はぱちぱちと目を瞬かせて半兵衛を見上げた。
彼女のこういう一つ一つのことに純粋に驚き、笑い、怒る所はきっと美徳なのだろうが、頼むから今は変な事を口走らないでくれと半兵衛は切に願った。
「へぇー、半兵衛さんって、軍師さんだったんだ。だから頭良いんだね。」
凄いなぁ、と呟きながらずずっとお茶を啜る。
佐助は絶えず注意を半兵衛に向けつつもその隣で暢気にお茶を啜っているを見た。
(この子が噂の薬師ねぇ・・・)
状況証拠からして、それは疑い用の無い事実なのだが、どうにも信じられない。
「それで、軍師さんって、どこの軍師さんなの?」
「豊臣軍だよ。」
半兵衛の代わりに答えたのは佐助で、と同じく暢気にお茶を啜っている。
「豊臣って豊臣秀吉っ!?」
はさらりと言われた言葉にびっくりと眼を見開いて思わず大きな声で言ってしまった。
「知っているのかい?」
意外だ、という目で見て来る半兵衛とリドルに、はむっと眉を寄せた。
「知ってるよ。刀狩りした人でしょ?あと、大阪城作った人!」
「刀狩り?」
なんだ、それ。と、疑問の声をあげた佐助。
こういう風に、彼女は突飛なことを言い出す。だがこいつの前では不味い。半兵衛はリドルに目配せた。
それをしっかりと受け取ったリドルは、流石空気を読むのが上手い。彼の目配せに顔を上げると、の指目がけて口を開いた。
「いたぁ!リドル!いたいよ!」
の指を思い切りがぶりと噛んだリドルはの膝からするりと躍り出て、すたたと奥の部屋に逃げ込んだ。
それを追っても立ち上がる。
「もう、リドルの馬鹿ー!」
がばたばたと出て行くと、すっかり静かになった部屋。
半兵衛は冷たく佐助を見据えた。
Magic! #8
佐助はごくりとお茶を飲み干して、湯のみを机に置いた。
さっきまでの和やかな雰囲気は一掃されて、ただただ冷たい緊迫した空気が流れる。
「あんな若いのに、薬からたい肥まで作っちゃうなんて凄いね。変わった服も着てるし・・・彼女、何者?」
「・・・ただの薬師だよ。悪いけどさっさと帰ってもらえないかな。」
探るような視線に、相変わらず半兵衛は冷たい。
(まぁ、竹中半兵衛がいることとその目的は確認出来たし、今日のところは良しとするか。)
全く音の聞こえて来ない奥の部屋と、明らかに怪しい彼女は気になるものの、佐助は立ち上がった。
「じゃぁ、また来るよ。ちゃんに宜しく。」
「二度と来るな。」
半兵衛の辛辣な言葉は聞こえたのか否か。
瞬く間に姿を消した佐助は既に部屋には居なかった。
(嫌な奴に見つかったな・・・。)
半兵衛は舌打ちをして、湯のみをお盆に乗せた。
自分がここにいることを知られたのも具合が悪いが、それ以上に彼女の存在を知られたのはまずかった。
(もし、仮にを武田に引き入れようとしたら・・・)
考えて、半兵衛はかぶりを振った。
リドルがいる限り彼の恐れる事態にはならないだろう。彼はよく自分たちの立場というものを分かっている。
しかし憂鬱だと溜め息をついてログハウスへと通じる扉を開けると、未だにリドルを追いかけているの姿。
「はぁ・・・君たち、何を遊んでいるんだい?」
治療を受け始めて丁度一週間。
随分と調子は良く、最近はすっかり発作も無い。
リドルの話しではあと数日で完治するだろう(飲み薬は継続して飲む必要があるが)とのこと。
(そろそろ、潮時か)
珍しく感傷的になっている自分を半兵衛は鼻で笑った。
から受け取った薬は、信じられない程良く効いた。
