財閥と言えば、江戸時代の呉服屋を起源とし、明治維新後には銀行・貿易会社を設立し拡大を続けてきた由緒正しき、日本の財閥の一つである。
6代目当主は妻の出身地であるイギリスに居ることが多く、長男もまた、イギリスの学校に通っている。

では、日本にある本邸はもぬけの殻かと言われるとそうでもない。

中学生である長女は1人本邸に残り、日本の中学に通っているのだ。
そして、本邸を牛耳る、1人の有能な執事が彼女を支えている。名前を、クロロ・ルシルフル。

前職は盗賊という、何とも変わった経歴の持ち主である。


「・・・、いい加減起きろ。」


その執事殿は米神を引きつらせながら布団を剥ぎ取った。
中にいた少女はびくりと身体を揺らすものの、未だ起きない。
ため息をついて、いつの間に出したのか、左手にある本をぱらぱらと捲り始めた。

すると不思議なもので、は危険を察知して飛び起きた。


「なんだ、起きたのか。」


少し残念そうに言うクロロの手にあるものを見て、はきっと目を吊り上げた。


「ちょっと、起こすくらいでそんな物騒なもの使わないでよー!!!ばかー!!!」


そう言いながら枕を渾身の力で投げるものの、それはクロロに届く前に細切れにされてしまう。
枕の中から出てきた羽毛がひらひらと舞って、思わずはくしゃみをした。


「全く、この枕で2932個目だぞ。物は大切にしろ。」
「・・・毎度、その枕を刻んで使えなくしてる張本人はクロロでしょ。」


疲れたように言って、は立ち上がった。


「朝食が冷める前に行きますよ、”お嬢様”」


急に別人のように言うクロロに、は嫌そうに眉を寄せたが、差し出された服を受け取るとクロロを部屋から追い出した。













お嬢様シリーズ #1



















都内某所にありえない程の敷地を持つ中高大一貫の学校がある。
もっとも、大学については別のキャンパスを構えている為、実質的には中高のみがこの場所に集まっているのだが。

言わずもがな、その学費は呆れる程高い。そしてこの学校の一番の特色とも言えるのは、一部の学生について”執事”が付くのを許している点だろうか。
勿論、特待生がいる以上、生徒全員に執事がついている訳ではない。むしろ、数は少ない。

家柄、素行、成績を総合的に評価して与えられる、ランクというものが存在するのだが、そのランクがSの生徒についてだけ、執事をつけるのを許しているのだ。


「やぁ、、クロロ。おはよう。」


朝からさわやかに挨拶をしに来たのは、クラスメートの神威だ。その後ろには彼の執事である阿伏兎が控えている。
神威の視線は相変わらずクロロに向いている為、は短く挨拶を返すと、携帯を弄り始めた。


「今日も良い天気だネ。どうかな、朝から一戦・・・」
「断る。」


間髪入れずにそう応えたクロロは、神威をすっかり無視して、の持つ携帯を取り上げた。


「歩きながら携帯を弄るな。みっともない。」
「あ!」


取り返そうと手を伸ばすが、いかんせんクロロは大分背が高い。
すぐに諦めると、ため息をついて神威を見た。


「もうちょっと食い下がってよ、神威。」
こそ君の執事に俺と戦うように言ってやってヨ。」
「やだよ。」
「・・・いっそのこと、を誘拐したら戦ってくれるかな、彼。」


つん、と顔を背けると不穏な言葉が聞こえてきて、は顔を歪めた。変わり者が多いこの学校ではあるが、其の中でも彼は結構変わっている。


から離れるがヨロシ!!」


そして彼の妹も揃って大分変わっている。
クロロから手を引かれて、後ろに下がると、神威に向かって飛び上がったその妹である神楽が足を振り下ろした。


「神楽。邪魔するなよ。」


双子はもっと仲が良いと思っていたのだが、この2人は破滅的に仲が悪い。
胎児の時から元気に蹴りあっていたというのだから、母親の腹の中でどうやって仲が悪くなったのか不思議だ。


「・・・付き合ってられん。行くぞ。」


呆れたように兄妹喧嘩を始める2人を一瞥して、クロロがの背を押すので、大人しくそれに従う。
2人が喧嘩を始めると例外なく回りの物が壊れる。道路にしろ、塀にしろ、通行人にしろ。
それでも学校側が文句を強く言えないのは、やはり2人の家柄だろう。


「止めなくて良いの?」
「俺が止めなくても、あいつが行くだろ。」


視線の先にはこっちに向かって来ている風紀委員の少年がいた。
相変わらず旧制服である学ランを靡かせて、手には黒光りしているトンファーを持ち、目は楽しそうに輝いている。
彼もまた、個性の強いクラスメートの一人だ。


「・・・この学校って、良家の子息息女が集まる名門、っていう認識なんだけど、合ってるよね。」
「間違っては居ないな。」


こうして、の一日は始まる。



















「あ、おはよう、さん。」
「おはよう。」


席につくと、先日転校してきた少年が挨拶をしてきた。
彼は、このクラスでは珍しく常識というものを持っている少年だ。


「今朝も凄かったね、兄妹喧嘩。」
「あ、沢田君も見てたの?」


ツナは苦笑しながら頷いた。


「でも、沢田君こそこの前凄かったじゃん。いきなりパンツ一丁になって・・・」
「わー!さん、その話は忘れて!」


慌てて声を荒げるツナには笑った。
こんな普通の少年に見えるツナだが、彼の執事からは”十代目”と呼ばれている。なんと、彼はイタリアにあるとあるマフィアの十代目らしいのだ。


