私のお兄ちゃんは血は繋がっていない。
私は良く覚えてないけど、私が赤ちゃんの時にお兄ちゃんが拾ってくれたらしい。
ってことはお兄ちゃんっていうよりお父さんなんじゃない?と言ったら激しく怒られたので、未だにお兄ちゃんと呼んでいる。


「あ!お兄ちゃん!また私のプリン食べたな!」


冷蔵庫を開けると、昨日3つも買ったプリンが1つも見当たらない。
全部名前を書いておいたのに!
乱暴に冷蔵庫を閉めて振り向きざまに問いただすと、お兄ちゃんは新聞をぺらりと捲った。


「お前の物は俺の物だ。」
「どこのジャイアンだ!この野郎!」


お兄ちゃんとは10歳と少し離れている訳だが、大人気が無い。いや、拾ってもらったのには感謝してるけどさぁ。


「プリンー!プリンー!!プリンの恨み!」


丁度置いてあったフォークに周をして勢い良く投げると、お兄ちゃんは見向きもしないでそれを受け止めた。
悔しいけど、わが兄ながら出来る。


「甘いな。プリンの恨みだけに。」


そう言ってくつくつと笑う兄を見ていると、何だろう、いたたまれない。
少し残念なところも在る兄だが、強さに関して言うと、私はお兄ちゃんよりも強い人を知らない。
がっくりと肩を落とすと、私は財布を引っつかんで外に出た。










嗚呼、妹よ #1













兄とは得てして理不尽に妹を苛めるものだ。
小学校のクラスメートのさっちゃんも同じことを言っていた。


「では、今からサバイバル訓練を始める。」


でも、私のお兄ちゃんは、一般的な兄からすると恐ろしくかけ離れていると思う。


「・・・・はっ」


鬱蒼とした森の中、兄からそう宣言された私は鼻で笑い飛ばした。
すると、ベンズナイフが数本飛んで来るのだから恐ろしい。私の後ろに突き刺さったナイフは反動でゆらゆらと揺れている。


「装備品は今渡したベンズナイフのみ。」
「渡すと投げるは違うわボケー!」


憤慨しながらも、数少ない装備品を木から抜き取り、放り投げられていたケースに収める。


「あぁ、此処には獰猛な人食獣がいるが、知人のペットだから殺すなよ。じゃぁな。」
「ええええ!ちょ、ちょっと、どういうこと!?」


まってまって!と叫ぶと、お兄ちゃんは私の顔を見て儚げに笑った。


・・・生きろ!」


そしてそんな捨て台詞を吐いて忽然と姿を消してしまったのだ。


「はぁ!?こら、でこっぱちー!ふざけるなァー!!」


ギャーギャー言った所でお兄ちゃんは全く現れる気配が無い。
そもそもいつまで此処にいれば良いのかとか、全く説明もされていないというのに、一体彼はどういうつもりなのだろうか。

私が騒いでいたのが悪かったのか何なのか、背後からかさり、と何かが足を踏みしめる音がして、私は飛び上がった。
ぐるる、と低く唸る声。お兄ちゃんがさっき言っていた人食獣という単語が蘇る。


「!!!!!」


のっそりと姿を現したのは私の何倍もある、犬のような狼のような、とにかく常軌を逸脱した生き物だった。


「ぎゃー!!!」


取り合えず、私は逃げることにした。







「なに、さっきのアレ!信じらんない!!」


数時間追いかけっこをした後、私は仕方なくあの獣をぶっ飛ばすことにした。
殺すな、と言われていたから、勿論ナイフは使っていない。というか、中途半端に殺すなと言われると中々難しいのだ。
だから暫く追いかけっこをして獣さんに諦めて貰おうと思ったのに、哀しいかな、時間が経つほどに彼は楽しそうにぐるぐる言いながら私を追いかけるスピードを速くするものだから、つい手がでてしまった。


一応死んでいないことを確認したものの、動物虐待なんて私の信条に反する。
いや、今回のは正当防衛だ。虐待なんかじゃない。食べられる所だったんだから。


「うっうっうっ・・・理不尽すぎる・・・・。」


本来であれば今日から遠足に出かけている頃だというのに、何が哀しくて1人こんな辺鄙なところで1人サバイバルをしなければいけないのか。
とにかく、此処に人は居ないのだろうか。ていうか、最寄の町に行って、虐待を受けてるんですって警察に言って保護してもらおうか。うん、それが良い。


