東洋人の純血である彼女は、所謂昔なじみ、というヤツだ。
地下街で身売りから逃げ出してぼろぼろのアイツを拾い、この地下街からエルヴィンに引き上げられた時には共に訓練兵となり、そして、調査兵団に入団した。


「あ、リヴァイ!みてみて、お酒貰っちゃった。あとおつまみも。」


誇らしげに酒瓶といくつかのナッツが乗った皿を見せ、部屋に入り込んでくるのは日常茶飯事。
俺は掃除をしていた手を止め、勝手に入り込んでベッドに腰掛けようとするアイツの手から酒瓶と皿を取り上げると、テーブルに置いて、首根っこを掴んだ。


「何度も言わせるな。汚ぇ体で人のベッドに座るんじゃねぇよ。」


そのまま浴室に放り込むと、彼女は文句を言いながらもドアを開こうとはしない。
彼女が風呂に入っている間にさっさと掃除を済ませてしまおう、と最後の雑巾がけを済ませると、丁度ドアが開いた。
いつの間にか持ち込まれている彼女の服がある為、それに着替えているが、俺も最初からそれを許容していた訳ではない。見つけるたびにゴミ袋に放り込んで入り口に置いていると、いつの間にか元の場所に戻っているのだ。


「はー、さっぱりしたー!リヴァイもさっさと入ってきなよ。早く飲もう!」


幼い頃から寝食を共にしてきたからか、コイツは、こういう風に何の躊躇いも無く言いやがる。


「お前、他のヤツにそういうこと言うなよ。俺は助けてやらねぇからな。」
「え?大丈夫だって。私、強いし!」


胸を張って言うが、それに頷けるだけの技能があるから性質が悪い。俺は舌打をすると、浴室へと向かった。











Without Notice













リヴァイが兵士長となって数ヶ月が過ぎ、知らず知らずのうちに2人の関係は変わっていた。
リヴァイがそれを望まないことなどお構いなしに、だ。


「あ、へいちょー!これ、あげる!」


走る音が聞こえたと思ったら、の声が聞こえてきて、リヴァイは足を止めた。
笑顔で差し出されるのはこの前の報告書だ。


「あげる、じゃねぇだろ。ったく。」


悪態を付きながらも報告書を受け取って、じろり、とを見る。
相変わらず笑っているが、彼女はリヴァイのことをいつからか兵長と呼ぶようになった。
当初は「なんだ、その呼び方は」と咎めたが、効果などなく、今ではすっかり定着してしまった。


「じゃぁ何て言えば良いのよ。報告書です、お納めください、とか?」
「・・・忘れろ。」


ため息を付いてぐしゃりと頭を乱暴に撫でると、結ばれた髪が不恰好になる。
それに気付いたは髪を結びなおしながら、抗議の目を向ける。


「言いたいことがあるなら言え。」
「べーつにぃー」


結び終えたはふん、と顔を背けて歩き出した。その横をリヴァイも歩く。


「何で着いて来んの?」
「自惚れんな、俺もこっちに用がある。」


ふーん、と返したは早足になるが、何だか無性にそれがむかついてリヴァイも同じ速さで歩き、とうとう2人は走り始めた。
人類最強とそれに張る脚力を持つ。そしてお互いに相当の負けず嫌いと来れば、全速力で走る羽目になったのも想像するのは容易い。

若干息を切らせて研究室に飛び込んできた2人にハンジは目を丸くした。


「な、なに、どうしたの、2人とも!」


2人が少しとはいえ、息を切らせているのは珍しい。尋ねてみるものの、2人は一向にその質問に答える素振りは無いのにハンジは苦笑した。


「なんで兵長までここにいんのよー!」
「そりゃこっちの台詞だ!」


ハンジの目の前に来るまで言い合う2人は息をつくと、同時にハンジに話しかけた。


「さっさと報告書を寄越せ、クソメガネ。」
「ソニーとビーンの研究どう?」


勢い良く2人に話しかけられたハンジは、きょとんとした。























自室で苛々と報告書を確認していたリヴァイはペンを置くとがらん、とした部屋にため息をついた。
少し前まではどこかしこにが持ち込んだ私物があったのに、今はそれも無い。
知らないうちに距離をとり始めた
知らないうちにそれが気になって仕方が無くなった自分。
依存しているのはだけだと思っていたのに、蓋を開けてみれば自分の方が依存していた。


「・・・前までは追い出してもしつこく居座ってやがった癖に・・!」


あぁ、苛々する。そう言ってもぶつける相手はおらず、1人で酒でも飲もうか、と自室にあるワインを開けようとしたとき、ドアをノックする音にコルクを抜く手を止めた。
時刻は夜8時を回る頃。この時間だとよくエルヴィンが相談をしに来る時刻だ。
大方また彼だろう、と思ったが外から聞こえてきた声は別のものだった。


「へいちょー、入るよ?」


彼女がこの部屋を訪れるのはいつ振りだろうか。珍しく驚きを隠せずにいると、ドアが開いてが入ってきた。


「やっぱ居るじゃん。返事くらいしてよねー。」


そう言いながらも彼女は冊子を出してリヴァイが広げていた書類の上に置いた。


「来週の壁外調査なんだけど、やっぱ兵長は最前列から下がって。代わりに私とナナバで行くから。」
「あぁ?」


何の話をするかと思えば仕事の話で、リヴァイは顔を顰めた。


「やっぱさ、うちの象徴の兵長は一方後ろに居てほしい訳よ。何かあったら困るでしょ。」
「お前・・・何言ってんだ。」


じろり、と睨むとは肩を竦める。
リヴァイが兵士長になる前は、良く2人で先陣を買って出て進んだ。
今回もその筈だったのに。と、思えば次回の壁外調査は彼が兵士長になって初めての壁外調査であることに気付く。


