その日、は溢れ出る涙を拭う事をせずにひたすら泣いていた。
隣ではリドルが溜め息をつき、正面では半兵衛が苦笑い。


「う”ー半兵衛ざんー」


鼻水まで垂れて来ているその顔に、半兵衛は手ぬぐいでぐいぐいと拭ってやった。
情けない、とリドルは口を開きかけて、やはり閉じた。


「せめて鼻水は出さないでくれ。君、仮にも女だろう?」
「だってー、半兵衛さんがいなくなったら、誰があの美味しいご飯作ってくれるのー!それに、リドルは半兵衛さんみたいに優しくおかえりって言ってくれないしー!」


何だと、とリドルは反論しかけたが、ぐぅと唸るに留まる。


「あれ、竹中半兵衛、もう帰るの?」


そう言って現れた佐助に、半兵衛はその目を向けた。
何も隠す気が無い佐助はいつもの迷彩柄の忍装束に身を包んで現れた。


「もう、来るなと言ったはずだが。」


そう言って刀を取り出す。


「おー、恐っ。」


そう言って、佐助はに目を向けた。
彼女は半兵衛に押し付けられた手ぬぐいでごしごしと顔を拭いている。


「あーあ、可哀想に。あんな可愛い子泣かせるなんて、中々罪な男だねぇ。」
「・・・君も暇人だね。」


そう言って、刀に手をかけようとするが、そこに、が突進した。それを難なく受け止める半兵衛だが、眉間には皺がこれでもかという位寄っている。


「半兵衛さん!ご飯食べに行くからね!!」


何処までも空気を読まない彼女に、佐助はやれやれと溜め息をついた。











Magic! #9













ちゃん、団子持って来たよ」


また来たか、とリドルは心の中で舌打ちした。
去り際に、あれだけ半兵衛に佐助には関わるなと言われていたのに、すっかり彼女は佐助に餌付けされている。


「佐助さん!」


やった!と嬉しそうに扉を開けるをリドルはやれやれと追いかけた。
そして胡散臭いこの男をじぃっとその紅い目で睨みつけると、それに気づいた佐助がにこりと笑う。


「前から思ってたけど、この猫変わってるよね。」


そう言いながらリドルを抱き上げようとするが、リドルはさっと身を捩っての肩に飛び乗った。


「目が赤いのも珍しいし、何より頭が良い。」
「ですよね!リドルの目ってすごい綺麗なんですよ、ほら!」


は嬉しそうにべりっとリドルを離すと彼の両前足の下を持って佐助の前に晒す。


、覚えてなよ・・・)


そう思っても彼女に届く筈も無い。


「なーんか、俺様、こいつに嫌われてる気がするんだよねぇー。」
(これだけ威嚇してて気づかない方が異常だけどね。)


そう言いながら佐助の伸ばした指を払い落として身体を動かすと、はあっさりとリドルを落とした。


「じゃぁお茶入れてきますね。リドル、喧嘩売っちゃだめだよー。」


そう言ってそそくさと奥への引っ込む彼女の姿を見届けて、リドルは溜め息をついた。
そして顔を背後に向けると佐助と目が合う。


「お前、本当に言葉が分かってるみたいだな。」


おいでおいで、と言いながらちょいちょいと指を動かすが、リドルはそれに呆れた様に溜息をつくだけ。
しかしながら、目を離す事はしない。
半兵衛曰く、武田の忍(腕は相当良いらしい)が軍医を探してのことだろう、とのこと。
監視する気かは知らないが、こうして現れたり、姿は現さなくても時折視線を感じたりする。
は全く気づいていない様だから暢気なものだ。


