「あー、久々の我が家ー♪」


そう言うは流川に抱えられている状態。
後ろではの両親が


「悪いわね。楓君。」
「うちのを担いでもらっちゃって。」


と暢気に言いながらの荷物を持っている。

そして、玄関に入ったとたん、思い出したようには笑って流川の頬にキスした。


「ただいま。」


あぁ、と流川もの頬にキスを落とす。


「おかえり。」


後ろではの両親も同じやりとりをやっていて・・・
うん。はっきり言ってどうにもこうにも受け入れ難い現状なのだが、と流川がこういうやりとりを自然と出来るようになった経緯をまず説明しよう。

まず。二人は家が隣同士の幼馴染みであるのだが、の両親は共働きというやつで、結構家にいないことが多い。
そこで流川家にたびたび預けられる様になったのが基盤。
そして、流川の両親にしても、の両親にしても「行ってきます」「ただいま」のキスを欠かさなかったのが事の発端である。
それを見ていた二人は当然幼稚園から真似を始め、小学生、中学生、そして今に至る。
二人にとってそういったやりとりは極自然なもので、双方の両親も何も言わないものだから余計に身に付いてしまったのだろう。


「あ、今日は良子さんと昌吾さんと結花ちゃんも呼んでの退院パーティーね。」


良子さんと昌吾さんは流川の両親、結花は姉である。


「おー、久しぶりに飲むか!」


の両親は美香と景一。どちらの両親も新婚さん?てな感じに仲良しだ。


「あ、楓くん。とりあえずを部屋に連れて行ってあげて貰える?」
「・・・」


流川はこくんと頷いての部屋へと向かった。


「今日はパーティーかぁ。久しぶりに美味しいもの食べれそう。」
「・・病院の食事はマズいっつってたもんな。」
「そうそう!ほんと、楓とお姉ちゃんと良子さんからの差し入れで助かったわよ。」


昔から一緒にいるからか、は流川の姉をおねえちゃんと呼ぶ。


「後でお礼言わなきゃ。」
「・・・俺には?」


問われてはにこりと笑った。


「ありがとう。楓。」









幼馴染みシリーズ











朝、流川は珍しく朝の自主練の後起きたままで朝食を取るとの家へと向かった。


「あら、おはよう。楓君。」


リビングに入ると良子と景一から挨拶を受けて「ッス」と頭を下げる。


。そろそろ行くぞ。」


朝食を取り終わってテレビを見ていた頭をこつんと叩くとはあれ?と時計を見た。


「荷物は?」
「部屋。」


それだけ聞くと、流川はの部屋へと上がって荷物を取った。
勝手知ったるなんとやら、だ。


「じゃぁ、行ってきます。」
「二人とも気をつけてね。」
を頼むよ。楓君。」


流川はこくんと頷いて、腰を屈めると何かを待つ様にを見る。


「いってきます。」
「ん。行くって来る。」
「いってらっしゃい。」


そういってお互いの頬にキスを落とすと二人は家を出た。
仲の良い二人を見送っていた良子と景一はうふふ、ははは、と笑い合う。


「あーあ。早く楓君うちの息子にならないかしら。」
「そうだな。そして二十歳になったら早く一緒に酒を飲みたい。」
「孫の顔も早く見たいし。」
「どっちだろうなぁ。男の子でも女の子でもきっと可愛いとは思うけど。」


そう笑い合って二人も出かける支度を始めるのだった。



















幸い今日は移動教室もなく、足を酷使することは無かった。
のだが、突き刺さる女子生徒の視線の痛いこと痛いこと。


。」


呼ばれて顔を向けると、流川の心配そうな顔。
二人は隣の席なのだが、これも流川の圧力によるものである。
クラスが一緒なのは最初から決まっていたことだが、流川は前日に担当教員の所に出向いての足が使えないことを全面的に押して隣の席にするように言ったのだ。

最初は渋った教師だが、あの流川がこんなことを言いに来るとは考えられなかったのだろう。
驚いているうちに押し切られてしまった。


「大丈夫か?」
「大丈夫も何も、今日は全然動いてないもの。平気よ。」


そう言いながらは机に手を置いて立ち上がった。
松葉杖は流川が要らないと言い張って家に放置だ。


「何処に行くんだ。」
「トイレ。」


流川はの身体を支えながら尋ねるとあっさりと答えが返って来た。


「じゃぁ、俺も一緒に・・・」


と言いかけた所ですぱこんと良い音がした。
が机の上にあったノートで勢い良く叩いたのだ。


「美咲ー。助けて。」


無言で己の頭をさする流川を無視して親友の名を呼ぶと、美咲が苦笑しながら近付いて来た。


「ってことだから、流川くん。連れてくわよ。」
「・・・動けなくなったらすぐ呼べ。こけるな。落ちるな。すべるな。」
「はいはい。」


ひらりと手を振って二人は教室をでた。


「相変わらず流川君って過保護よね。」
「そう?」
(アンタは普段の流川君を知らないから・・)


