火でも放たれたのか、立ち上る煙は終わりが見えない。
纏わり着くような臭いは建物が燃える臭いだけではなく、血液、飛散した脂や土ぼこりも混ざっていて、少女は眉を寄せた。
こんな臭いが立ち込める状況というのは中々無い。
「うーん・・・何処だろ、ここ。」
制服のスカートが風に揺られる。
主だった場所は既に人は居ないが、至る場所で小競り合いが行われているのは耳で、肌で感じた。
戦争の後。しかし、それにしては転がっている武器は、弓や刀など随分古風なものばかりだ。
「しかも、あれ、お城だよね・・・。」
もくもくと上がる煙を辿ると、ジャポンにある古い城が見える。
「はぁ・・・。」
良く分からない、と頭をかいて、少女は背後の林へと足を進めた。
戦で焼けた場所に行っても何も無さそうだし、敵だと勘違いされて襲われても困るので、反対方向に行こうと思ったのだ。
きん、と遠くから金属音が響く。
少し迷った後、少女は走り出した。
嗚呼、妹よ 戦国時代編
風魔小太郎は走っていた。
背後から迫り来る忍の気配が複数。いつもの自分であれば何てことは無い相手だが、今は分が悪い。
致命傷は避けてきたものの、血を流しすぎたのだ。
覚束ない足に、これ以上逃げるのは得策ではないと判断した小太郎は足を止め、忍刀を構えた。
相手は6人。自分の周りに着地した忍は、すぐに一斉に掛かってくる。
何とか敵の苦無を受けつつ、2人を地に伏せるが、残った4人は中々厄介だ。
まずい、と久しぶりに冷や汗を流した時、ひゅん、と風を切る音がして、棒苦無を振りかぶった2人の首が飛び、ついで背後にいた2名の胴体が離れた。
自分の視界にも入らなかった何かで4人の忍を絶命させた何者かの登場に、小太郎は視線を向ける。
「お兄さん、1人で大変そうだったからお手伝い。大丈夫?」
笑いながら言う少女の姿に、小太郎は彼女の不思議な服装を上から下まで見た。
「あのー、もしもし?」
首を傾げて自分を見上げる少女の姿は、とてもこの4人の忍を殺したものとは思えない。
何者だ、それを問おうとしたとき、小太郎は自分の身体から一気に力が抜けるのを感じた。
火の爆ぜる音に風魔小太郎は目を覚ました。
いつも身に着けている兜と甲冑は外されているようで、身じろぎしても固い音はしない。
じ、と息を潜めて可能な限り観察をする。仰向けに寝かされている彼の視界に入るのは青みがかった灰色の岩肌。
停滞する空気に、此処は洞窟なのだろう。
所々炎を受けてゆらゆらと岩が橙に染まっている。
「あ、起きた?」
ぱち、と火がまた爆ぜる。
声の主を見ると、火の傍に腰掛けている少女が目に入った。
どこから持ってきたのか、石で出来た椅子、というには拙いが、それに腰をおろして、一つ薪を手に取り火に放り込む。
容貌からして、年頃は15か16といったところだろう。
「・・・一応、傷は塞いだけど、私あんまり上手くないから、まだ動き回らない方が良いよ。」
上半身を起こして自分の身体を見下ろすと、大きな傷には上等な布が巻かれている。
「血管と筋組織も縫合したんだけど、私の縫合率って60%くらいだから。」
小太郎はじっと少女を見つめた。最後の方は良く分からなかったが、彼女が自分の手当てをしたのは間違えなさそうだ。
「あ!何か飲む?水しか無いんだけど。はい。」
そう言いながら投げ渡されたペットボトルを難なく受け取って、それを見下ろした。
初めて目にするその物体に、小太郎は目の高さまでそれを上げるとゆらゆらと揺らした。
中には確かに水が入っており、たぽん、と水がぶつかる音がする。
はて、どうやって飲むのか。
「・・・もしかして、飲み方が分からない、とか?」