「皆席につけー、朝のHRをはじめるぞー。」


間延びした声でそう言いながら入ってきたのは担任の坂田銀時。その後ろからは副担任のリボーンも入ってくる。


「ってことで、会長、後よろしく。」


やる気の無い銀時は出席簿と連絡事項の書かれた紙を一番前の席に座っている生徒会長兼クラス委員長に渡すと、彼はそれを舌打ちしながら受け取った。


「まだ来てねぇのは、神楽と神威と雲雀か・・・。」


そう呟きながら彼は立ち上がり、教卓の前に進んだ。


「今日の連絡事項だが、まず1点目が文化祭についてだ。お前ら、3ヵ月後に文化祭があるのは知ってるな。樺地。」


高らかに己の執事の名を告げると、樺地は立ち上がり、さらさらと黒板にチョークを走らせる。


「開催日・場所は黒板に記載されてある通りだ。で、当然だが俺達のクラスも何か出し物をする必要がある。」
「・・・たりィ・・・。」


ぼそり、と呟いた言葉に、跡部はじろりと声の主を睨んだ。


「サソリ、今回の出し物でもっとも売り上げが高かったクラスには、金一封と理事長が保持している三村五右衛門作の”烏”が贈呈される。」


其の言葉にサソリの目の色が変わった。
そんなものを欲しがる人はサソリをのぞいて中々居ないと思われるかもしれないが、ここには旧華族の人間も数多く通っている。
確かに欲しがる人が少ないには少ないが、欲しがる人から見れば喉から手が出るほど欲しい代物だ。
そして、そういうものを欲しがる者は大抵文化祭なんてものに興味を示さない。
それを考慮して毎年こういうニッチを狙った副賞が一つ用意されるのだ。


「てめぇら、気合いれてやるぞ。やる気のねぇやつは俺が人傀儡にして働かせてやる。」

(何この危ない人ー!目が本気なんだけど!!!)


びくりと身体を揺らしたツナには苦笑しながら小声で話しかけた。


「まぁまぁ、大丈夫だって。脅してるだけだから。」
「お、脅すって・・・」


文化祭ごときで何故脅されなきゃいけないんだ、と心の中で悲鳴をあげるものの、クラスのメンバーは慣れているのか、文句を言う人は1人もいない。


「とりあえず、暫くは放課後の時間を使って勧めていくことになる。明日の放課後までに各自何をやるか考えとけよ。・・・次、2点目だが、もうすぐ中間考査が始まる。2教科以上赤点のやつらは暫く部活への参加が禁止になる。部活に杯っていようが無かろうが、俺様のクラスから2教科以上赤点の生徒を出すなんて無様な真似をするつもりはねぇ。」


手元の紙から顔を上げた跡部はその視線をツナに向けた。
ひぃ!と悲鳴を上げて縮こまるツナの横でぎろりと獄寺が跡部に対抗するように彼を睨みつける。


「沢田と、あとまだ来てねぇが神楽については俺様が直々に補講を開いてやる。有り難く思えよ。」
「あぁ!?てめぇ何様だ!十代目はやれば出来るお方!赤点なんて取るわけがねぇだろ!!」
「ちょ、ちょっと、獄寺君!」


反論する獄寺に跡部はこれ見よがしにため息をついた。


「そこまで言うなら、沢田には来週小テストをする。それで8割以上取れれば補講は無しだ。」
「はっ、やってやるよ!頑張りましょう、十代目!」
「あ、う、うん・・・。」


いつものことだが、温度差の激しいこの主従を横目に、は欠伸を一つした。
すると、テーブルにコーヒーが差し出される。


「ありがと。」


口の悪ささえなければ有能な執事は其の言葉を聴いているのかどうなのか知らないが、再び本に視線を落とした。




「あー、今日も朝から良い運動した。」
「ったく、また遅刻じゃねぇか!いい加減にしろよ、このスットコドッコイ!」


ずるずると引きずられるような音と、男の罵声が廊下に響いてクラスにも小さく聞こえてくる。


「また馬鹿兄貴のせいで遅刻ネ。ほんと、いい加減にして欲しいアル。」
「・・・嬢ちゃん、そう思うなら兄妹喧嘩すんなって。」
「あぁ!?お前、私が悪いっつってんのか!?」


2人の会話に加わる少女の声。間違いなく神楽だろう。


「遅ぇ!」


ようやくがらりとドアが開いて入ってきた3人に、跡部は開口一番そう言うと、阿伏兎に引きずられている神威を見て、米神を引きつらせた。


「神威、お前のことだ。怪我した訳でもねぇだろ。なんで引きずられてんだ。」
「疲れちゃったんだよ。腹が減って動けない。」


ふざけた回答に、跡部はぱちんとその指を鳴らした。
すぐに樺地が軽食を用意し、神威の席に置く。


「あ!ずるいネ!」


それに飛びつこうとする神楽の首根っこを掴んだのは、引きずられていた神威で、先ほど”動けない”などと言っていた癖に神楽を教室の外に放り出す。


「俺のだよ。」
「こんの、馬鹿兄貴ー!!!」


再び喧嘩になりそうな2人に、跡部は頭を押さえながら樺地に指示をして、神楽の机にも軽食を並べさせる。
一番の苦労人は意外なことに、跡部なのかもしれない。










舞台紹介



2013.6.16