休日、イヤホンから音楽を聴きながらバスケの雑誌を見ていると、耳が何かの衝撃に痛んだ後、それが聞こえなくなった。
つまるところ、イヤホンを強引に取られたということだ。
こんな暴挙を彼にする人物など1人しかいない。


「てめぇ・・・」
「お茶しない?」


低く怒ろうとするも、その言葉に、楓の怒りは急速にしぼんだ。


「ついでに、その後晩ご飯。」


それは行くしか無いだろう。
楓はすっくと立ち上がった。


「着替える。」


そう言って背を向ける彼に、結花は押さえきれない様に笑い始めた。







彼女は大学生シリーズ






お茶しない、と結花が楓に言う場合、それはとある場所に行くことをさしている。
ついでにその後ご飯、と言う場合は、それは彼女を交えての外食をさしている。


「あれ、また来てくれたんだ。」


笑顔で出迎える彼女は、はっきり言って凄く可愛い。
ぐっと拳を握りしめて、衝動に走ろうとする自身を押さえた。


「楓が気に入っちゃったみたいで。」
「オイ。」


余計なことは言うな、と目で訴えると結花はわざとらしく口笛を吹いた。


「あ!案内するね。」


立ち話をしていると、通りすがりの店員が苦笑しながら「さん」と声をかける物だから、は慌てて二人を席へと案内した。
楓はさり気なく声をかけた男の店員を見る。


(俺の方が勝ってる)


少し、自分と彼を比べてそう落ち着くと、用意されていた水に手を伸ばした。


「あー、彼ね。同じ大学の久我君。がここのバイト初めた数ヶ月後に入って来たんだっけなぁー。」
「ほぉ・・」


それを聞いた瞬間、楓の目は鋭くなり、A君を睨みつけてやろうとその姿を探す。
そして視線を巡らせていると、注文を取りに行こうとするに何か声をかけているのを見つけてさらにその顔は凶悪になった。


「・・・楓、分かり易過ぎ。」
「・・・注文。」


結花は溜め息をついて、手を上げた。


ー!注文お願いー!」


はその声に振り向くと、にこりと微笑んで「いま行くー!」と答えた。
名指しで言われるのに最初は恥ずかしさを感じていただが、何せここでバイトを初めて以来、訪れる結花には毎回このように呼ばれているのだからいい加減慣れる。
周りも寛大で、それが受け入れられているのだから良いバイト先なのかもしれない。


「何時上がり?」


注文を言いながら結花が尋ねる。


「んー、実はあと10分もないかな。結花と楓君っていっつも良いタイミングで来るよね。」
「そりゃぁ、のバイト時間くらい把握してますから。」


月曜日、結花は決まってに一週間のバイトのスケジュールを聞く。
楓からしたら、姉が其処まで彼女のスケジュールを把握しているのを実感する度に、何とも言えない敗北感を感じるのだが、その恩恵に預かる身の今では何も言えない。


「じゃぁ、また後でね。」


そう言って背を向けた彼女の背を眺めて、やっぱり楓は「短ぇ・・」と小さく呟く。


「またそれ?」


呆れたように言う結花に楓はむっと眉を寄せた。


「ああいうのを着てるから悪い虫が来る。」
「あー、まぁ、って若干ここの看板娘的な感じだからね。いいじゃない。可愛い証拠!」


そう言っていると頼んだカフェラテが出て来た。
持って来たのはさっきの男性店員。


「久我くん、大学じゃ全ッ然会わないのに、此処では良く会うねー。不思議。同じ学科なのに。」

余談だが、実はと結花は学科が違う。それなのに、と結花は授業も半分程一緒に取っているし、授業以外でもよく一緒にいることから、仲の良さが伺えるだろう。
楓にとっては味方にすると心強い反面、何かとやり難い相手なのだ。この姉は。


「流川さんが此処に入り浸ってるからだろ?」


成る程、爽やかな制服がよく似合う爽やかな青年だ。
しかしながら、敵にしか映らない青年に楓の視線は厳しい。


「弟さん?最近よく一緒に来てるよね。」
「そうそう。これからと遊びに行ってディナーなの。羨ましいでしょ。」
「相変わらず仲良いな。ハハ・・。」


苦笑して、久我君は去って行った。
その背中には若干の哀愁が感じ取れた。
























3人で帰る時、いつも3人で流川宅前まで行き、そこで結花を家に帰して、そして楓がを送る。
それは、時間が遅くても遅く無くても同様だ。


「しっかりを送って来るのよ!」


最初は結花もを送っていたが、最近はようやく空気を読んで先に家に帰るようにしている。
それが有り難いには違いないのだが、家に入る瞬間、にやりとして自分を見て来るものだから意識してしまう。


「この前の練習試合」


歩いているとが思い出した様に呟いた。


「凄く良かった。」
「・・・負けたけど。」


少し拗ねたように言うと、隣でが笑う空気が伝わる。


「なんだか、楓くんが凄く一生懸命で、格好良かったよ。」


何も気負うことなく言われた言葉にかっと顔に熱が集まるのを感じた。
全く、この人はこういう風に、唐突にこういう照れることを言う。と、楓は頬を掻いた。
他意は無いのだ。彼女に取っては。


「応援も、結花といっしょに思わず叫んじゃった。」
「次は、勝つ。」


瞬間、あのへらへらした陵南の男の顔が浮かんで、即座に頭の中でボールを奴の顔に投げつけておく。
ちょっとすっきりした気がして横を見下ろすとはにこにこと笑っていた。


「なんかさ、きらきらしてるよね。楓くんも、仙道くんも。」


そう言われて、楓は自分の手をひっくり返したりして見てみる。
何の変哲もない、ごつごつとした手だ。


「うーん、そういう意味じゃなくてね。生き生きしてるってこと。真剣さも熱気もこっちまで伝わって来てちょっとどきどきしちゃった。」
「・・そーか。」


何と返して良いか分からずに、相づちを返した。


「次は来月、練習試合があるから、来い。」
「え、良いの?」


頷くと、は嬉しそうに頷いた。


「私も、何か部活やっとけばよかったなぁ。体育系。」


そういえば、彼女は結花と同じく帰宅部だった。


「うーん、私も何か運動したくなってきちゃった。バスケのサークルにでも入ってみようかな。」


そう言った瞬間、楓は駄目だと首を横に振っていた。
サークルに入ると言う事は時間を他に割かれるということで、真っ先に自分が会うことが出来る時間が減る。そして悪い虫が更につき易くなると瞬間的に思った時点で、勝手に動いた首。


「だめなの?」


なんで?と首を傾げられるものだから、う、と言葉を詰まらせた。


「・・・バスケなら、俺が教える。」


何か、いい言葉は無いだろかと探した結果、出て来たのはそれだった。
思わずついてでた言葉だが、それには顔を輝かせる。


「いいの?」
「おう。」


頷くと、は笑って「ありがとう」と礼を言った。


「実は、楓くんに教えて貰えないかなーって思ってたんだ。でも、ほら、部活急がしそうだしやめておこうと思ったんだけど・・・。」
「日曜の午後、部活ない。」
「分かった。バイト入れないようにするね。・・・あ、結花も・・」
「あいつは、いー。」


出かけるとき、というか、と会う時100%一緒にいる結花。
楓としては、そろそろ姉の存在なしに彼女と会えるようになりたい。


「じゃぁ、よろしくね、楓くん。」


思いがけないこのチャンスに楓は悟られないように心の中でガッツポーズをした。







小さな一歩



2013.5.27 執筆