今日も憂鬱だ。
何故幼稚園はこうも毎日毎日あるのだろうか。
「今日も世界で一番可愛いわよ。うん。そのリボン決まってるわ!」
そりゃどーも、とは言えず。
「ありがとう!」
にこっと笑って、頭のリボンを少し手で触って嬉しさを最大限に表現してみる。
すると、衝撃とともに母親の香水のにおい。
ぎゅうぎゅうと押しつぶされかねない力で抱きしめられて、「きゃー可愛いー!!!」と叫ばれるのだから、たまらない。
が、しかし。私は成長した。
まず、彼女の突進による転倒を回避できるようになったのだ。
「じゃぁ、また夕方お迎えに来るからね。」
「いってきます。」
今日も日次の作業を終えて、私は幼稚園の門をくぐった。
Trip! Trip! Trip!1 その2
どうやら、幼稚園の問題児(私が勝手に思っているだけだが)の臨也くんは彼の高尚な趣味とやらを理解してくれる私を気に入ってくれたようで、それからというものちょくちょく遊びに誘ってくる。
たまに本を読んでいると、本を持って横に座って一緒に読書をするほど懐かれてしまった。
そんなある日のことだ。
「今日はお友達と一緒にお絵描きしましょうね。」
何のお絵描きかと思いきや、どうやら二人一組になって、お互いの顔を書くということ。
めんどくさー、と思いながらあくびをしたところに、彼がやってきた。
「ちゃん!ぼくといっしょにしよ。」
「あー、うん。良いよ。」
まぁ、どうせ眺めるなら、可愛らしい顔の方が良い。
おまけにすでに隣に居座っているし、まぁ良いだろう。
「ちゃんは、ほかの子より、おとなっぽい顔してるよね。」
既にお絵描きの時間は始まっていて、私たちは向かい合ってお互いの顔を画用紙にクレヨンで書いている。
子供っぽい絵というのはなかなか難しいもので、タッチや絵の構成等等、とても気を使わなければならない。
そんな少し必死になっている私に向かって投げかけられた言葉にちょっと驚いてしまった。
「え、そうかな。」
「そうだよ!ちゃんの周りはしずかだし。」
「まぁ、あまり周りに人がいないしね。」
最初から園児を寄せ付けなかったせいか、今や私の周りには他の園児は余り寄ってこない。
何かしでかした時に相談に来るくらいだ(この世の終わりみたいな顔をして駆け寄って来られたときは何事かと思ったが、些細なこと過ぎて思わず笑ってしまったのも記憶に新しい)。
「そういう意味じゃないよ。なんていうんだっけ・・・とにかく、しずかなんだよ。」
「ふーん・・・褒め言葉?」
「うん。」
といいながら、臨也くんは一生懸命絵を描いている。
静か、ねぇ・・・。
「できた!」
はい、とこちらに笑顔と共に見せられたのは、うん、個人を判別出来ない、とりあえず性別だけ分かる絵だ。
芸術的すぎる。と私は書きかけの画用紙を破って丸めた。
「すぐ描くから。」
そういって、ささっと描いて、机に置いたところで、臨也くんが先ほど私が丸めた画用紙を広げて眺めているのに気づいた。
「何でやぶっちゃったの?すっごくうまいよ。」
「うーん・・いろいろと退っ引きならない理由があってだね・・・」
返して、というと、臨也くんは少し考えると、画用紙を小さく小さく折り畳んでポケットに入れてしまった。
「先生には見せないから。」
「・・・・ほんと?」
「ほんとだよ!」
こくこくと頷くので、仕方なしに私は頷いた。
「あ、そういえば、僕、今度妹ができるんだって。」
「へぇー、良かったね。」
というと、臨也くんはすっごく微妙な表情をした。
「あぁ・・・そっか。お母さんとか妹さんに付きっきりになっちゃうし、ちょっと寂しいかもしれないね。」
「そうなのかな。でも、ちゃんがいっしょに遊んでくれるならうれしいな。」
その言葉に私はぴたりと動きを止めた。
臨也くんは、他の子達に比べれば物凄くませている。
割といつもちゃんと会話が成立しているのだが、今日はどうしたのだろう。良く分からない。
「意味分からないよね。何で臨也くんに妹さんが出来たら私が遊ぶのかな。」
「だって、僕がさびしいんじゃないかって心配してくれてるんでしょ?」
まぁ、確かにちょっとだけ心配はしたけれども・・・と次に何と言ってあげようか少し迷っていたところに、後ろの二人組が喧嘩を始めたのか、どん、と暴れる一人に押されてしまった。
「全く、元気だなぁ・・・」
おっとっと、と机に激突しそうだった体を止めて、私は振り返った。
保母さんはどこだ。さっさと収集をつけてくれ、と思ったものの、なんと、彼女はこの重要な時にいない。
「ったく・・・」
はぁ、とため息をついて、画用紙を丸めて。
「ほら、二人とも落ち着いて。」
ぽすん、ぽすんと二人の頭を叩いた。
二人は突然の頭への衝撃にびっくりしたのか、一様に頭を抑えながらこちらを見た。
「他の子に迷惑でしょ。絵は終わったの?」
「だぁって、こいつがー!!れいこ悪くないもん!」
「ちがうもん!れいこが悪いんだもん!!」
・・・今気づいた。
この喧嘩している二人、ゆうき君とやらを取り合っている二人ではないか。