少女が声をかけると、小太郎はこくりと頷くので、目を丸くして小さく笑った。
訳が分からずに少女を見ていると、彼女はようやく笑うのをやめた。
「ご、ごめん。お兄さんがあんまりにも可愛いもんだから!えっとね、これは・・・こうして飲むんだよ。」
少女は小太郎からペットボトルを受け取って蓋を開けると、一口口に運んだ。
そして、小太郎に再び渡す。
少し迷ったものの、小太郎はそれを一度口にすると、半分ほど飲んだ。
「それ、全部飲んでも良いよ。まだあるから。」
言われて、洞窟内を見回したが、彼女の荷物は一つも見当たらない。
気を使っていっているのだろうか。
「ご飯は食べれそう?あんまり美味しくないけど、保存食ならあるから、食べたかったら言ってね。あ、お菓子もあるよ。」
そう言いながら彼女は信じられない行動に出た。
火によって、彼女の影は岩壁にゆらゆらと映っているのだが、そこに手を突っ込んだのだ。
目を見張ってそれを見守っていると、彼女は「うーん、どこやったかなー」と呟きながら影の向こう側で手をまさぐる。
少しして出てきたのは、見たことも無い袋と紙で出来た箱。
鮮やかな色で染色されていて、少女はためらいも無くそれを開けた。
「保存食なんて食べること無いだろうなーって思ってたけど、人生何があるか分からないね!」
あはは、と笑いながら少女は茶色い四角いものを口の中に入れた。
粉を固めたようなそれは、およそ食べるものには見えないが、観察していると、見た目に反してやわらかい物だと言うことが分かる。
「一つあげるよ。おなか空いたら食べて。」
まだ開けられていない箱を一つ投げられて、小太郎はそれを眺めた。紙で出来ているであろうそれは表面がつるつるとしている。裏を見ると、びっしりと記号のようなものが記載されていて、小太郎はそのままそれを懐にしまった。
「あ、ちょっと傷の具合見ても良い?」
こくりと頷くと、少女は自分の影をこんこんと2回叩いた。
少女の影は不思議なもので、物を出し入れできる。そこから何かを取り出すのだろうか、と思ったら、壁からゆっくりと手が出てきた。それもとても小さい手だ。
「なんだよ、仕事かぁ?」
ついで出てきたのは、金髪の小さな頭。
小太郎から見ると、少女も幼いが、その少年はさらに幼い。
「うん。ほら、昨日助けた人の具合、ちょっと見て欲しくて。」
「お、もう起きたのか。3日は起きないと思ったんだけど、お前凄ぇな!」
身体全てをようやく影から出した少年はTシャツに半ズボンという軽装で、今にも走り回りそうな年頃の少年だ。
「ってことだから見せてもらうぜ。」
とてとてと小太郎の横にたった少年は、座っている小太郎と同じくらいの身長。
少年は小太郎の腕を動かさせたり、包帯を解いて傷の具合を確認すると、少女を振り返った。
「明日には動いても良いんじゃね?すげぇ回復力。」
からからと笑って、小太郎を再び見る。
「食欲はあるか?水はたくさん飲めよ。食えるなら食え。」
こくん、と頷くと、少年は首を傾げる。
「おい、。こいつ、喋れねぇのか?」
「あ、そういえば、一回も喋ってないなー。」
ふーん、と呟いて、少年は頭をかいた。
「お前、名前は?」
少し沈黙が続いた後、小太郎はぱくぱくと自分の口を動かした。
その動きを見ていた少年は眉を寄せる。口を開く動作、小さく見える舌の動きは問題は無い。
更に、喉を物理的に潰されている様子も見受けられない。
「・・・失声症?」
「あぁ。言葉は分かってるみてぇだから、失語症じゃねぇな。」
んー、とは唸りながら腕を組んだ。
「失声症かぁ・・・。あんまりそこらへんは勉強してないから分からないなー。心因性で治るってことは分かるけど。」
