ぱちっと目を覚ましたら随分と周りのものが大きくなっていて、びっくりした。
しかも、周りのものに全く見覚えは無い。例えば視界に入るおしゃぶり・・・っておしゃぶりぃ!?
と、ぎょっとして私は自分が手に握っているおしゃぶりに焦点を合わせた。
「あら、ちゃんどうしたのー?びっくりした顔して!」
って・・・確かにそりゃ私の名前だけど、一体何がどーなってんの!!
目が覚めたら虫・・・じゃなくて、赤ちゃんってカフカの変身かっつーの!!
あー・・・でも虫よりはマシか。
「あ、ミルク?ミルクなのね、ちゃん。」
と言われて哺乳瓶を銜えさせられて飲むけど(ちょっとお腹空いてたし)まっず!まっずいんですけど!!
思わずげふっと咽せてしまった。
いやぁねぇ、こういうのって何て言うの?
頭脳は大人、体は子供ってやつ?あ、逆?逆だったっけ?
訂正。体は子供、頭脳は大人ってやつね。
「はぁい、ちゃん。ご飯ですよー」
・・・・・何でこんなことになってんだか・・・と離乳食を食べさせられながら考えてみる。
うげー、離乳食って味無かったのね。あ、今おえってなった。
「ちゃん大丈夫?げっぷする?」
はい、げっぷ、と背中をとんとん叩かれながらげふってやって、もう、何だか切ない。
まぁ、話は戻して、こうなった経緯は、この女性の雰囲気から考えても、謎の黒い組織のおっさんにやばそうな薬を飲まされたから・・ってことは無さそうなんだけど、経緯が分からないのもそれはそれで恐い。
そして、この不便さはひどい。
起き上がろうにも一人では起き上がれない、喋ろうにも喋れない。
おまけにすぐに眠くなる。
やばい。一日の大半を無駄にしている気がする。
そうは思っても、何もすることが無ければ自然と眠気に身を任せるしかない訳で。
昔、赤ん坊の頃の記憶は一切無いが、世の中の赤ちゃんはよくこんな不便な世界でうまく生きて行けるものだ。
尊敬してしまう。
おかげさまで私は首が据わってはいはいできるようになるまで、ものすごく暇で暇で仕方が無い日々を送ることになった。
Trip! Trip! Trip! #1 その1
そして、数年。
ようやく自由に歩き回れるようになった時に知ったのは、随分とこの世界が前いた世界とほぼ同じだということだった。
(まぁ、世界が違うとは言い切れないけど)
「あ、ほら、ちゃん。ちょうちょだよー」
母親と父親との散歩中、そう言われるので「あ、ちょうちょだー!」とはしゃがなければならない。
全く、子供も疲れる。
なにかある毎に反応をして見せなければいけないのだから。
しかもはしゃぎながらだ。
ここで「あぁ、ちょうちょね。可愛いね。」なんて言おうものなら、この両親は相当落胆するに違いないし、我ながら可愛くない子供だ。
どうやら念願の娘みたいだし、夢をなるべく壊さないであげようではないか。
なんて考えながら、いつのまにかいちゃついている両親を尻目に私は外見に全く似合わないであろう、アンニュイなため息をついた。
(自分でその姿を確認できないから良いものの、きっと端から見たら滑稽なことこの上ないと思う)
子供(とくに今の私くらいの年頃のお子さん)は気楽に生きられて良いなーなんて前まで思っていたが、本当に申し訳ないと土下座をして全国のお子様に謝りたい気分でいっぱいだ。
みんな親の希望に満ちた目(可愛い反応してくれるよね!的な)で見られ、その期待になるべく応えようと必死に反応をしていたのだろう。
うん。とてつもなく重労働だ。
疲れると言えば、幼稚園も相当疲れる。
幼児期の発達と成長のためを思って入れてくれているのか知らないが、ぎゃーすか騒ぎまくったり、いまいち意思疎通が取れなくて何を考えてるか分からない、まるで宇宙人の群れの中に突然放り込まれた私としては結構な精神的苦痛ばかりで、発達と成長に良い気が全くしない。
最初、私は幼稚園に入れられて呆然と突っ立っていることしかできなかった。
きゃっきゃっと騒ぐ子供たちの中でどう振る舞えば良いかわからなかったのだ。
好奇心旺盛な彼、彼女らは、やはりちょっと具合の違う私のことが珍しいのか、ちょこちょこ寄ってくる。が、私には相手にする気が全くない(大人げないとか言わないで!)。
