入学式は、それはもう普通だった。
退屈な形式的な式で、退屈な偉い先生の話を聞いて、退屈で死にそうだった。


(あぁ、ねむ・・・)


と、立ったまま話を聞くこと10分で、眠りの世界に行きかけた私はよろりと体制を崩し、後ろに後ずさってしまった。


「あ、ごめんなさい」


慌てて少し後ろをみて、小声で謝ると、えらくでかい金髪の青年が「気にすんな」と返してくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。
金髪だから、ちょっと素行が悪くて、因縁つけられるかもしれない、と思ったが、人は見かけによらない。

その後、ようやく式は終わり、退場。そして割り当てられた教室へと向かう途中、金髪の彼と何とはなしに言葉を交わした。


「さっきはごめんね。」
「気にすんなって。俺は気にしてねぇ。」


ぶっきらぼうな言い方だが、優しい青年のようだ。


「それにしてもさっきの話長かったね。肩凝ったー。」


と、ぐるりと肩をまわすと、斜め上から少し笑う声がした。
うん、彼はなかなか良いクラスメートになれそうだ。


良い高校生活が送れそうだ・・・・と、思っていたのに、それはすぐに、ぶちこわされる。
彼の登場によって。














Trip! Trip! Trip! #2














同じクラスで隣の席になった静雄くんは、見かけによらず優しいのだが、だいぶ沸点が低いらしく、すぐ切れてしまう。
これがアレか。切れやすい若者というやつか。

と、ちょっと思ったものの、こちらが怒らせなければ人畜無害。
そして、彼の性格は分かりやすくて、怒らせない接し方もすぐ分かった。
まぁ、普通に接していれば良いということだ。


しかしながら入学して一週間後のお昼、それは起こった。
静雄くんと仲の良い新羅くんと3人でお昼はいつも取っていたのだが(この新羅くんがまたまた普通っぽいのにくせ者なのだが、その話はまたそのうち)、そこに彼は颯爽と登場した。


「へぇ、シズちゃんとお昼を一緒に食べる奇特な女の子がいるなんて・・・・」


屋上に現れた彼の言葉が聞こえた瞬間、静雄くんが箸を折る音が響いて、私は驚いて背後・・・静雄君を切れさせた人物をみた。


「・・・ん?」


数日前一緒に帰っている途中、静雄くんを切れさせて吹っ飛ばされた人を見たことがある。
そして、現場に居合わせなかったもののつい最近、教室にいたら爆音が響いて、校舎の一部を破壊したのも知っている(余談だが、随分と気に食わない奴が現れたと忌々しげに呟く彼も傷を負っていたのだから、相手は筋肉隆々の猛者に違いない)。
そんな切れたら恐ろしい彼をあからさまに挑発している行為にちょっと驚いてしまった。
しかも、その挑発している彼は細身でとても静雄くんに勝てそうには見えない。
パンチ一発でやられてしまうんじゃないか、という感じだ。


「・・・あれ、君どこかで・・・」


何とはなしに見ていると、その彼はなぜか私を見た。
なになに、会ったことあったっけ?と私も考えてみるが、思考は途中で中断されてしまった。 静雄くんが、柵を引っこ抜いて彼に投げつけたのだ。


「・・・ちゃん。避難しよっか。」
「そうだね。静雄くーん、教室に戻ってるからねー。」


聞こえているか甚だ怪しいが、とりあえず静雄くんに声をかけると、なぜか静雄くんと争っている彼がこっちを向いた。
が、それは無視して新羅くんと屋上を後にした。







放課後になってようやく戻ってきた静雄くんは傷だらけで、珍しい、と思わず呟いてしまった。


「ほら、消毒するから座って。」


新羅くんがそう声をかけて椅子に腰掛けた静雄くんに対して、手際よく手当していく新羅くん。


「前回といい、今回といい、君たちが喧嘩をすると、ただじゃ済まないね。」
「前回って・・・」
「ほら、この前静雄が怪我して来たときがあったでしょ?その時と同じ相手なんだよ。」
「へぇー、あんな細いのに、静雄くんとやり合うなんてすごいね。」


純粋に関心して言うと、静雄くんは目の前の机をたたき割った。


「・・・ノミ虫の話はすんじゃねぇ・・・」
「あ、ごめん。」


こっわぁ、と内心呟きながらそろりと新羅くんを見ると新羅くんは苦笑しながら最後の絆創膏を貼った。


「まぁ、あいつは反吐みたいな奴だからね。」
「反吐って・・・」


静雄くんのノミ虫といい、新羅くんの反吐といい、随分な嫌われようだな、ノミ虫くん。


「そんなことより、なんか呼ばれてなかったっけ。さっき。」
「あ。」


忘れてた!と私は立ち上がった。


「大変だね。」
「あはは・・・」


苦笑で返して私は教室を出た。
向かう先は校舎裏。呼び出しとしては典型的な場所だ。




















「やっぱり」


いてて、と切れた口はしに絆創膏を貼りながらパソコンの画面を眺める。
そこに表示されているのはちゃんのプロフィール。
最後に会ったのは9年ほど前のはずだ。


「懐かしいなぁ・・・」


卒業してから探そうと思っていたのに、その前に現れるなんて、運命の赤い糸みたいだ。
そう思いながら窓の外を眺めると、のちゃん歩いている姿。
思わずがたりと椅子を鳴らして立ち上がって目で追う。


「ふぅん?」


向かう先には一人の男子生徒。


「まさかちゃんから告白って訳じゃないよね。」


見に行かなきゃ。と使われていない教室を飛び出した。
非常階段に出ると、少し遠くに二人が話している姿が見える。


「無理だよ、彼女は。」


なにか話している男子生徒に、困った顔でそれを聞いている彼女の姿。
俺はぽつりと小さく呟いて、階段を足音をたてずに急いで降りる。


「君みたいなのと付き合う訳ないじゃん。」


よっと。と最後の数段を一気に飛び降りて、俺は少し大きい声で言った。
俺に気づいていなかった二人は驚いて俺の方に振り返った。


「折原・・・!」


男の方は俺のことを知っているのか、俺の名字を口にしたが、彼女が口にしたのは忌まわしくも、この世から唯一消えてなくなれば良いと思う奴が俺のことを指すときに口にする名詞。


「あ、ノミ虫くん」


思わず笑顔の口の端が引きつった。
それを見て、彼女ははっと口に手をやって、申し訳なさそうな顔をしたが、正直ショックだ。
それもこれもシズちゃんのせいだ。明日絶対殺そう。


「お前には関係ないだろ。」


男の声で我に返った。
そうだった。シズちゃんのことなんか考えてる場合じゃない。


「・・・悪いんだけど諦めて貰えないかな。彼女、俺が狙ってるんだよね。」
「え?」
「は?」


彼女の声と男の声が同時にあがる。


「ていうか、もう将来の約束までしちゃってるんだよね。」


一方的にだけど、と心の中で付け加える。
ぽかんとしている彼女の様子を見る限り、俺のこと分かってないんだろう。


さんはお前のこと知らないっぽいけど。」


確かに。ちゃんはそんな名前の知り合いいたっけ?と分かりやすい顔で俺の顔を見ている。
目の前の男はすごく邪魔だけど、排除する前に、俺のこと思い出してもらわないと。


「・・・臨也だよ。ちゃん。おりはらいざや」


そう言うと、ちゃんは「ん?」と右斜め上の空を見て、そして俺に視線を戻して。


「あ。」


と、ぽんと手を叩きながら呟いた。












出会い