「ねぇ、教えてくんない?りどる君。」


今までは本気を出していなかったのか、その声が聞こえたと共にリドルを抱き上げた佐助に、リドルは舌打ちした。


「君たち、何者?」


目線を合わせて聞いて来る佐助は完全にリドルを疑っている。
厄介な奴だとリドルは嫌悪感を露にした。


















移動するべきだ、と突然リドルが言い始めたのは、佐助が帰ってすぐのことだった。
貰ったお団子の残りを冷蔵庫に仕舞おうとしていたは突然なんだと目を丸くしてリドルを見た。


「あの男は信用出来ない。面倒事に巻き込まれる前に、去るべきだよ。」
「あの男って佐助さんのこと?」


きょとんと聞き返したに、リドルは大きく頷いた。


「んー、佐助さん、そんな悪い人に見えないけどなぁー。お団子くれるし。」


そういうに、リドルの猫キックが炸裂した。
頬にめり込んだリドルのキックにはひどいと頬を押さえる。


「すっかり餌付けされて・・・いつも言ってるけど、君はもっと疑うってことを・・・」


と言いかけて、リドルは口を噤んだ。
客が来たのだ。


「誰かおらぬか」


その声に、は頬をさすりながら戸に向かった。
リドルは落ち着くように息を吐き出すと、棚の上に飛び乗ってが開こうとしている戸を眺める。
全く、最近はひっきりなしに人がやってくる、と心の中で悪態をついた。


「はーい、どうかされましたか?」


扉を開けた先には赤い着物姿の男性が1人。
余りここら辺では見ない、立派な恰好をした男性だ。


「う、うむ。お主がこの村の薬師か?」
「はぁ、一応薬師をやっていますが・・・。」


は目線で椅子をさして、座る様に促した。
男は部屋の中をきょろきょろと物珍しそうに見回しながら部屋に足を踏み入れる。


(悪い輩じゃなさそうだけど・・・)


最近佐助という厄介な来客がよく来るからか知らないが、新しい客にはどうも敏感になってしまう。
リドルは目を細めて男を見た。


「それで、お薬をお探しですか?」
「うむ。某の叔父上の腰痛が酷くて、ここの薬が良く効くと聞いて、伺った次第でござる。」


(ござるって!!)


思わずが手に取ろうとした羽ペンを取り落としそうになったが、それは堪えて、男を見た。


「腰痛、腰痛・・・んーと、その・・あ、御名前聞いて良いですか?」
「これは失礼した!某、名乗りもせず・・・。」


慌てて男は佇まいを直した。


「某、源次郎と申す。」
「源次郎さん、ですね。それで源次郎さんのおじさん・・・あれ、どうしたんですか。」


続いて必要事項を聞こうと続けたら、目の前の青年、幸村が顔を赤くしているのに首を傾げた。
その視線は、先ほどまで隠していたローブが少しはだけて露になった太もも。


「は、」
「は?」


ぱくぱくと口を動かして出て来た謎の言葉には復唱する。


「破廉恥でござるー!!!!」


出て来た大音量の声に、は思わず耳を塞いだ。
リドルもいきなりの声にびっくりしたのか尻尾が立っている。

反響する彼の声がようやく収まった頃、はぱちぱちと瞬きをした。

上手く状況が整理出来ない。何故彼は突然叫んだのだろうか。
そうして、彼が叫んだ言葉を思い出す。


「はれんち・・・?」


次いで、たどる彼の目線。
そこには自分の足があって。


「にゃぁ」


いち早く、理由に気づいたリドルがそう鳴きながらの膝に飛び乗った。
膝の上を移動しながらさり気なく魔法でローブで膝を隠すと、そこに身体を丸めて収まる。


「と、年頃のおなごが、そのように足など出して・・・!」


ようやく見えなくなった足に、少しだけ落ち着き直した彼は、それでも赤い顔のままそう言った。
そうは言われても、とはへらりと笑う。
今までこの恰好で此の世界の色々な人と接して来たが、こんな反応をされたのは初めてだ。


「とりあえず、お薬の話しして良いですか?」


どうしよう、と少しだけ悩んだ後、口から出て来たのはそんな言葉だった。







真田幸村、ご来店