仕方がないから、遊びに誘われたらとりあえず笑って、「ごめん、お腹痛いから、お部屋でご本読んでるね」と断っている。
すると相手は興味をなくして外へ走って行ってくれるのだが、一人だけ、癖のある子がいる。
「ねぇ、ちゃん。一緒に遊ばないの?」
こいつだ。
私は少し警戒しながらも、いつも通り笑って「ごめんね。まだご本読んでたくて。」というと、彼は「ふぅん」と言って私の持っている本の表紙を眺めた。
頼むから、これを取るなんてことはしないでくれよ、と願う。
何故なら、本の表紙こそ「オズのまほうつかい」と書かれてあるが、中身はソフィーの世界(哲学書)なのだ。
母親の部屋にあったものを取ってきた訳だが、これが保母さんに知られると非常にまずい。
「ちゃんって、あんまり遊びに行かないよね。」
「あー、そうかな?」
「そうだよ。ね。僕とあそぼ。」
そう言って彼は私の手を引っ張るので、仕方なく本を鞄の中に入れて立ち上がった。
あぁ・・・本当なら社会人2年目(24歳)で適度に入ってきた後輩をからかいながらも、給料も上がって旅行行ったり、良い彼を見つけたりして、楽しい社会人人生を送っていたはずなのに!!
あれ・・・?いや、こっちに来たときが24だから、今私は・・・!!!!
とまで考えて、私は気づいた。
とっても美味しい時期を逃していることに。
このまま無事帰れたとしても、私の人生計画は台無しだ。
「ちゃん、どうかした?」
「あ、ううん。何でもないよ。で、何して遊ぶの?」
私は相当暗い顔をしていたに違いない。
臨也くんが心配そうな顔で覗き込んできたので、慌てて首を横に振った。
「かんさつだよ。」
「か、観察?」
そうだ。彼・・・臨也くんが苦手な原因はこういうちょっとというか、だいぶ変わっていて、どう接して良いかわからないからだ。
ほかの子達も大体どう接して良いか分からないが、大体、言いくるめてどうにかこうにか出来るが、彼はちょっと違う。
「ほら、あの子。ハナちゃんはゆうき君のことが好きなんだけど、れいこちゃんも好きで、あの二人はライバルなんだ。」
「ふ、ふーん・・・」
確かに、ゆうき君とハナちゃんれいこちゃんが3人で何か話している。
二人でジャングルジムの上まで上って眺める。
「女ってこわいよね。今だって、ほら。ゆうき君が向こう向いていると水面下でつねり合いだよ。あの顔。すごいよね。この前はつかみ合いしてたし。」
「うわー、確かに火花散ってるね。」
「ほんと、おもしろいよね。ほかにも、こっちは・・・・」
と、何故そんなことまで知っている(保母さんは定期的に来る配達のお兄さんに恋心を抱いてるとか、園長先生は浮気されていて、保育士のお兄さんにちょっかいを出してストレス発散中とか)ということまで臨也くんから聞いているうちに、幼稚園が終わる時間に。
「あ、もうこんな時間だ。」
腕時計を見ながら言うと、臨也君は「もうそんな時間?」と詰まらなさそうに呟いて、立ち上がった。
「あ、臨也くん。」
「なに?」
「ありがとう。楽しかったよ。」
そう言うと、臨也君はうれしそうに笑った。
こうしてると可愛いんだけどなー。きっと息子だったらみんなに自慢できる。ていうか、めちゃくちゃかわいがると思う。
「ちゃんならこの高尚なしゅみを分かってくれると思ったんだ。」
「こ、高尚って・・・難しい言葉知ってるね。」
と、思ったが、天は二物を与えない訳で、愛らしいお顔とは裏腹に既に真っ黒な中身。
残念だ。残念すぎる。
本当にこの子、幼稚園児?
と思うが、やっぱり笑ったところとか、ほら早く戻ろうと言ってるところとかは幼稚園児相当。
ううん、中身さえコレじゃなけりゃ息子にしたい!
「じゃぁ、また明日ね。ちゃん。」
「そうだね。」
にこっと笑って、手を振られるとやっぱり和むもので。
ひらひらと手を振って、バッグを抱えたところで、
「ちゃん!寂しかった!?」
と衝撃が走って、母親に突進されて、ずっこけた私は無様にもおでこを床にぶつけてしまった。
いたい。
幼稚園 その1