どすん、と積まれる本。
それは、病名やそれに対する治療薬の説明が記載されている、薬学書だ。
そんなもん小学生に読ませるな、と言いたいところだが、私の念能力を考えると、これは仕方が無い。


「3日間家をあける。それまでに読んでおけよ。」


私の念能力のうちの一つは、万能医者(アポロ)。
アポロという名前の少年を具現化し、彼が私のオーラを使って薬を作ってくれるという能力だ。
薬を作る為には、病名とその治療薬についての知識が必要で、およそ小学生には似つかわしくないこういう本をたまーに読んでいる。


「え、仕事?」


何でこんな能力にしたかと言うと、まぁ、昔は医者にかかるお金が無くて、ひいひい言っていたことが原因なんだけど、まぁ、詳しいところは割愛。


「あぁ。いいか、変な奴についていくなよ。襲われそうになったら躊躇無く殺せ。」
「はーい。」


家を空ける時の決まり文句を聞き流しながらぱらぱらと本を捲る。


「携帯は通じるから、何かあれば必ず連絡を入れろ。あと、夕食については隣のバーンズさんにお願いしてあるからな。」


バーンズさんとは、隣の部屋に住んでいる老夫婦だ。勿論ただの老夫婦じゃない。2人とも念を使えるスーパーおじいちゃんとおばあちゃんだ。


「はーい。」


そう言いながら立ち上がって、玄関にお兄ちゃんを見送りに行く。


「戸締りはしっかりな。」
「はいはい、いってらっしゃいー。」


お兄ちゃんは私を抱き上げると、中身が出ちゃいそうなくらい抱きしめて、出て行った。













嗚呼、妹よ #2













もう70代だというのに、筋肉隆々のヘンリーおじいちゃんと、同じく70代の普段は温厚そうでいて、怒ると誰も止められないメアリおばあちゃんは私達がこの家に引っ越してきた時から隣に住んでいる。
仕事のため時々家を空けることを知った2人は、なら、夕食はうちに来なさい、と誘ってくれたことから2人はおじいちゃんとおばあちゃんのような存在になった。とは言っても、本当のおじいちゃんとおばあちゃんがどんな存在なのか、私はよく知らないけど。


「これは朝ご飯にしなさいね。」


夕食後、煮物とおにぎりをタッパに詰めて渡してくれたおばあちゃんに礼を言う。


「そうじゃ、。明後日、ばあさんとロッククライミングに行くんじゃが、一緒に行かんか?」


この歳で断崖絶壁のような山を登るようなことをしている老人はいないだろう。
しかも、この2人、ロッククライミング中によく喧嘩を始めるのだ。
一度、2人の喧嘩に巻き込まれてまっさかさまに落ちたことがある。あれは、結構痛かった。


「・・・2人が喧嘩しないなら行く。」
「まぁ、やだ。喧嘩なんて。」
「じゃれ合っとるだけじゃ。ただ登るだけじゃと詰まらんからのぅ。」


やっぱりどこかずれている2人にため息をつく。


「じゃれあうって、普通だったら死んでるからね?命綱も無いしさぁ。」
「朝7時に出発じゃ。良いな。」


勝手に決められて、仕方なく頷くと、私は自分の部屋に戻った。
すると、それを見計らったように携帯が音を立てて鳴る。ディスプレイには兄という文字。


「はーい。」
『変わりは無いか?』


お兄ちゃんが家を出てまだ5時間程しかたっていない。


「無いよ。晩御飯食べたくらい。」
『最近物騒だからな。戸締りを確認してから寝るんだぞ。』


物騒だなんて、お兄ちゃんが言うと酷く違和感を感じる。
S級犯罪者に言われたくない。


「大丈夫だよ。」
『寂しい思いをさせてすまないな。さっさと終わらせて一分一秒でも早く帰れるように・・・・』
『団長、ももう子どもじゃないんだからさぁ!』


聞こえてきた声は、馴染み深い声。なんだ、シャルと一緒にいるのか。


『シャル、俺の可愛い妹がどこぞの輩に襲われたらどうするんだ!』
『大丈夫だって、、並大抵の奴は返り討ちにできるくらい強いから。あれは小学生じゃないね。反則過ぎ。』
「ちょっとー!こんないたいけな小学生捕まえて何てこというのー!!」


シャルは好青年のような見た目をしている癖に言うことやることがどうもその枠から外れている。つまり、外道だ。


『あはは、ごめんって。』
『俺を差し置いてと勝手に話すな!』
『仕方ないじゃん、俺にとっても妹みたいなもんだし。』


その言葉がきっかけてぎゃーぎゃー騒ぎ出した2人に、私はためらい無く電話を切った。
ああなると、お兄ちゃんが心行くまでシャルをぼこぼこにしないと収まらない。
仕事前だというのに、あんな仲間割れをしていて良いんだろうか。


