それは、台風のような天気の日のことだった。
ごうごうと風が吹き、庭にある木が可哀想な位しなっている。たまに光る空と、少し後に轟く音は雷だ。
テレビではニュースキャスターが速報を流している。


「あーあ、折角の土曜なのになぁー。」


初夏。夏物の服をいくつか見に行こうと思っていたのに、これでは外に行く気が全く起きない。
ごろごろ、とひときわ大きな音が鳴って、何かが落ちるような音。
余りにも近い音に、びくり、と肩を揺らすと、電気が落ちた。
まだ夕方だが、厚い雲が空を覆っている為薄暗い。


「停電?やだなぁ。」


はぁ、とため息を付くと、ぱっと電気がつく。
その直後、がたん、と隣の部屋から大きな音が聞こえてきた。
隣の部屋、そこはの兄の部屋だ。とは言っても、彼はほとんど日本に居ない為、誰かがいる筈が無い。
掃除の為、人が入ることもあるが、こんな物音を立てるようなことは無い。
掃除をしていたところ、いきなり電気が落ちたからびっくりして何か落としてしまったのだろうか。


「暇だし、見に行こーっと。」


はそう呟いて兄の部屋に向かった。













お嬢様シリーズ #3














部屋をのぞくと、そこには見慣れない男が2人立っていた。
は首を傾げる。


「新しい使用人?にしては変な格好・・ってわわわ!」


迷彩柄の忍者が着るような服を着た男はの首根っこを掴むと部屋に引き込んで、ドアを閉めた。いつのまにか首筋には苦無が突きつけられている。
まさか、家の中で不審者に会うとは思っていなかったは目をぱちぱちとさせた。


「さ、佐助!このような女子に乱暴はならん!」
「って言ったって、怪しいじゃん、この子。俺達を誘拐したのかもよ。」


そうしてじ、と見下ろされては眉を寄せた。


「誘拐?私が、あなた達を?なんで?」
「そんなのこっちが聞きたいね。」


抵抗しようかと思えば出来るが、この部屋は兄の部屋だ。
ここを荒らすと後々、大変面倒くさいことになる。


「あのー、なんか、良く分からないんだけど、君達、不法侵入?物取り?よく入ってこれたね。」
「だから、そっちが誘拐したんじゃないの?どうやったかは知らないけどさ。」


訳が分からない。はため息をついて、2人を眺めた。
随分と珍妙な格好をしている2人だが、顔はなかなかのものだ。顔はいい癖に犯罪者か。惜しいな。
そんな事を思っていると、ドアが開いた。

2人は驚いたようにはっとして鋭い目つきでドアに視線を向ける。


「・・・男を連れ込むとは、中々面白いことをするようになったな、。」


は迷彩服の男に刃物を向けられている状態なのに、どうしてまたそんな事を言うのだろうか。連れ込むというよりは押し入られたと言う方がしっくりくる絵だというのに。


「が、男は選べ。女に刃物を向けるような奴は碌な奴じゃない。」


そう言いながらクロロはナイフをと迷彩服の男と赤い服の男、つまるところ部屋の中にいた3人全員に向けて放った。
まさか、人質をとっているにも関わらずためらい無くナイフを投げてくるとは思わなかった佐助は目を見開いた。
その隙には佐助から苦無を取り上げると、それでナイフを弾く。


「ちょっと!何で私にまで!!」
「そんな男に捕まるように育てた覚えは無い。教育の一環だ。」


クロロは本(スキル・ハンター)を持つと、ぺらりと捲って、反対側の手を動かした。
すると、の身体は見えない手につかまれたように浮き上がり、クロロの横を通りすぎて廊下に放り出される。


「さて、と。冗談はこの辺にしておいて、何者だ。」
「それはこっちの台詞なんだけどねー。」


はは、と笑いながら佐助は苦無を取り出した。




クロロに廊下に放り出されたは文句を言ってやろうと思ったが、すぐにクロロと不審者が争い始めた為、自分の部屋に引っ込んだ。
兄の部屋で暴れるのは恐ろしい。更に言えば、クロロと誰かが争っているのに巻き込まれるのは御免被りたい。

部屋に戻ると、相変わらずニュースでキャスターがこの荒れた天気について解説している。


「・・・にしても、静かだなぁ」


てっきり隣でどんぱちやる音が聞こえるかと思えば、そんな事は無く静かなものだ。
それでも、は別段驚かない。相手にしているのがクロロだからだ。彼は本当に同じ人間か怪しい位様々な有り得ないことをやってのける。

