「あ、半兵衛さん!サスケが!」


ごめんくださーい、と扉を開けた瞬間、目の前を通り過ぎた少女の発する言葉に佐助はどきりと心臓を弾ませた。
何故、自分の名前が、とどっきりしたものの、少女が追いかけているのは別の方向。


、サスケはリドルにちゃんと捕まえて手当させる。それよりも、お客さんだよ。」
「え、あ、ほんとうだ!」


少女はそう言って向こうの部屋から顔を覗かせた(扉があいているがこの位置からだと向こうの部屋の様子は少ししか見えない)。
聞こえて来た声は、確かにそれっぽい声・・・つまり、半兵衛っぽい声だ。


(しかも、最初半兵衛さんって言ってたし)


こりゃぁ当たりかもなぁ、と心の中で呟いてぽりぽりと頬を掻いた。









Magic! #7











佐助は、今、を目の前に椅子に腰掛けていた。
目の前に座るの服装はというと、いつもの制服に黒いローブ。


(成る程、変わった恰好をしている)


確か、村人は彼女が南蛮から来たと言っていた。だからだろうか。
そう思いながらさり気なく他のもの、例えば机の上の羽ペン等を見る。


「ふむふむ、それでお姉さんは凄い酷いあかぎれだ、と。」
「はい。そうなんです。」


はその羽ペンを持つとさらさらと何かをメモした。


「じゃぁ、ちょっと待ってて下さいね。」


そして、立ち上がると奥の部屋へと入って行った。
扉が開いた瞬間、とんとんとんと包丁で何かを切る音が聞こえて来たが、彼女が扉を閉めた瞬間、全く音が聞こえないことに佐助は眉を寄せた。
自分の耳は、自慢ではないが凄く良い。
それはもう、隣の家の奥さんの小言が聞こえるくらいに。


(後で忍び込んでみるか)


村人の話から、そして今の様子から、彼女が噂の薬師なのだろう。
自分が想像していた人物とはかけ離れた実物に若干面食らう。


(ていうか、そもそも男だと思ってた)


薬師というと男性、それも齢を重ねたひとを想像してしまう。
その両方を裏切った彼女は、一体何者だろうかと疑問に思うのは当然のことだろう。


「あぁ、すぐに薬は渡せるからこれでも飲んで待っていると良い。」


かたりと開いた扉から出て来たのは、自分の偵察する相手で、佐助はごく自然に部屋に現れた彼に必死に表面に出さないように驚いた。
戦で顔を合わせる際に顔を隠しているあの布は無いようだが、すぐに分かった。竹中半兵衛だ、と。


「ありがとうございます。」


半兵衛は、湯のみを机に置いて、佐助を見て止まった。
佐助は、笑顔のまま湯のみに手を伸ばす。
不自然さが無いように細心の注意を払っているが、相手は相当の曲者。ばれてもおかしくはない。


「君・・・」


すっと細くなる視線に、佐助はクナイに手を伸ばしかけた。
同じく、半兵衛も一応どこに行く際も忍ばせてある小刀に反射的に手を伸ばした。


「サスケー!!もう、半兵衛さん!サスケ!ぐるぐるまきにしたでしょ!」


だが、その二人の緊迫したムードを壊すかのようにが走って部屋に入って来た。
その手には、白い布でぐるぐる巻きにされて身動きを取れないでいるサスケの姿があった。


「・・・少し、大人しくして貰っただけさ。」
「もー!」


はそう怒りながらあっという間にサスケの布を取りはらってようやく一息ついた。
サスケはというと、ようやく自由になった身で、の肩に飛び乗って、半兵衛を見て威嚇する。


「へぇ、佐助のくせにこの僕を威嚇するなんて、面白いね。」
(・・・なぁんか引っかかる言い方だな)


ちらりと自分を見たのは見間違えではないだろう。
佐助は笑顔を絶やさずに内心悪態をついた。


「ほら、。そっちの猿に薬を渡さなくて良いのかい?」


佐助を目で指しながら言われた言葉には不思議そうに首を傾げた後、「あぁ!」と合点したように声をあげた。



「ごめんなさい、忘れてました。喜助さん。薬、渡しますね。」


ようやく思い出した薬の存在に、は慌ててそれを差し出した。
佐助も同様に、すっかり薬のことなど頭から抜けていて、話を合わせるように頷く。
そして、礼を言って薬を受け取った。


