「拾っちゃった。」
そう言ってみせたの手の上には足をけがしている小さな猿が一匹。
リドルはそれをじぃっと見つめた後、溜め息をついた。
彼女がこういう厄介なものを拾って来るのは初めてではない。
「元あった場所に戻して来るんだね。」
その後ろからしっかりと猿を見ていた半兵衛はリドルの代わりにきっぱりとそう告げる。
は明らかに不満の声をあげて、嫌だと首を横に振った。
「治療したら、すぐに離すから!」
そう言うと、彼女はそそくさと薬を作っている怪しい部屋へと入って行ってしまった。
リドルと半兵衛は呆れた様に溜め息をついて、目を見合わせる。
「・・・猿の子供って何を食べるんだろうね。」
「さぁ・・・果物を食べてるイメージだけど。」
半兵衛はそれを聞くと、そう言えばこの前林檎を貰った気がする、と食品棚に向かった。
Magic! #6
猿はすっかり元気になってリドルの背の上で飛んだり跳ねたりしている。
リドルはそれを鬱陶しそうに見やると、身体を震わせて振り落とした。
「あーぁ、酷い。猿が可哀想だよ。」
「猿って呼ぶ君も大概に酷いと思うけどね。」
ふん、と鼻を鳴らしてリドルは机の上に飛び乗った。
は、そうかなぁ、と呟いて首を捻った。
「名前、つける?」
猿に目を合わせて尋ねると、返答は意外にも背後から聞こえて来た。
「だったら佐助が良い。」
唐突に口を開いた半兵衛には彼を振り返った。
珍しい。猿を暫く置いておくことに反対気味の彼が助言をするとは。
「何で?」
「猿の名前は佐助って決まってるからね。」
いつものように、さらりと言う彼に、ふぅんと呟いて、佐助を拾い上げた。
「お前、佐助だって。」
「名前を付けてすぐだけど、明日には離すよ。」
リドルはそう言って、を見た後、佐助を見下ろした。
佐助はリドルを見つけると、その鼻に手を伸ばす。
「・・・まるで僕に危機感を持ってない。」
「それって不味いの?」
いいじゃん、別に。と言うと、まるで可哀想な子を見る様な目でリドルと半兵衛に見られて、はぐっと唸った。
「野生で生きて行けないだろ。僕はそういう趣味は無いから良いけど、こいつを食べる猫がいるかもしれない。」
「そもそも、人間に慣れた時点で野生動物失格だね。」
頷く二人を交互に見て、は首を傾げた。
「失格?」
「離してもすぐに死んじゃうってことさ。離す時に忘却魔法をかけてあげた方が良いね。それか、僕とが殺すふりをするか。」
「え、なんで。かわいそうじゃん。」
酷い奴め!と目を吊り上げると、半兵衛が弁護するように口を開いた。
「人間や他の動物が恐いって思わせとかないと、例えば野党や野犬にも人懐っこく近寄ってしまうかもしれないだろう?」
「・・・成る程。」
ようやく納得したに、二人はほっと胸を撫で下ろした。
あの豊臣の軍師の竹中半兵衛がどうやら甲斐のはずれの村にいるらしいという情報が入ったのは今朝方のことだった。
それに警戒すると同時に、何故こんなところに居るのかという疑問も起きる。
その村は特段何かがある場所ではないし、其処を拠点に此処を責めるにしても立地が悪い。
だが、あの軍師が意味も無くそんな村にいる筈が無い。
「偵察して来るか・・・」
何か策を持って甲斐の外れに留まっているのなら放置しておけない。
「・・・苦手なんだけどなぁ・・・」
あの冷めた笑みを思い浮かべて、嫌だ嫌だと小さく呟くと、佐助はすぐさま村へと向かった。
そういえば、と、向かっているうちに気づいたが、この村には、腕利きの薬師がいると少し前に噂を聞いたことを思い出した。
(確か、彼は肺の病だったっけ)
恐ろしい程の兵法の才能と冷徹さ、そして美しい容姿を持つ彼にぽつりと落とされた黒い染み。
天は二物を与えないとはよく言ったものだ。
もしかしたら、彼は病を治しに来ているのかもしれない。
一つの可能性が頭に浮かんだが、すぐにそれは頭から振り払った。
病を治すためなら、その薬師を自分の城に呼び寄せれば良い。
自分の知っている竹中半兵衛はそういう危険を犯す人間には思えない。
(何にせよ、薬師についても一緒に調べるしかないか)
町人の恰好をした佐助は、村に辿り着くと早速村人へ聞き込みを開始した。
ここの村の野菜を買い求めに来た風を装って畑を耕している恰幅の良い男性に声をかける。
「・・・これ、いくつか仕入れたいんだけど、どうかな。」
男性は驚いたように声をあげた。
この村で物のやり取りをすると言えば、隣の村人との物々交換くらいだ。
まさか町人から声がかかるとは思っていなかったのだ。
「俺は宿屋をやっているんだが、やたらと料理に五月蝿いお客さんがいてね・・・いい野菜を探していたんだよ。」
「おぉ、そりゃぁありがてぇ!」
男性と共に、その隣で話を聞いていたその妻と思わしき女性も野菜を集め始めた。
「いやぁ、本当に良い出来だね。」
最初は唯の口実だったが、じっくり見てみると、普通の野菜よりも形も良いし大きい。
こりゃぁ本当に良い野菜かもしれない。
「うちの村には凄い薬師の先生がいてねぇ。」
何故其処でその話が出て来るのだろうかと疑問に思ったものの、自分の偵察する相手に関わりがあるであろうその薬師の先生とやらに興味は勿論あった。
「先生ったら薬だけじゃなくて、すごいたい肥まで作っちゃうもんだから、ここの野菜はこんな立派なのよ!」
誇らしげに語る彼女の言葉に更に佐助の気が惹かれる。
半兵衛の件が気になり過ぎてて、例の薬師についてはよく調べていなかったが、そういえば夢物語に登場する様な薬を作ると聞いた気がする(どうせ尾ひれ背ひれのついた噂で、当てにならないとおもっていた)。
しかも、植物の成長を促すたい肥まで作るという。
「そりゃぁ凄い。ちょうど姉が酷いあかぎれで、良い薬を探していたんだ。」
「あかぎれくらいなら、先生の薬ですぐ治っちまうよ。倅がこの前骨折したんだが一週間もしないで治しちまってよ、ほんと、凄いんだ。」
胸をはって言う男から野菜を受け取った。
「あっちに先生の家がある。行ってみると良いよ。」
妻が指すのは、山の方。
噂の薬師とやらは村の中でも端のほうに済んでいるらしい。
「ありがとう。」
お金をいくつか渡して佐助は野菜を馬に付けている籠に入れた。
余り馬に乗るということはしないが、もちろん乗れない訳ではない。
(竹中半兵衛に凄腕の薬師か・・・)
目的は竹中半兵衛の偵察。ついでに噂の薬師についても調べてみるか、と教えて貰った家へ向かった。
偵察