彼女の予想通り、暫くしてクロロは2人を引きずりながらの部屋にやってきた。
佐助の右頬は青く腫れており、幸村の頭にはたんこぶが一つ出来ている。


「あれ、珍しいね。服、破れてるよ。」


対するクロロも無傷とは行かなかったようで、燕尾服の端が所々切れたり、焼けていたりする。


「あぁ、少し油断した。」


無表情で応えたクロロは、2人を放り投げての前に正座させた。


「こいつらの名前は真田幸村と猿飛佐助。自称戦国時代の武将と忍だ。」


は持っていた紅茶の入ったカップを落としかけた。



















「あ!幸村さん!それ、私のスコーン!!」
「はっ!申し訳ござらぬ!!」


お皿に並べられているスコーンは一瞬のうちに幸村の口の中に消えてしまい、は悲鳴を上げた。


「あ、あまりにも美味で、つい・・・。」


ばつの悪そうな顔をする幸村にはため息をついてクロロを呼んだ。
すると、すぐに部屋に佐助を連れて(引きずって)現れた。


「スコーン、幸村さんが全部食べちゃった、から、おかわり。」
「あーもう、旦那ったら、ちょっとは遠慮してよ!!」


佐助もクロロと同様に燕尾服を着せられている。
彼は今、クロロの小間使いとして絶賛研修中だ。


「佐助、10秒以内に新しいスコーンを取って来い。」


文句を言いたいところだが、出会い頭にぼこぼこにされた上、その後文句を言おうものなら遠慮なく拳や足が出てきて酷い目にあった為、ぐっと黙ると、佐助はその場から瞬時に姿を消した。
まぁ、そもそもスコーンを一瞬で平らげてしまったのは彼の主である幸村なのだから、文句など言えるはずが無い。

「あ、それで、この2人を元の世界に返す方法、分かりそう?」
「いや、まだだ。」


面倒くさそうに言うクロロに、幸村は益々申し訳無さそうに身体を縮こまらせた。


「某も、佐助のように何か手伝いを・・・」


言いかけた幸村は、クロロに睨まれて口を噤んだ。
確かに、当初は佐助同様この家の使用人として使おうとしたものの、見るもの触るもの全てが新鮮に感じる幸村は、それについて一つ一つ騒ぎ、その勢いで物を落とし、取り合えず、目も当てられない状態だったのだ。
その為、クロロが幸村に命じたのは”何もするな”だった。


「し、しかし、何もせずにここに置いて頂くのも心苦しく・・。」


めげずに、気を取り直して再び言うと、クロロは顎に手をやって考えるように幸村をじろじろと見た。


「そうだな・・・じゃぁ、の特訓に付き合ってやれ。佐助程度に捕まってるようじゃ、話にならない。」
「あはー、俺様、一応凄腕の忍なんですけど・・ってあわわ、口が過ぎました!!ごめんなさい!!!」


音も無くスコーンを持って現れた佐助に、クロロは彼に視線も向けずにナイフを放った。
そして、思い出したようにゆっくりと懐の懐中時計を取り出す。


「・・・48秒。10秒以内に取って来いと言ったはずだが。」
「・・・鬼。」


ぼそ、と言うと、今度は回し蹴りが飛んできて、慌てて佐助は避ける。
スコーンが落ちていないのにほっと息をつくと、それをテーブルの上に置いた。これでスコーンを落とすようなことが在れば、火に油だ。


「佐助、お前も苦無の扱いを教えてやれ。」
「斯様なおなごに、戦い方を、でござりまするか・・・。」


クロロは頷いて見せた。


「ちょっとクロロー!何勝手なことを・・!!」
「口ごたえは俺に勝てるようになってからしろ。」
「そんな無茶な!!」


佐助は可愛そうなものを見るような目でを見た。


「・・・ちゃん、この人って一応、ちゃんの従者、だよね。」
「佐助!それは言わないで!へこむから!!」


叫んだはスコーンを引っつかむと口の中に入れた。やけ食いである。
しかし、その額に本が直撃し、のけぞったは咽た。


「行儀が悪い。」
殿!大丈夫か!?」


慌てて幸村は紅茶を手渡し、痛みに滲む涙をこらえつつ、はそれを飲み干した。








自称戦国武将と忍



2013.7.9 執筆