鮮やかに数名の男達を下していくに、小太郎はぱちぱちと手を叩いた。
2人は山賊狩りなんてものをやっていて、当初は小太郎がほとんど動いていたものの、身体が鈍る、と今回はがその役目を買って出たのだ。


「大漁大漁!」


嬉しそうに言いながら山賊達が奪ったであろう金品を自分の影にぽんぽん放り込んでいく。
小太郎も手伝うと結構な量が影の向こうに収納された。


「さて、と。今日はコレ、売りにいこっか。今日は豪遊じゃー!っはっはっは!」


楽しそうに言いながら、は着物をいくらか手に笑い始めた。
一応その着物にどこかの家紋が入っていないことを確認して、小太郎は頷く。


「私だけじゃ怪しくて売りにいけないから、ほんと、小太郎が居て良かった!」


とは言っても、小太郎は言葉を全く発せず、が交渉の場に立ってばかりなので、いつも変な顔をされるのだが。


「でも、山賊相手ばっかじゃ物足りないなー。誰か強い人いないかなぁー。」


そう呟きながら視線をめぐらせると、は、じ、と小太郎を見た。
何だか嫌な予感がするぞ、と小太郎はを見下ろす。


「小太郎、強いよね。だって、忍者だもん。」


慌ててぶんぶんと首を横に振るが、は楽しそうに笑うと、自分の影に手を突っ込んで黄金色に光を反射する細長い剣を取り出した。
刃の根元には細かい装飾がなされており、柄の部分には茶色い布が巻かれている。


「よし、今日はコレにしよ。」


迫り来るに最後まで小太郎は首を横に振って拒否をし続けたが、結局付き合わされることになったのは言うまでも無い。












嗚呼、妹よ 戦国時代編















金額を提示されるものの、イマイチ価値が分からないは、小太郎を見上げると、彼は首を横に振る。


「もう一声!」
「んー、じゃぁコレでどうだ。」


提示された金額を見て、小太郎はやれやれと肩をすくめて首を横に振るとため息をついた。
こういう仕草をしている時は相手が有り得ない程安価で買い取ろうとしている時。はむ、と眉を寄せると、買取商の胸倉を掴んだ。


「ひっ」
「おじさん、舐めてんの?うちの小太郎は凄い目利きで、アンタが出してる金額じゃ話にならないって言ってんの。ちゃんと見ろー!」
「わ、分かった!分かった!!」


ようやく、それなりの値段を提示されたは小太郎を連れ立って店を出た。
そして、そのまま宿探しに出かけようとするが、小太郎にちょんちょんと肩を叩かれるので立ち止まる。


「ん?」


小太郎は斜め前の店を指差しているので、そこに視線をやると、立派な呉服屋が建っていた。


「この服目立つから、あそこで買えって?」


こくこくと頷く小太郎に、は首を横に振る。


「やだよ。だって、こっちの服って動きにくいんだもん。小太郎が着てるような服なら良いけどさー。」


確かにの服は目立つ。ワイシャツに茶色のブレザーそして、赤いチェックの短いスカート。
歩くとじろじろと見られているのは前々から知っていたが、は全く改める気は無い。


「それに、着物とか着れる気がしない。よって却下!」


そうして歩き出そうとするの手を掴んだ小太郎はずるずると呉服屋に引きずっていく。


「着なくても良いから持っとけ?えー、無駄遣い・・・あー、もう、うん。分かった分かった。」


はー、とため息をついたは渋々と呉服屋に入ると、適当なのを見繕うように店員に声をかけた。
店員は最初目に入ったの不思議な服装に目を丸くしたが、すぐに笑顔で頷くと着物を数点畳みの上に広げる。
どれも明るい色だ。


「おねーさん、もっと暗い色の無い?」
「あらあら、貴方様でしたら、明るい色の方がお似合いですよ。こちらの桃色なんて如何ですか?」
「ピンクは無い、絶対無い。其れ位なら赤を着るよ。」


店員は困ったように笑って、奥に引っ込む。そしてすぐ出てきた手にはオレンジ色の着物があって、さっきの話を聞いていたのか、という目で見るものの、それをの肩にあてた店員は満足そうに笑った。


「やはり、こちらがお似合いですよ。少々値は張りますが・・・。」


緑とか紺にしてくれ、と言おうとしたがその前に、小太郎が支払いを始めてしまったので、はぐう、と口を噤むだけだった。
帯は合うものを適当に見繕うように言って、は外へと出る。
服を買うのは好きだが、動きにくい服は好きじゃない。着物なんて、走るのも跳ぶのも大変そうな服だ。そもそも着付け方が分からないというのに。


「・・・あ、甘味屋さんだ。」


目に付いた店に、ふらふらと近づいていく。
団子に大福。甘いものなんて最近食べていなかった。はポケットからお金を取り出す。


「これで足りるのかなぁー。」
「どれが食いたいんだ?」
「あれあれ。あの豆大福。」


いつの間にか隣に立っていた男はふーん、と呟くと、の手のひらからいくつか取って店員に渡した。


「・・・だれ?」


店員は大福を包んでいる。横に立っている男を見上げると、男はにやりと笑った。


「Hey girl. 随分と変わった服着てるじゃねぇか。」
「・・・やべー、会話になってねー。」


ち、と舌打をすると、頭をぐりぐりと押さえられて手を払った。


「Ha! 随分威勢が良いじゃねぇの、嬢ちゃん。」


快活に笑う男性は右目を眼帯で隠し、群青色の袴を身に着けている美丈夫だ。
しかし、にとっては不審人物かつ不躾な人間でしかなく、自然と彼に向ける表情は厳しいものになる。