ってことは・・・と、私がきょろきょろとしていると、それを察したのか臨也くんがゆうき君をつれてきてくれたので、私は喜々として彼を二人の方へ突き飛ばした。
「「あ!ゆうきくぅん!!!」」
見事にハモった二人はゆうきくんに突進して、一件落着だ。
「あらあら、3人は本当に仲良しねぇ」
丸く収まった瞬間に登場した保母さん。
なんてタイミングだ。
「ほら、座ろ?」
臨也くんにそう声をかけられて座ると、保母さんが今度はこちらを生暖かい目で見ていることに気づく。
「ちゃんと臨也くんも仲良しねぇ」
「うん、仲良しだよ」
とりあえず笑うしか出来なくい私の横で臨也くんが返事してくれたので、助かった。
正直、保母さんと接するのは苦手だ。
両親は私が随分と落ち着いていることに違和感を感じていないようだが、ここでは違う。
周りの奴らが恐竜のように騒ぎまくるのだから、両親に接している時みたいな対応では浮いてしまう。
臨也くんとのやりとりのように振る舞うなんて論外だ。論外。
「はぁい、じゃぁみんな描いた絵はお友達にあげましょうねぇ。」
ぱんぱんと手を叩いて言うので、私は先ほど描いた絵を出した。
「はい、あげる。」
「ありがとう。」
渡す前に臨也くんに渡されたので、礼をいいながら先ほどささっと描いたものを渡した。
「ありがとう!」
にこっと笑って言うので、少し照れくさい。
ちょっと変わってる彼だが、やはり外見は良い。
「あ、宅配のお兄さん。」
突然、窓の外に視線を移したかと思うと、そう呟いた臨也くん。
つられて見ると、お兄さんが立っていて、勢い良く出て行った保母さんが視界に入る。
「女って何歳でもいっしょだね。」
「・・・私も女なんですけど。」
きゃっきゃと嬉しそうに話している保母さんを見ていると、確かに、と頷きたくなるが、一応私も性別は女だ。
「ちゃんは別だよ。」
「え、それは女という性別の枠を外れちゃってるってこと・・・?」
「ちがうよ!」
うっそーん、と思いながら言うと、臨也くんが必死に否定してくれた。
「ちゃんはどんな子よりもかわいいと思うし、やさしいし・・・」
と少し必死になりすぎている彼に、申し訳なくなって、私は苦笑しながらぽんぽんと臨也くんの肩を叩いた。
「良いよ。ありがとう。」
ほっとしたような臨也くんの表情に、笑いがこみ上げてきて、こっそりと笑っておいた。
こんな塩梅で、退屈で死にそうだと思われた幼稚園児代は絶妙なスパイス(臨也くんだ)のおかげでそこそこ楽しく過ごすことが出来た。
しかしながら、幼稚園時代というのもあっという間に過ぎる。
最後の日に臨也君に告白のようなものをされたような気がするが、そこは華麗にスルーして、私は立ち去った。
幼稚園児のうちからお付き合いだなんて、早すぎる。
男は大学生からで十分だ。
そして、小学時代、中学時代は長かったが、そこそこ楽しみながら低空飛行で切り抜けてきた。
地味すぎず、目立た過ぎず。
とりあえず、あれだけ本を読んでいるのに勉強ができないのは不自然なので、5位以内には入るようにしているが、それくらいだ。
周りからはちょっと勉強ができる普通の子とぐらいしか思われていないだろう。
「あーぁ、何か面白いこと、無いかな」
しっかしまだ朝はちょっと寒いなぁ。と私は高校の制服に初めて袖を通した。
バッグを手に持って、下に降りると、母親がご飯を用意していて、「おはよう」と声をかける。
「あ、おはよう!それが高校の制服ね?よく似合ってるわぁ!あ、携帯携帯・・・」
そう言って母親は携帯を取り出すとぱしゃりと私の制服姿を撮った。
「パパに送信しなきゃ!」
「そんなことしなくても、明日NYでしょ?会えるじゃん。」
全くいつまでたってもラブラブなんだから、と呆れたように言って、私はパンをかじった。
「明日っていうか、今日の午後の飛行機で向こうに帰るの。ちょっと急用ができちゃって。ごめんねぇー!!」
そう言って頬ずりをされるので、若干というか、かなり邪魔だ。
「でも、3ヶ月後にはパパと一緒に帰ってくるから。あ、お土産もいーっぱい買ってくるからね。」
「適度な量にしてね。」
「えー、等身大のクマさんはだめ?」
年甲斐もなく、かわいらしい女性が私の母親。
私の母親と父親は大変仲が良い。それはもう、私が生まれた時から今まで。
ここまでラブラブならかえって清々しい。
そして父親は外資系の企業に勤めていて、ほぼ海外にいる。というかほぼNYにいる。
母親も同じ会社で、父親にくっついていってしまって、ほぼ私は一人暮らしをしている。
「じゃぁまた今度ね。」
歯を磨いて、身だしなみを整えて家を出る。
やっぱり天気は良くて、少し眩しい。
少しずつ、前の年に近づいて行くのは何とも言えない気持ちで、ちょっとうれしい気もする。
「良い縁があると良いな。」
そう。
この時の私は、まぁ、期待はしすぎず、だが、そろそろ話が分かる友人が出来るのではないかと思っていた。
確かに、私は高校でなかなか気の合う友人に出会うことになるのだが、その反対に、信じられない非常識な非日常に足を踏み入れることになったのだ。
幼稚園 その2