで、いつのまにか後ろを向いていた新羅くんが微妙な笑顔でこちらを見ている。
「よくわかんねぇけど、おう。」
「本当にアレが出たときもよろしくね。あぁ、でもドアと床は壊さないでね。」
「いくら静雄でも、新聞紙で殴ったぐらいで床が陥没することは無いと思うよ。ドアは分からないけどね。」
「そうだよ。シズちゃんに頼んだら、ものをすぐ壊すんだから、俺にしときなよ。すぐバルサンとゴキジェット買って飛んでくよ。」
にょきっと私の横かつ静雄くんの横に頭が生えて来たと思ったらぺらぺらと笑顔のまま喋り始めたものだから、一同は沈黙した。
が、すぐに静雄くんが息を吸い込む音がしたので、私は耳を押さえた。
「イーザーヤァー!!!!」
全く、困った人(達)だ。
「こっち来るなって言ったよなぁ!?」
「仕方ないじゃん。ちゃんがいるんだからさぁ。」
「え、私のせい?」
ちょっとショックを受けてみる。
だって、私がここにいるせいで、ちょくちょくクラスメートがこの被害に遭っているのかと思うと、居たたまれない。
「どんまい」
憐憫の目で私を見ながら新羅くんがぽつりと言った言葉が胸にしみる。
「何でショックなの?」
さっきまでじゃれ合っていた(喧嘩していた)片割れの臨也くんの声がすぐ背後からして、びくりと肩が揺れる。
「ねぇ、俺が来るの、迷惑?」
あぁ、静雄くんがこっちに目を合わせて、やってくる。
あ、机掴んだ。あれ絶対振り回す気だ。
「いや、迷惑とまでは言わないけど・・・」
やばい。
ここにいたら確実に巻き込まれて天に召される気がする。
けど、いつもと違って、臨也くんが真剣な顔で問いかけてくるので、そのまま答えてしまった。
「人様の迷惑になる要因になるのは御免被りたいかな。」
臨也くんは言葉を頭の中で反芻させているのか、目をぱちぱちとさせた。
それにちょっと笑ってしまいそうになった時に、横に体が引っ張られる。
「危機一髪、だね。」
髪が揺れて、眼前を通り過ぎる机。
それは臨也くんに激突した。
「あ、ありがとう、新羅くん。流石にアレ当たってたら死んでたかも・・・。」
「静雄は切れると回りが見えないからね。気をつけなきゃ。自分の身を守る為に。」
何で学校にいるのに自分の身を守ることに注力しなければいけないのだろうか。
本当に何かが間違っている。
「・・・今まで平和だったんだなぁ・・・」
前の世界の学校も、今の世界の中学までも、いままで学生と言ったら物理的な安全やら社会的な安全も保証されていてのんびりと(とは言っても悩み事は絶えなかった気がするが)安心して過ごしてられたのに、ここではどうだろうか。
というか、学校側はこれで良いのか。
PTAとかから文句は来ないのだろうか。
そう思いながら、二人がじゃれているのを眺める。
あの一件(告白されたと思ったら臨也くんが現れた件だ)以来、私の教室にはちょくちょく臨也くんがくる。
その度に喧嘩が勃発するものだから、ちょっと参ってしまう。
「あの二人、静かに出来ないのかなぁ」
本当に素朴な疑問だ。
「それは無理だね。二人ともであったら条件反射で喧嘩しちゃうみたいだし。」
「どんな条件反射よ・・・。」
ふと、教室の扉を見ると、窓越しに入るか入るまいか迷っている先生。
そういえば、そろそろ授業が始まる。
そう思っていると、チャイムが鳴った。
教室には、ほぼ生徒は残っていない(避難したようだ)。
「・・・新羅くん、あれ、止めれそう?」
「無理だね。」
はっきりと言われた言葉に私はため息をついて、帰り支度を始めた。
これで良いのか学校生活