「・・・変なおじさんとは話すなと保護者に固ーく言われてるので、私はこれで失礼します。」
「No way! 誰がおっさんだ!」


一寸のためらいもなく、は目の前に立つ男自身を指差した。しかし、すぐにその手は払われる。


「人に指さすんじゃねぇ、You see?」
「はぁ・・・・でも、おっさんが”誰”か教えろって言うからさぁ・・・名前知らないし。」
「俺はお・・・・藤次郎だ。」


ついいつものように奥州筆頭以下略と名乗りそうになったのを押しとどめてそう告げると、はふうん、と何とも気のない返事をして、明らかに彼から目をそらした。


「おら、名乗ったんだ。もう知らねぇ奴じゃねぇだろ?お前も名乗れ。」
「私?えぇっと、私はー、イルミ=ゾルディック。」
「Ah?お前、南蛮人か?」
「はァ?ナンバンジン?何その人種。」


眉を寄せて思いっきり肩を竦めて馬鹿にしたように言うと、ははん、と鼻で笑われた。


「日ノ本以外の奴らだよ。」
「・・・・ヒノモト・・・?」


だめだ、こいつ話通じねー、と舌打ちをしてはきょろきょろとあたりを見回した。
どうにもこうにも、常識的なことは小太郎がいないとどうしようもない。
というかむしろさっさと小太郎を見つけてここを立ち去ろう、そうしよう。


うんうん、と頷いたはさっそく行動に移そうと円を広げて小太郎の気配を探す。
存外に近くに見つかった彼だが、その距離と位置に違和感を感じる。
彼はすぐそばの店の裏。少し顔を出せばこの位置が見える場所にいるのだ。


(・・・この人と小太郎は知り合いで、様子を見てるってことかな)


尚更藤次郎と居る必要性が無くなり、は駆け出した。


「あっ、この野郎!待て!」


誰が待つか、と心の中で舌を出す。
の予想通り、が走りだすと、それに合わせて小太郎も走り出した。





























”絶”をしてしまってはいくら小太郎と言えどを負うのは厳しい。幸いにも”絶”などしなくとも藤次郎をまくのに大した時間も要しなかった為、は小太郎と近くの路地裏で合流した。
藤次郎について話を聞きたかったが、まずはここを離れるのが先決。
小太郎の話では、今日注文した着物が出来上がるのが2日後。ひとまずこの町で宿を取ろうと、2人は少し町をはずれたあたりにある宿へと向かった。


「ふむふむ。それで、さっきの人は奥州ってところをまとめてる国王様みたいな人だ、と。」


聞いた話が合っているか確認するように言うと、小太郎はこくこくと頷いた。


「なんか、変な人に目ぇつけられちゃったなー。まぁ、また会ったら逃げればいっか。あの人、そんなに足速く無いし。」


話は終わり、と言わんばかりには立ち上がると、小太郎にも立ち上がるように促した。


「晩御飯食べよ?・・あ、コレ命令だから。」


昼食を食べる時、一緒に食べようと誘ったら、小太郎は頑なにそれを拒否した。
理由を聞いたらいつのまにかは小太郎の中で主という存在に位置づけられているらしく、主と食事を共にするなどとても出来ない、ということらしい。
それを思い出して”命令”という言葉を付け加えると、小太郎はしぶしぶ立ち上がった。


宿で出された膳はこの戦国時代で食べるには中々豪勢なものだった。
その中での目を引いたのは納豆だ。
日本人のような顔立ちをしているので忘れてしまいそうだが、彼女は日本出身ではない。
どちらかと言えば西洋の食事に慣れているにとって、それは未知の物体だった。


「・・・なにコレ。見た目も臭いも食べ物じゃない。」


嫌そうに眉を寄せて、は他の物に箸を伸ばす。
そのに厳しい視線を送った小太郎はぱくぱくと口を動かした。


「え?身体に良いから食べろって?嫌だね。あ、勿体無いから小太郎にあげるよ。はい。」


納豆の入った小鉢を小太郎の方へ押しやると、彼はため息をついて首を横に振った。


「他のは全部食べるからさぁ、コレは無理。絶対無理。」


断固拒否、という姿勢を崩さないに、小太郎は納豆の入った小鉢を持って立ち上がった。
そして、流石忍者、一瞬のうちにの横に移動すると、彼女の鼻をつまみ上げ、開いた口に納豆を投入し始めた。


「ーーー!!!!!」


そして全て入れると、顎と頭に両手をあて、口を閉じさせる。
は初めて体験する納豆の味と臭いに涙目になりながらも噛まずに飲み込むと、さ、と手渡されたお茶を一気に飲み干した。


「酷いッ!酷すぎる!!」


掴みかかろうとするを落ち着かせながら、小太郎は『好き嫌いはだめ』と口を動かした。






納豆はお好きですか?



2013.7.8 執筆