とは思うものの、口には出さない。


しかし、流川の構いっぷりはこれに留まらなかった。
昼になれば、の食べたいものを聞いて購買まで走り、の机の上のものが落ちれば拾ってやり、と授業中も寝ていない。
余談だが教師は感涙したらしい。


(流川ってあんな性格じゃねぇよな。)
(・・もしかして、流川くんの彼女!?)
(許せない!!)


そういう思いは放課後になって爆発する。
終わると同時に流川がを横抱きに抱きかかえたのだ。


「・・下、穿いてんだろうな。」
「当たり前でしょ。ちゃんとスパッツ穿いてるわよ。」


流川は肩にスポーツバッグをかけ、は自分の荷物を持ちながら抱えられている。


「それよりも、コレ、目立つから止めて欲しいんだけど。」
「ヤダ。」


二人は言い合いながらずんずん進んで行く。
それはもう、悲鳴が聞こえて来たり視線が突き刺さったりと忙しない。


「はぁ・・・で、何処に行くの?」
「体育館。」
「あぁ・・バスケ部ね。」
「終わるまで見てろ。」
「えー、動きたくなるから嫌。」
「見てろ。」


もう一度、今度はの目をまっすぐに見下ろしていうとは溜め息をついて頷いた。















バスケ部一同はを抱きかかえて登場した流川に唖然とした。
晴子なんて顔を真っ赤にして「え?」「あ」と一人あたふたしている。
応援に来ていた親衛隊なんて悲鳴をあげている。


ぎろり、と流川が睨みつけてそれを黙らせるとそのままずんずん進む。


「やぁっと来たわねー。」


バスケ部が唖然とする中、けらけらと彩子は笑いながら二人に近付いた。


「お久しぶりです。彩子先輩。」


そう言っては「下ろしてよ」と流川に言うが、流川は無視。


「降ろして」
「ヤダ」


はぁーと長い溜め息をついては彩子を見た。
彩子はの左足のギブスを見て苦笑する。


「夜、コンビニの帰りにやっちゃったんだって?」
「あはは。そうなんですよ。」
「それで余計に流川が過保護になったと。」
「ほっとけ。」


しれっと言うと流川の頭にじんじんと痛みが走る。
ごつんとのげんこつが落ちたのだ。


「先輩に向かってその口のきき方はないでしょ。」
「・・るせー。」
「楓!」
「ま、まぁまぁ。で、ちゃんは見学していくんでしょ?」


はまだ少し流川を睨みつけていたが、彩子に向かって笑顔で頷く。
それにむっと眉を寄せる流川に彩子は笑いを噛み殺した。


「じゃぁあっちのベンチに行きましょう。」


が「はい」と言うのと同時に流川は頷いて黙々とベンチへと向かった。
そしてそっとベンチに降ろす。


「全員集合!」


はっと我に帰った赤木が叫ぶとそれぞれ意識を取り戻してのろのろと集まり出す。
しかし、流川はの目の前に膝を立てたまま動こうとしない。
そればかりか、に頬を向けてちょいちょいと自分で指差している。


「ほら、。いつものが無いって。」
「あー、はいはい。」


は頷くと「いってらっしゃい」と流川の頬にキスした。
彩子に傍らに立っていた晴子はぼっと音を立てて顔を赤くし、一同は口をぽかんと開ける。


「行って来る。」


そう言っての頬にもキスを返して流川はようやく立ち上がって皆の元へと向かった。
その直前に「ぜってー動くな」と釘を刺すのは忘れない。


口をぱくぱくさせ、手をわなわなと震わせている赤木達に彩子は笑いながらフォローを入れた。


「流川ったらのこれが無いと調子でないんですよー、まぁ、慣れれば何ともないんで!」


そう言われて流川を見ると、確かにいつもの不機嫌さが無い。
いつも不機嫌オーラを出しているのが普通だと思っていたが、それは違うようだ。


「ゴホン!では練習を始める!!」


仕切り直すような赤木の声と共に練習がようやく始まった。


「張り切ってんなー流川。アレ、彼女か?」
「む。」


2チームにわけての試合中、既にゴールを数回決めている流川ににやにやと三井が話しかける。


「そんなんじゃねー。」


流川はそう言いながら再びゴールを決めた。


「ホッホッホッ。流川君は随分と張り切っている様ですね。」


ベンチに現れた安西に彩子が「安西先生!」と嬉しそうに声をかける。
も立ち上がって挨拶をしようとするが、コート内から「立つんじゃねー」と流川の声がかかり、次いで安西からも「座っていて下さい」と言われるものだから、腰を下ろした。
晴子はに話しかけるタイミングを失ってちらちらとを見ている。