「ま、いっか。お風呂入って寝よ。」


仕事は大体4〜6人でやってるから、他の誰かが止めてくれるだろう。



















あれから2日後。
バーンズ夫妻とのロッククライミングから帰ってきた私はソファに倒れこんだ。
ただのロッククライミングで終わる筈は無いと思っていたが、まさか、発を使って攻防を始めるとは思わなかった。
心からあの山に私達以外がいなくて良かったと思う。
だって、登っていた所は、所々抉れ、私じゃなかったら落ちてきた岩に潰されていただろう。
次からは2人の後から登るんじゃなく、2人より先に登ろうと思う。


!帰ったぞ!」


ちょっと仮眠でも取ろうかと思っていると勢い良く玄関が開いてお兄ちゃんが駆け込んできた。


「え、早っ!」


予定では明日帰って来る筈だったのに。何かあったのだろうか。
そう、呆気に取られている間にも、リビングに足音荒く入ってきた兄はソファに転がっている私を持ち上げるとぎゅっと抱きしめた。


「いだだだだ!」
「そうか、寂しかったか。」


いい加減このやり取りも飽きてきたけど、こうなるとお兄ちゃんの気が済むまで開放されることはない。
がしかし、力の加減というものを覚えて欲しい。とてつもなく痛いのだ。


「ロープロープ!!」


ばしばしと渾身の力を篭めてお兄ちゃんの肩をばしばし叩くと、ようやくその力が緩んだ。
お兄ちゃんは手加減という言葉を知らない。いつも全力投球だ。
おかげさまで昔はよくお兄ちゃんとのスキンシップの中で骨を折られた。私が念を身につけたのは当然の流れだったと思う。


「今日はバーンズさん達とロッククライミングに行っていたらしいな。あの2人の喧嘩を避けながら登りきるなんて、流石俺の妹だ。」
「何で知ってんの!」


そして、お兄ちゃんはストーカーみたいに私の行動を有り得ないくらい把握している。
以前ソレをシャルに相談したら、どうやらお兄ちゃんの能力にそういうものがあったり、偶にシャルも手伝っているらしい。
頼むから手伝うのはやめてくれと言ったが、シャルもお兄ちゃんに脅されているのだろう。あいまいに笑って、団長も心配してるんだよ、とフォローされて終わった。


「妹の行動を監督するのは当然のこと。兄としての務めだ。」
「誰か私にプライバシーを!」


そう叫ぶとお兄ちゃんは何が可笑しいのか、くつくつと笑い始めた。


「俺がお前の行動を把握できなくなった時はお前が1人前になった時。あと数十年後だな。」
「数十年後・・・!?」


おばさんになるまで、お兄ちゃんに監視されなきゃいけないなんて、嫌過ぎる。


「・・・お兄ちゃん。小学生でも彼氏が居る時代だよ。プライバシーは必要だとおもいますッ!!!」
「お前には早いわ!!」


くわ、と表情を一変、般若のような顔になると、そう一喝されて、私は身体を縮こまらせた。
怖い。怖すぎる。何なんだ、この兄という生き物は。


「あぁ、そうだ。シャルと話していたんだが、次の仕事にはお前にも手伝って貰おうと思ってる。」
「へー。”ブラックホール”が使いたいの?」


私の念能力のうちの1つ。何でも入る影(ブラックホール)は、その名前の通り、私の影の中に物を出し入れできる能力だ。今、旅団の中にはこういう持ち運びが出来る能力の人が居ないから、大量の物を運ぶときはこうして借り出される。


「あぁ、今回は少し量が多いからな。」


しかし、何でも入る、という訳ではない。私の影で出し入れできる分だから、大きさは限られるのだ。


「あと、最近仕事に出してなかったからな。腕が鈍ると困る。」
「えぇー。ちゃんとマチに、たまーに念糸縫合教えて貰ってんだけど。」
「学校に通う条件は?」


その問いに私は、ぐ、と口を尖らせた。


「・・・・仕事を手伝うこと・・・デス。」


つまり、拒否権は無いということ。
そう、学校をちゃんと出て医者になって、私は平穏に暮らすのだ。
闇医者になって、高給取りになることが私の夢。その為ならちょっとお仕事のお手伝いするくらいどうって事は無い。


「それから、イルミが仕事を手伝って欲しいらしい。来週の金曜の夜だ。」
「えぇぇー。」


今ゾルディックで念を使えて仕事に出れるのはシルバさんとイルミ、あとはゼノおじーちゃんの3人しかいない。
依頼が多くなると、偶にこうしてお兄ちゃん伝えにお手伝いの依頼をしてくる。
依頼自体は別にどうって事ないんだけど、決まってその後、あのゾルディック家の特訓に付き合わされる。
まぁ、イルミからしたら、それがお兄ちゃんから出された交換条件だから仕方ないんだろうけど、出来るだけ依頼は受けたくない。


「今回は暗殺対象が多いらしい。心置きなく殺って来い。」
「はー。何でいたいけな小学生が暗殺なんてって、あい!行かせて頂きますとも!!」


ぶつぶつ言うと、不穏な空気がお兄ちゃんから漂い始めたから、慌てて頷くと、お兄ちゃんは満足そうに笑った。








=ルシルフル。今日も元気に生きています



2013.7.1 執筆