半兵衛が来た初日の夜、とリドルが作った薬は一応出来上がった。
とは言っても、結核の菌に効く薬ではない。
彼の免疫力を高める薬の方だ。
「・・・これはまた、凄い匂いと色だね。」
出された蛍光紫色のどろりとした液体を目の前に、かろうじて出た言葉はそれだった。
見た事も無い色の其れに、思わずごくりと喉が鳴る。
「一日一回、この免疫力を高める薬と、結核の菌を殺す薬を飲んでもらうことになる。そっちはまだ出来てないけどね。」
「・・・つまり、この酷い色と臭いの液体を一日に2回飲むことになる、ということか。」
そう言いつつも、半兵衛には、今までも不味い薬を飲んで来た経験があるし、何とかなるものだろうという思いがあった。
それに、このあり得ない色の薬も、一応は人が食べれるもので構成されているはず。
それが、彼の油断を招いた。
「まぁまぁ、ささっと飲んじゃって!」
に促されて、薬を仰いだ半兵衛はその瞬間、目を白黒させた。
Magic! #5
昨晩の衝撃も冷めやらぬ中。
半兵衛は食事の後、笑顔と共に差し出されたグラスにひくりと頬を引きつらせた。
彼女の薬が効くというのは、まぁ、一応は信じているが、この色にあの味は頂けない。
「・・・また、昨日よりもどろっとしていて美味しくなさそうだね。」
「絶対そう言うと思って、ちゃんと味には気を使ってるんだなー!ね、リドル。」
漂う匂いに、思わず鼻を摘む横で、が胸を張って言っている。
本当か?と尋ねる様にリドルを見ると、彼は小さく唸った。
「・・・・まぁ、魔法薬なんてマズいのが基本だから、さっさと飲みなよ。」
振られたリドルはというと、どうしたものかと薬とを見比べた後、そう言った。
ほんの2日しか一緒に過ごしていないが、彼がこういう言い方をする場合は、フォロー出来ない時だ。
きっと、の言う通り、なんとかなる味になっているのだったら、そうだと肯定してくれる筈。
「・・・水を、用意してくれるかい。」
初めて魔法薬を飲んだとき、半兵衛は薬湯のような味だろうという安易な考えのもと、口に運んで悶絶したのは記憶に新しい。
その時の様子を一部始終面白そうに見ていたリドルはくつくつと笑った。
「お易い御用だよ。」
リドルがそう言うと、水差しと湯のみがテーブルの上に現れる。
本当に便利な物だ。
その水が湯のみに注がれるのを見届けて、半兵衛はコップの中身を飲み干した。
「!!!」
半兵衛はすぐさま水を喉に流し込んだ。
「・・・良くあんなマズいもの飲めるね。君。」
そうして、笑いながら言うリドルを半兵衛は涙ながらに睨んだ。
その背を甲斐甲斐しくはさすりながらも1人首を傾げる。
「あんなに砂糖入れたから、ちょっとはマシになったと思うんだけど、おかしいなぁ・・・」
それをしっかりと耳に聞き入れた半兵衛はきっとを睨みつけた。
「・・・、君はちゃんと味見をしてるんだろうね。」
「え、してないよ!無理無理。ほんと、半兵衛さんあんなの飲めるなんて、凄いナー。」
後半、天井を見ながら棒読みで言うに抜刀しなかった自分を褒めてやりたい。と半兵衛は拳を握った。
「あの不味い中に不自然な、ねっとりとした甘さ。だが、全然押さえきれない不味さに、もう、なんと表現すれば良いか・・・リドル、君も笑っていないで、を止めてくれ。」
「善処するよ。」
リドルは肩を竦めた。
「砂糖はだめ・・・じゃぁ、次は蜂蜜かな」
「やめてくれ。」
1人でぶつぶつと呟いているに、半兵衛はすぐさまげんなりとした顔で言った。
最近専ら己の普段着と化しているエプロンを身に纏い、せっせと食事を作る。
あぁ、何故こんなことに、となるが、体調が日に日に良くなっているのは事実だった。
「半兵衛さん、絶対シェフの才能あるよ。台所も綺麗なままだし、流石!」
たまにやリドルが口走るカタカナの言葉にも順応してきてしまって、冷徹さで有名な軍師はひっそりとなりを潜めている。
「君は反対にずいぶんと部屋を汚すのが得意みたいだね。」
そう言う半兵衛の視線の先には脱ぎ散らかした服と、乾燥させた薬草達。
はぴたりと箸を止めて、へらりと笑いながら半兵衛を見た。
「ほら、今日は風が強いから、薬草、外に出しといたらマズいかなぁと思って。」
「何の為の倉庫だい?」
ぴしゃりと言われてはぐぅと唸った。
それを見て、リドルはくつくつと笑うが、笑っている場合では無かった。
彼の視線はしっかりとリドルに向けられたのだ。
「リドル。君も爪研ぎは此処にあるべきものじゃないだろう?」
「・・・言うようになったじゃないか。」
まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、リドルはその紅い目で半兵衛を見返した。
「まぁ、これだけ二人が汚せば言う様になるさ。君たちなら魔法ですぐ片せるだろうに、何故後回しにするのだろうね。不思議だよ。」
とリドルは目を見合わせると、各々魔法でささっと片し始めた。
ほこりを立てずに一切なくなった洗濯物や薬草、爪研ぎを確認して半兵衛は茶碗を出した。
「茶碗蒸しー!!」
「今日は太郎と次郎が卵を産んでいたからね。」
嬉しそうには茶碗蒸しに取りかかった。
リドルも半兵衛によそってもらった物に口をつける。
「・・・ほんとに、君、シェフの才能あるんじゃない?」
「素直に美味しいって言えば良いのに・・・。」
そう言うと、リドルはふんと鼻をならした。
相変わらず、素直じゃない奴だ。
「半兵衛さん、美味しいよ!」
そう言って忙しくスプーンを動かすに半兵衛は苦笑した。
我が家のシェフ