私はすっくと立ち上がると、取り合えず人を探す為に頑張って円を広げた。


「・・・あれ、家でもあるのかな・・・って、え?」


円を広げて数秒後、勢い良く数人の気配がある場所から1人が飛び出してこちらに向かってくる。
気付かれたのだろうか。ということは、相手も念使いだ。


「やばいやばい・・・お兄ちゃんが連れてきたところにいる念使いってことは、人間じゃない・・・逃げなきゃ!」


取り合えず反対方向に逃げようと足を踏み出した。
もう此処までたどり着いたのか、ひゅん、と釘のようなものが迫ってきて慌てて避ける。
何だか、見覚えがある細長い釘だ。


「あれ、?」


ついで発せられた言葉はまたまた聞き覚えがあるもので、私は勢い良く振り向いた。


「イ、イイ、イルミ・・・!」
「何か騒がしいと思ったら、君か。何してるの。」


そう言いながらも、イルミは容赦なく釘を投げ続ける。
話すのか喧嘩を仕掛けるのかどっちかにしてもらいたい。


「お兄ちゃんに突然放り投げられてって、うわ!」


綺麗に急所を狙ってくるそれに、ぐ、と上半身を反らす。


「殺す気か!」
「うん。だって君、侵入者でしょ?」


それを聞いて私はさっと顔を青くした。彼の強さは知っている。
お兄ちゃんと張るくらいの人外生物だ。


「お兄ちゃんのアホー!!」


そんな凶暴な生物と対峙することになった元凶は兄だ。彼は、自分が可愛くないのだろうか、と一瞬思ったが、普段彼は凄まじい程自分を猫かわいがりする。
飴は吐き気をもよおす程甘く、鞭は悲鳴があがる程殺人的。それが、私の兄なのだ。


「・・・っていうのは冗談で、何してるの、こんな所で。まぁ、何となく分かるけど。」


君も大変だね、と全く感情が篭っていない表情と声色で言われて、私は恨みがましい目でイルミを見た。


「ま、ちょうど良いや。ちょっと手伝ってよ。」


ようやく釘を仕舞ったイルミはそう言うと私の手を引っ張った。身長差がありすぎて、左手だけ挙手をした状態だ。


「キルアの訓練。相手になって。あ、勿論念は使わないでね。」


はて、誰だろうか、キルアとは。
イルミとは多分数年の付き合いだが、彼の家にお邪魔したことも無ければそんな名前も聞いた事が無い。


「俺の弟。多分同い年くらいじゃない?」
「へー、弟いたんだ。って、訓練?」
「うん。そろそろ拷問が終わる頃だからちょっと待つかもしれないけど。」


イルミがお兄ちゃんをしている姿なんて想像つかない。と同時に、私は何だか納得してしまった。
この残虐的な性格をしているイルミとお兄ちゃんの共通点は”兄”だという点なのだ。
結婚するなら、長男以外、と心に決めながら私は引きずられるようにして走った。

そもそも拷問って何だ。
この家では子どもに拷問いや、虐待をするのが慣わしなのか。恐ろしい家だ。


「なんか、人事とは思えない・・・。」


幸い、私は拷問なんてものは受けていないが、虐待なら胸を張って受けてると言える。
お兄ちゃんの鞭は拷問だ。本人曰く、愛の鞭らしいが。



















キルアの第一印象は最悪だった。
確かに、彼は私と同い年くらいだ。つまり、生意気盛りだ。


「なんだ、このガキ。」
「お前に言われたくねーよ!」


何で身長も年も同じくらいの奴にガキ呼ばわりされなきゃなんないんだ。
失礼にも程がある。


「あ、殺さないでね。一応大事な弟だから。」
「はぁ?こんな奴に負けるかよ。」


馬鹿にするように言うキルアに、危うく手が動きそうになったが、じろりとイルミに睨まれてその手を押さえた。


「負けて泣くなよ!」


取り合えず、言われっぱなしは癪に障るから、そう言ってやると、キルアは分かりやすく怒り始めた。






嗚呼、妹よ!



2013.6.30 執筆