「布陣を考える時、団長も兵長に下がるように言った。あの場では兵長は譲らなかったけど、やっぱ私は団長に賛成な訳よ。」


リヴァイはため息を付くと、驚くに構わず開けかけていたコルクを開けた。


「おい、グラス取って来い。」
「は?」
「命令だ。」


命令、と言われてしまっては仕方が無い。は渋々グラスを一つ取りに行った。
勝手は知っている。前と変わらない場所に置いてあったグラスを手にとって戻ると、リヴァイは既に出してあった1つのグラスにワインを注いでいた。


「ねぇ、まさか一緒に飲む気?ここで?」


尋ねるの手にあるグラスを奪い、それにもワインを注いでに手渡す。


「あぁ。飲むところを邪魔したんだ。付き合え。」
「・・・仕方ないなぁ」


グラスを合わせると、口に含む。
2人で飲むのは数ヶ月ぶり、つまり、リヴァイが兵士長になって以来だ。
一体どういうつもりなのだろう、と視線をリヴァイに向けると、視線が合う。


「お前、一体どういうつもりだ。」


正に自分がしようとしていた質問をされて、は眉を寄せた。


「それ、こっちの台詞だよ。」
「何言ってやがる。今までノックもなしに部屋に入って来たり、部屋に居座ったり。俺が何度言っても止めなかったじゃねぇか。それがどうだ。久しぶりに来たと思ったら壁外調査だと?」


ぐ、と煽ったワインは空になり、ボトルを手に取ると注ぎ始める。
いつもとは比にならない速さで飲むリヴァイにはボトルを取り上げようとしたが避けられた。


「何が兵長だ。お前に呼ばれると虫唾が走る。」


吐き捨てるように言うと、は困ったように眉尻を下げた。


「兵長は・・」


言いかけると、リヴァイに胸倉を捕まれて言葉を詰まらせる。
幸い、グラスに残ったワインが多くは無かった為零れる事は無かったが、の手に少しかかる。


「まだ言うか。」


相当兵長と呼ぶのが気に食わないらしい。ようやくそれを理解したはため息をついて言いなおした。


「リヴァイはさっきも言ったけど、調査兵団の象徴。そして私の上司。そんなみんなの憧れのリヴァイと今までどおりにしてたら、付き合ってるって勘違いされた時が面倒臭いでしょ。兵士長が恋愛に現を抜かしてるって叩かれるかもしれない。リヴァイは、兵士長になったばっかなんだからさ。」


やんわりと胸倉を掴む手を解きながら一歩リヴァイから下がる。


「私は、公私のスイッチを入れ替えるなんて器用なこと出来ないからさ。普段リヴァイのことをリヴァイって呼んでたら、兵長って呼べない。下らない話してたら部屋の外でもたまに言っちゃうかもしれない。」
「別に構わない。俺だってエルヴィンのことを団長なんて言わねぇだろうが。」


リヴァイはグラスを置くと、少し遠ざかったを引き寄せた。


「俺を遠ざけるな。・・・・頼むから。」


こんな風に抱きしめられるのは、これだけ長い付き合いなのに初めてだ。
驚きに言葉が出ないはされるがままになっている。


「俺が兵士長になったから何だ。文句を言う奴は黙らせれば良いじゃねぇか。俺とお前はそれだけの力があるだろうが・・!」


腕に力が篭って少し痛い。グラスをテーブルに置くと、乾いたワインで右手がべたついていたが、構わずにその手をリヴァイの背中に回した。
後できっと文句を言われるだろうと思うと少し笑える。


「うん。ごめん。」


笑いながら言うと、身体を離したリヴァイが不機嫌そうに見つめてきた。


「・・・何、笑ってんだ。てめぇは。」
「ごめん。」


ごめんばかり言うに舌打ちしてリヴァイは彼女の顎を掴んだ。






















翌日、共に朝食を取っているとハンジがにやにやしながら近づいてきた。
リヴァイが兵士長になってから昼食と夕食は都合上一緒になることはあっても、朝食を共に取る姿は見かけなかったからだ。
久しぶりに朝食を連れ立って取っている2人を見て、何かを感じ取ったハンジはとても嬉しそうだ。


「いやー、良かった良かった!なんたってがリヴァイによそよそしくなってからと言うもの、リヴァイの機嫌がずーっと悪かったから大変だったよ!」
「うるせぇ、クソメガネ。」


フォークを投げつけると寸でで避けたハンジは身体を震え上がらせた。


「ちょっとリヴァイ!あのフォーク私の!」
「知るか。」


そ知らぬ顔でフォークでサラダをつつくリヴァイの手をがしり、と掴むとはフォークを取り上げた。


「もらった!」
「クソが、返せ。」


手を伸ばしてくるリヴァイに背中を向けてはサラダを食べ始めた。
リヴァイはため息をついて諦めると、パンをちぎって口に放り込んだ。


「終わったら返せよ。」
「はいはーい。」


あまりの変化にハンジは呆然と立ち尽くした。


「ね、ねぇ、リヴァイ。君、あの潔癖症はどうしたの!」
「あぁ?」


リヴァイはパンをちぎる手を止め、そういえばそんな難儀な病気を持っていたなと思い出したもサラダをつつく手を止めた。


は良いんだよ。」


食堂に居た男兵は固まり、女兵は顔を真っ赤にした。
その例に漏れず、珍しく顔を赤くしたはからん、とフォークを取りこぼした。









夏恋2013様 提出物

2013.8.1 執筆