(こりゃぁ、凄い・・・)


つるつるとした手触りに、均一な薄さで作られている瓶。
薄い割に頑丈な感じが伝わるのだから不思議だ。
しかしながら薬は酷い色をしている。ますます不思議だ。


「・・・妙な詮索はしない方が身のためだよ。」


冷たい声に、佐助は何を言っているのか分からないとでも言う風を装って首を傾げた。
十中八九、ばれている。内心は冷や汗物だ。


、彼は僕が見送るよ。先に部屋に戻っておいてくれ。」


は言われてきょとんとして二人を見比べた。
半兵衛がこんなことを言うのは初めてのことだ。
客が来た時にたまにお茶を出したりしているが、それ以上のことは一切したことがない。


「知り合い?」


腕の中にいるサスケが、きき、と小さく鳴いた。


「まぁ、そうなるかな。」


完全にばれている、と佐助は溜め息をついた。


「いやー、参っちゃうなぁ。折角一応変装したのに。」


べりべりっと自分の顔を剥ぎはじめた佐助には「ひえぇ」と情けない声をあげた。
対する半兵衛は冷静なもので、を背に押しやって刀に手をかけた。


「え?えぇ!?」


なになに、この状況!と叫ぶとそろりと扉からリドルが入って来る。


、奥の部屋に・・・」
「行く訳ないじゃん!ここ、私の家!とりあえず穏便に話し合おうよ!!」


思わず手に力が入ってしまって、手の中のサスケが苦しそうに鳴いた。


「あ、ごめん、サスケ!」


それを聞いて、佐助が凄く嫌そうな顔をする。


「・・・お嬢ちゃん、一応聞くけどさ、その猿の名前って、もしかして・・・」
「え?サスケのこと?」
「へー、凄く良い名前だねー。」


きょとん、として聞き返すに、彼女は本当に何の他意もなくこの猿のことをサスケと呼んでいるのだと理解する。
とすれば、犯人は1人しかいない。


「猿の名前と言えば佐助しかないからね。僕がつけたんだ。」
「・・・相変わらず性格の悪いことで。」


とリドルは顔を見合わせた。


















まさか、ログハウスの方へ連れて行く訳にもいかないので、部屋は移さないまま部屋の真ん中の机と座布団が置かれているスペースに収まることにした。
サスケを肩にのせたままのの隣に半兵衛、そして二人の正面に佐助が腰掛けている。
リドルはの膝の上でじぃっと佐助を観察した。


「それで、目的は?」


だされたお茶に手をつけることをしないで、佐助は半兵衛に問われて苦笑した。


「正直に言うわけ無いでしょ」


最初から半兵衛は答えを貰えると思っていなかったのか、別段気にした様子も無く口を開いた。


「僕が此処にいる噂が流れて何故こんな所にこの僕がいるのだろうかと偵察しに来たところで、この村の薬師の話を聞いた君は、僕が肺を患っていることを思い出した。限りなく可能性は低いと思いながらも此処を訪れてみたら僕がいた。というところかな。」


佐助はおおきく溜め息をついた。
全くその通りだ。まぁ、予想はしやすい展開かもしれないが、ここまで一から十まで当てられてしまうと気分が悪い。


「仰る通りで。流石、軍師殿。」


はその言葉にぴくりと耳を反応させた。


「ぐんし?ぐんしって、あの軍隊で偉い人のこと?」


空気を壊したの言葉に、半兵衛は呆れた様にを見て、佐助はおやと首を傾げた。
しかしながら、は半兵衛の視線を受けて、あれぇと明後日の方向を向いた後、リドルを見下ろした。


「え、リドルは知ってた?」


佐助がいるからか、言葉は発しないものの、呆れた顔で頷くものだから、はばつが悪そうに笑うしかなかった。









猿飛佐助、ご来店



2011/3/13 執筆