「ゆっくり声を出す練習をするくらいしかねぇな。ま、この歳まで生きてきてんだ。困んねぇだろ。」
少年は用は済んだとばかりに、の影に向かった。
「じゃーな。」
「うん、ありがとー。」
ひらひらと手を振ると、彼は影の中に潜り込んだ。
「ってことだから、お水と食べ物だけここにも置いとくねー。あ、薪はそこにまだあるから、適当に使って。」
まるでこのまま此処を去るような言い方に、小太郎は戸惑いながらも頷いた。
「じゃ、また縁があったらね。もう怪我しちゃだめだよ、忍者のおにーさん。」
そういい残して、は洞窟から出て行った。
その後姿を、ぼうっと眺めていたが、また火が爆ぜて、思考を呼び戻す。
今は初夏、なのに、こうして火を炊いている理由は今が深夜で洞窟の中が冷えるからだ。
が、小太郎と対峙していた忍を軽く伸したことは知っているが、こんな時間に女が出歩いていい時間ではない。
それも、こんな戦があった近くの森の中など。
「・・・・・。」
前の主である、北条氏政の顔が蘇る。
小太郎は口をきつく結んだまま、立ち上がった。
身体はまだ少し痛むが、動けない程ではない。
が置いていった水と食料を抱えて、洞窟を出ると、彼女が向かった方角に走り出した。
は行く宛ても無くふらふらと歩いていた。
急いでる訳でも無いからのんびり歩く。人工的な光が全く無い此処では星が良く見える。
彼女の兄が度々連れて行ったジャングルで見上げた時のような、美しい星空だ。
「つーか、マジでここ何処。ジャポン?」
即座にそれを否定する。今のジャポンはあんな古臭い内紛なんてしていない。
いやでも世界は広いからどこかの先住民族の戦いだったのかもしれない。
「とりあえず、人の居るところにいってみよ。」
助けたあの忍者と一緒に行く事も考えたが、昔の忍者は主従関係を結んでいたと友人が言っていた。
ならば、恐らく彼も主を持つのだろう。それ以前に良く知らない人間と行動をするなと口すっぱく兄から言い含められている。
バレるような事は無いと侮る事なかれ。彼女の兄は無く子も黙る凶悪犯罪者で、その仲間でありの友人でもある青年はいとも簡単に有り得ない情報まで調べ上げてしまうのだ。
「お兄ちゃん、怒ってるだろうなぁー。」
そこまで考えて、兄を思い出したはため息をついた。
携帯は圏外。どこにいるかも分からない。謂わば迷子。
急に失踪した自分は原因が何であれ、きっつく後で怒られるだろうということは容易く想像できた。
と、その時。背後から急速に迫り来る気配に、は身構えた。
しかし、直ぐにその力を抜く。
音も無く目の前に姿を現したのは小太郎だったからだ。
「あれ、さっきのおにーさん。どうかしたの?ってか、走り回っちゃ駄目じゃん!」
一応包帯から血がにじみ出ていないのを確認して、怒ったように見上げると、小太郎は首を傾げた。
「それで、どうかした?・・・・え?行くって?一緒に??」
何とか口の動きと、身振り手振りから推測して言うと、彼はこくこくと頷いた。
「うーん、確かに私、ここの地理よく分かんないし、助かるけどさぁ・・・。」
問題は兄に知れた時だ。困ったなぁ、と呟くと、彼は不思議そうにを見下ろしている。
「うん。分かった。その代わりお兄ちゃんには一緒に怒られてね。あ、でも殺されそうになったら遠慮なく逃げて良いから!お兄ちゃん、そういう所は容赦無いんだよねー。悪魔っていうか鬼っていうか。」
過去のことを思い出してぶるりと身を震わせると、は気を取り直したようににこりと笑って小太郎を見上げた。
「まぁ、取り合えずよろしく!おにーさん!」
おいでませ戦国時代
2013.6.30 執筆