朝、学校に行くと、目の前の席である雅の机が凄いことになっていた。
”きもい” ”おかま” 等の暴言のオンパレード。
「また、古典的な・・・。」
ため息を付いて、荷物を置くと、は掃除用具の入れから雑巾を取り出した。
仮にも友人の机にああいうことをされると、気分が悪い。
「おっはよ!ちゃん!」
バケツに水を入れていると、その対象である雅が元気に声をかけてきて、はあいまいに笑って返した。
「何でそんなことしてるの?」
「あー、うん。まぁ、ちょっとね。ミヤはもう少ししてから教室入った方が良いよ。」
何か良い口実は無いかと思うが中々見当たらない。
「あ・・・そうだ。ちょっとお願い。私、朝ごはん食べ損ねてて、購買でパン買ってきてもらえると凄く嬉しいんだけど・・・。」
そう言うと、雅は嫌な顔一つせずに、頷くとぱたぱたと走っていった。
良い子、なんだけどなぁ、と思いながらバケツを持って教室へと向かう。
既にそこには何人か生徒が来ていて、ひそひそと雅の机を見て話している。
(下らない)
はため息を一つついて、雑巾に洗剤を垂らすと机を拭き始めた。
Trip! Trip! Trip! #15
チョークで書かれてあったそれは、大して苦労することも無く取れた。
しかし、せっかくが遠ざけてばれないように、としていたのに、一足早く雅が戻ってきたのは想定外だった。
流石肉体的には男。早い。
「おまたせ、ちゃん!って・・・あれ?」
「ミヤ・・・早かったね。」
は慌てて残りのものも落としてしまおうとするが、幾つかはうっすらとまだ文字が残っていて、雅は全てを察したようだった。
「・・・・気にすること無いと思うよ。」
流石にショックだろう。自分だってこんなことをされると、下らないとは思うものの、やはりショックを受ける。
「う・・・・ん。ちゃん、ありがとう・・・。」
そう言ってぎゅっと背中にしがみついてくる雅に、はちらりと教室を見回した。
(臨也君・・・)
彼は、嫌そうに眉を寄せて、舌打ちしている。
が、と目が合うとすぐににっこりと笑った。
(もしかして、これって)
の中に一つの疑念。
直接手は下しては居なくとも、けしかけたのは臨也ではないか、という。
は帰りがけ雅を家に送った後、自分の家へと急いだ。
臨也は恐らく家にいるだろう。
雅への嫌がらせは次の日も続いていた。
今後エスカレートするかどうかは分からないが、酷くなる前にやめさせる必要がある。
「おかえり、ちゃん。またあんなのと一緒に帰ったんだって?」
家に入ると、やはりそこには臨也が待ち構えていて、はため息を付いた。
「あ、お米は炊いておいたから。あとよろしくね。今日はしょうが焼きが食べたかったからその材料は買ってあるけど・・・」
「臨也くん。」
まだ続きを言いそうだったが、は少し怒りのこもった声でさえぎった。
「ミヤが最近嫌がらせを受けてるの。」
「うん。知ってるよ、同じクラスだからね。」
臨也は笑いながらコーヒーをカップに注いだ。
「首謀者に心当たりは?臨也くん、情報通でしょ?」
問われて、彼は困ったように笑った。
はい、と誤魔化すようにコーヒーを差し出す。
「知らないなぁ」
無言でコーヒーを受け取ったはソファに腰掛けた。
その隣に臨也も我が物顔で腰掛ける。
「ミヤは凄く良い友達だから、友人として方っておけない。」
の周りには女性の友人はセルティしかいない。
普通の女子高生、とは言い難いが、それでも放課後にウィンドウショッピングをしたり下らない話が出来る”女”の友人はにとって貴重なのだ。
「・・・・ミヤへの、嫌がらせを止められれば、臨也くんとの事、前向きに考えようと思ってるんだけど。」
ぴたり、と臨也が動きを止めた。
「・・・それ、本当?」
言葉への真剣さが先ほどとは違う。
「・・・女に二言は無い。」
どっちみち、臨也に対しては憎からぬ情を抱いている上に、彼が諦めるまでは離れることが叶わない身。
これくらいで、友人への嫌がらせが止まるのであれば、安いものだ。
そして、の思惑通り、翌日からぴたりとミヤへの嫌がらせは止むのだが、その次の日・土曜の朝朝起きたときに自分の背後にある暖かい何かに、は身体を硬直させた。
(何が、どうなった)
横にすうすうと寝息を立てているのは見紛う事なき、臨也の姿で、思わずは拳に力を篭めて彼の頭を殴ってやろうと思ったが、その時、左手の違和感に気が付いて手を自分の目の前に持ってくる。
左薬指のピンクゴールドのリングを見つけては唖然とした。
(昨日、来るのが遅かったのは、これか)
昨日・ミヤへの嫌がらせが止んだ日、いつもより臨也は来るのが遅かった。
色々と考えるよりも先に、は力を篭めなおすと、がつん、と彼の頭に落とした。
「いたっ!・・・あれ?」
その衝撃に目を覚ました臨也は、恐ろしい顔でこちらを見つめてくるに目を瞬かせた。
「おはよう、ちゃん。記念すべき付き合って1日目の朝。清々しいことこの上ないね。あ、俺としてはこのまま初夜ならぬ、初朝に持っていこうと思うんだけど、どうかな。」
しかし、すぐに笑顔になったかと思うとそんなことをノンブレスで言い切る臨也には顔を覆った。
「そんな御託は良いから、これ、何?」
左手の指輪を見せるように差し出すと、事もあろうか、臨也はその薬指に口付けを落とした。
「何って、2人が付き合ってるっていう証だよ。本当は結婚指輪にしようかと思ったんだけど、それはまだ早いかと思ってね。」
「あぁ、そう。じゃぁ別に指にはめて無くても良いね。」
そう言って外そうとすると、臨也は慌ててその手を掴んだ。
「だめだよ、外しちゃ。」
自分の手を掴む臨也の手を見ると、彼の左薬指にも色違いの同じ指輪が付いている。
彼のものはシルバーで、成るほど、ピンクゴールドよりもシルバーの方がよく似合うだろう。と冷静に思い立って、は頭を横に振った。
「・・・流されちゃ駄目だって。自分。」
「あ、ちなみに今日は付き合って始めての初デートの日だから。」
そう言って再びにっこりと笑う彼は相変わらず自分の道を突き進む人だった。
これが、俗に言う、年貢の納め時、というやつなのだろうか。
年貢の納め時
2013.5.7 執筆