「君が君ですね。」
「あ、はい。」
「流川君から話は聞いていますよ。」


それには首を傾げた。
安西は流川から足の怪我が治ったらマネージャーになるとについて聞いていたことははっきりと言わずに笑った。


「何でも幼馴染みだとか。」
「そうなんですよ。家が隣らしくて中学の時からもう仲が良くて良くて・・。」


彩子が代わりに答えると、安西は楽しそうに「そうなんですか」と答えた。


君がいると流川君の動きが良い・・暫く見学に来てみてはどうですか?」
「あぁ・・はい。多分、そうなると思います。」













数時間ほどして、練習が終わると、流川がの所へとやって来た。


「お疲れさま。」
「あぁ。」


其処でまたお互いの頬にキスを贈る。


「てめーは!何ちゅっちゅちゅっちゅやってんだ、キツネ!!」
「・・・別に。」
「桜木花道。これはいつものことだから突っ込んでたらキリが無いわよ。」


ほら、二人とも着替えてらっしゃい!


そう言うと、桜木は「ぐ」と唸り流川を睨みつけると更衣室へと向かった。
流川もそれに続く。


「じゃぁ、私は片付けしてくるから、流川が来るまでここでゆっくりしてて。」「はい。有り難うございまーす。」


手を振ってボールを集め始めた彩子を見て、晴子は意を決するとの方へと向かった。
はバッグから取り出した小説を読んでいたが、人の近付く気配に顔を上げる。


「あ。えーと・・・」


自己紹介をしていなかった。と名前が分からずにどうしようかと思うと、晴子が口を開いた。


「赤木晴子です。」
「ふぅん・・マネージャー?」
「あ、ううん。サポーターなの。えぇと、隣、良いかな。」


はにこりと笑って「良いよ」と答えた。


「それで、どうかしたの?」
「え?」
「さっきから何か聞きたそうな顔してる。」


ほら、とは言う。


「あ・・・あの!」


変に声が大きくなって晴子は顔を赤くした。


「流川君と付き合ってるの!?」


問われてはきょとんとした。
そして首を傾げて考える。


「・・・違うよ。」


うん。違う。とはもう一度呟いた。


「え、じゃぁ何で・・・」
「楓とは幼馴染みで、うん、家族みたいなものかな。」


いや、家族でもほっぺにちゅうは無いだろう。と思ったが晴子は「そうなんだ」とほっと胸を撫で下ろした。


「赤木さんは楓のこと好きなの?」
「え!?」
「うーん、楓かぁ・・・彼女はいないよ。って今まで一人もいなかったなぁ・・・。」


そうなんだぁ。と晴子は嬉しそうに呟いた。


「一つだけ助言するけど。」


それに晴子は期待に満ちた目でを見る。
そんな大したことじゃないんだけど、とは苦笑しながら口を開いた。


「あんまり騒がれるの好きじゃない・・ってか嫌いみたいだから、きゃーきゃー言わない方が良いと思うよ。」
「え・・・」


それは無理だ。と心の中で呟いたとき、流川が更衣室から出て来た。
そしてすたすたとの方へ行くと、を抱き上げる。


「帰る。」
「はーい。じゃぁ、またね。」


はひらりと手を振るが、流川は晴子には一目もくれずに背を向けて歩き出した。


「今日の晩ご飯、すき焼きだって。」
「そーか。」
「デザートにケーキ買って行きたいな。」
「ん。」


二人の話す声が遠くから聞こえる。
ほっとしたのもつかの間、晴子は顔を暗くした。


(付き合ってないって言ってたけど・・・付き合ってるようなもんだよね。)


1ヶ月、流川と部活で顔を合わせているのに、あんなに優しく笑うのも初めて見た、と晴子は更に沈む。


(ううん!でもまだ付き合ってないんだもの!)


私にもチャンスはある筈!と奮い立たせ、晴子は彩子を手伝うために立ち上がった。














こんな日常