本当に効くか怪しいものだと思いながらも部下の擦り傷につけたところ、傷は1日で後も見えない程良くなった。
はっきり言って異常な薬だ。
(これが豊臣に渡ったとしたら・・・)
佐助はぎりと歯を噛み締めた。
そして、調べてみれば調べる程おかしい彼女の経歴。
村では、なんでも異国から日本に渡ったがすぐに両親が流行病で亡くなってしまい、身よりも無くあの村に流れ着いたと聞いている。
それを証明するものは一切無い。正直言って胡散臭いのだ。
(竹中半兵衛が噂を聞きつけて尋ねて来る程だから、腕は良いんだろうけど・・って、そうだよな。あの薬も信じられないくらい効くし)
また、明日にでも様子を見に訪ねてみるかと佐助は立ち上がった。
その背中に「さすけぇー」という遠くからかかる声と、どたどたと騒がしい足音。
己の主の登場だ。
「佐助!竹中殿が甲斐におるという話は真か!?」
「あぁ、旦那。ほんと。今から報告しに行こうと思ってたのよ。」
「なんと。竹中殿は甲斐に攻め入るつもりでござろうか・・・。はよぅ報告せぬか!」
息巻いて言う幸村に、佐助は「あー」と言い辛そうに頭をかいた。
「それが、そういう目的じゃなさそうなんだよねぇー」
その言葉と表情に、幸村は首を傾げた。
説明を求める顔に、説明を続ける。
「竹中半兵衛が肺を煩っていることは知ってるでしょ?どうやらその病を治しにうちの村の薬師の所にいるみたいなんだよねぇ。」
「病を治すため・・?」
その顔には疑問符が沢山浮かんでいる。
何故、そんな村はずれの薬師などに、と言いたいのだろう。
「そうそう。その薬師も調べて来たんだけど、凄いよ。彼女の薬を擦り傷に付けたら一日で完治。ちょっと凄過ぎて恐いくらい。」
「それは凄い!」
そう言って幸村は、はた、と気づいた。
彼女、と言う言葉に。
「彼女・・と言うことはおなごか?」
「それも、旦那よりも年下のね。」
幸村はその言葉に顔を輝かせた。
それを見て佐助は、渡さなくて良い情報まで渡してしまったことに気づく。
「なんと!幼いおなごが斯様な病を治す程の薬師とは、立派!」
あぁ、やはり。己は主にいらない先入観を与えてしまったようだ。
「しかし、何故そのような薬師が、そのような村におるのだ。」
問われるが、更にその先は答えたく無い。
答えたくは無いのに、興味津々の主はずずいと詰め寄って来るものだから、目を逸らした。
「佐助、話さぬか。」
佐助は諦めた様に溜め息をついた。
「・・・まだ真偽については調査中だけど、村人の話しによると、異国にずっと居たらしくて、少し前に両親とともに日本に渡ったものの、直後に両親が流行病で死亡。その後、身寄りの無い彼女が宛も無く彷徨っていたところ、あの村に辿り着いた、と。」
「そうでござったか・・・。」
途端、暗い顔をする幸村に、佐助は慌てて声をかけた。
「だから、まだ調査中!嘘かもしれないの!」
「う、うむ。そうであったな。」
そして次いで佐助を見つめる。
その、何かを強請る前の表情に、佐助はひくりと頬が引きつった。
「佐助、その薬師に会・・」
「だめ」
間髪入れず否定してくる佐助に、幸村はむっと眉を寄せた。
「この甲斐の国で、村人を救っている薬師に会いに行くのが何が悪いというのだ。」
こういう時だけ、彼は真っ当なことを言う。
普段は団子団子五月蝿いのに。
「まだ調べ終わってないしだめ。調べ終わったらね。」
「終わったら良いのだな?」
「あー・・・、まぁ、終わったらね。」
仕方なしに言った言葉に、幸村は笑顔で頷いた。
興味津々