今日も今日とてクロロにたたき起こされたは勢い良く布団の中に潜り込んだ。
いつもなら一旦目を覚ますと観念して起き上がるのだが、今日は往生際が悪い。
「起きろ」
「・・・頭とお腹が痛いから今日は休む!」
元気良く返事をするにクロロは笑みを深くすると布団を剥ぎ取った。
布団にしがみついていたは身体が浮き、どさり、とベッドに落ちる。
「成る程。今日は持久走だったな。」
ぎくり、と身を強張らせるのをクロロは見逃さない。
「・・・水浸しになるのと、逆さ吊りにされるの、どっちが良い」
なんでこんなのが私の執事なんだろうか。嘆きながらもは渋々布団から出た。
お嬢様シリーズ #2
別段、は運動が苦手な訳では無い。というか、むしろ、昔からクロロに扱かれていたのが功を奏したのか何なのか、得意分野に一応入る。
では何故持久走があるが故に学校を休もうとしたのか。
それもまた、クロロのせいなのだ。
数十名の女子生徒が走る中、その集団をはるか遠く引き離して走るのは神楽との2人。
「私のスピードについてこれるのはだけネ!負けないアル!」
「今日くらい勝たせてよ、神楽。」
クロロは完璧主義者だ。故に、彼の主であるにまでそれを求めるきらいがある。
「嫌ネ!」
テストでも体育の授業でも、何でも1番じゃないときっついお仕置きが待っているのだ。
この前のテストでは僅差で跡部に破れ、平日だけではなく休日返上で勉強し続ける羽目になったし、その前に護身術の授業で神楽に敗れた時も同じく護身術のレッスンという名の虐待に合う羽目になった。
今回これでも神楽に負けたら、休日返上で一日中走らされるのだろうかと考えると空恐ろしい。
「私も負けられないのよ、平和な休日の為に!!」
ごめん!とは叫んで、神楽を蹴り飛ばした。
しかし、こう来るであろうと予想していた神楽は見事なまでに綺麗に着地すると、地を蹴る。
「覚悟ォォオオオ!!」
そして何処から取り出したのか、傘の先端をに向ける。
「げ!」
当たり前だが、は丸腰だ。あんな凶器を持ち出されたら分が悪すぎる。
「クロロー!ナイフちょうだい!ナイフ!!」
そう叫ぶと前方から小刀が飛んできて、それをキャッチすると、向かってくる傘という名の凶器をそれで受け止める。
相変わらずの馬鹿力に苦しげな声を漏らすが、此処で負けるわけにはいかない。
「今日は、負けない!」
と意気込んだものの、これまた僅差で神楽に負け、の週末は地獄の特訓でつぶれることが決定した。
その日、家に帰ると、すぐにぺらりとプリントを一枚渡されて、はがっくりと肩を落とした。
「平日60Km、休日500Kmって、殺す気か!」
「人間、理論上は時速56Kmから64Kmまで走れるらしい。あぁ、ちなみに俺は時速100Kmだ。」
「理論上の最高速度超えてるじゃん!」
やっぱりこの人人間じゃなかったんだ、と胡散臭そうにクロロを見ると、彼はくつくつと笑った。
「大丈夫だ。なら時速70Kmくらいはいける。良かったな、お前も晴れて人外だ。」
「嬉しくない!」
クッションを力任せに投げると、いつぞやのごとく、細切れにされて、中の上質な綿がふわふわと舞った。
「それに書いてある通り、今週末は午前中は走って午後はピアノのレッスンと数学の授業。この前の小テスト、またあいつに負けてたからな。」
あいつとは、言わなくても分かるだろう、跡部だ。
「・・・・泣きたい・・・。」
「そうか。ということだから今から走ってこい。」
そう言って投げつけられたのはランニングウェアで、本当に涙が出そうになった。
が、泣くわけにはいかない。それこそクロロの思う壺だ。
「鬼ー!」
返事の代わりにナイフが飛んできて、は前髪をばっさり切ることになった。
軽くなった前髪を撫で付けながら走るの横では、悠々とクロロがタブレットを手に電子書籍を読みながら走っている。
1人で行くというのに、もう暗いから危ないなどと、こういうときだけ彼は執事らしく振舞う。
それにしてもひいひい言いながら走る自分を嘲笑うかのように楽しげに本を読みながら走る彼にはそろそろ殺意が湧いてくるというものだ。
「疲れた!」
「たった1時間で走れる距離のくせして、何を甘えた事を言っているんだ。」
そう言いながらもクロロの視線はタブレット端末に落とされたままだ。
「・・・!(確かに1時間で走りきりそうで自分が怖い)」
時計を見ると、彼の言うとおりで、ぶるりと身震いをする。
今思えば、クロロが屋敷にやってきたのがが5歳の時。それまでは平々凡々とちょっと豪華な暮らしを楽しんでいたというのに、そこから自分のこの苦行が始まったように思う。
その時クロロも若かっただけに、今以上に容赦が無かった。そんな年端も行かない子どもに対して今以上に容赦ないって人としてどうなんだろうか。
だが何故か当時からクロロに絶対的な信頼を置いていた両親はの教育を彼に任せ、その結果がコレだ。
「うっうっ・・・涙で前が見えない・・・」
「それは汗だ。」
走りながら乱暴にタオルで汗を拭うクロロに、涙に決まってるでしょ!と叫ぶものの、彼は何処吹く風。
結局ほぼ1時間で家に辿りついたはぐったりと倒れこもうとしたものの、そのまま引きずられて風呂に放り込まれて、その後、食事を取ると、ハンター語だなんていう、どこで使えるのか全く分からない言語を勉強させられ、長い1日を終えた。
ある日の出来事
2013.6.28 執筆