症状を聞いて、血液を少し頂いて調べた結果、彼は結核だということが分かった。
最初、半兵衛に「肺の病気で、どの薬師も匙を投げた」というのだから、何となく予想はしていたのだが。


「肺結核は空気感染する可能性がある。村には連れて行けないな。」
「感染するのか・・・?」
「結核は、感染したとしても、その症状が表面化する人は少ない。免疫機能が人より弱い人に対して発症するから、感染していたとしても発症する人は少ない。君は少し免疫機能が弱いんだろうね。」


そう言って、リドルは本をぺらりと捲った。


「だから、免疫力を向上させる薬と、結核のウイルス自体を殺す薬が必要になる。」


はリドルの隣に座ると、一緒に本を覗き込んだ。
手元には羽ペンとメモ帳があって、何かを書き込んでいる。


「だったらカンナグサが良いね。丁度ここで育てようと思ってたし、取って来なきゃ。」
「あぁ、ついでにビナンカズラもいる。」


だったら、と、書物をぺらぺら捲りながら議論している二人を眺めながら、半兵衛はお茶を飲んだ。
飲んでいる紅茶は、カップから無くなってしまうと勝手にポットが注いでくれるものだから気兼ねなく飲める。


先ほど、途方に暮れていた己の供である忍びに、もう良いから帰れと言ってあるため暇つぶしを頼める相手はいない。
幸い、兵法の書物を数冊持って来ていたので、それを開いて暇をつぶす事にした。










Magic! #4













30分程たっただろうか。
リドルがテーブルの上をとととと駆け寄って来て半兵衛が読んでいる本を覗き込んだ。


「読むかい?」
「生憎、この島国の言葉は分からないよ。」


言われてみれば、彼らが読み書きしているのは知らない言葉だが、話は通じているということに今更ながら気づいた。


は日本人だから問題は無いけど、僕は翻訳魔法を使わないと会話さえ出来無い。」
「成る程。魔法とは本当に便利だ。」


これは、確かに外に彼らの存在が広まればこぞって武将達は彼らを手に入れようとするだろう。


「ねぇねぇ、リドル。半兵衛さんの病気、1日、2日だと厳しいんだけど、どうする?」
「そのことについて話そうと思っていたんだ。」


ぱたんと本を閉じる音とともにからかけられた言葉。
リドルは半兵衛を見上げた。


「薬を渡すだけ渡して、自分で飲んでもらっても良いんだけど、生憎と今回の薬は僕も初めて作るからね。1週間くらいここにいて貰えるかな。」


半兵衛はすぐに了承の意を伝えた。
最初から半月程空けると言っているので問題はない。
むしろ、この病が治るのなら短いくらいだ。


「あ、リドル。私、そろそろ戻ろうと思うんだけどどうしよっか。」


そのどうしよっか。という言葉にはリドルはまだここにいるかとか、半兵衛はどこで寝起きしてもらうかとか、食べ損ねているお昼ご飯はどうするかとか、とにかく色々な意味が含まれていて、リドルは小さく唸った。


「最近、色んな所からお客さんが来るから長く村の家を空けられないし、かと言って、ここに半兵衛さん1人でいてもらうのも、危ないし・・・取りあえず、今日は今から村に戻って、夕方くらいにまたこっちに戻って来ようと思うけど。」


そういうに、リドルは彼女を見上げた。
確かに、このログハウスには人が近づけないのを良いことに、結構危ないもの(主に毒だが)が置いてある。
1人で過ごしてもらうには制限事項が多過ぎる。


「ねぇ、何か良い方法ない?」


言外に、いちいち行き来するのは面倒くさいと言っていて、リドルは少し考えた。
姿現しをすれば良い話だが、それだとこちらにいる間、村の家に人が来た事に気づけない。


「・・・村の家の物置と、このログハウスの物置を繋ごう。」


仕方が無いように言うと、はリドルを抱き上げて力一杯抱きしめた。


「流石リドル!そんなこと出来るんだ!」


半兵衛はそんな二人を眺めながら首を捻る。
見た目は飼い主()とペット(リドル)だが、さっきからペットの方がまるで立場が上ではないか、と。


「やるのはだけどね。」
「え、リドルがやってよー!」


もう、最近使い慣れない魔法ばっかり使って疲れちゃったよーと口を尖らせるをリドルは鼻で笑った。


「僕がやるとしたら・・・そうだな。君の魔力を半分以上貰わなきゃ無理だね。」
「うそ。」
「僕が人の形になるのに半分。魔法を使うのにちょっと。君がやるならそのちょっとの魔力だけで済む。流石の君も魔力を半分以上使うのはきついだろう?2、3日動けないかもしれない。」


リドルが大掛かりな魔法を使う場合は、杖が必要になる。
だが、猫の姿で杖を振るうのは無理だから人の形を取る必要が有る。となると、相当の魔力が必要となる訳だ。


「・・・嫌だ。自分でやる。」


渋々と了承したは溜め息をついて、カップの中の紅茶を口に運んだ。


「人の形?リドル。君は人にもなれるのかい?」
「逆だよ。」


とうとう口をついて出た疑問に、リドルは首を横に振った。


「僕は元々人だった・・・というと語弊があるかな。僕は記憶なんだよ。」


突然の告白に、半兵衛は目を瞬かせた。


「記憶・・・か。凄いな。」


そう言って、半兵衛は手を伸ばしてリドルの毛並みを撫でる。
だが、残念ながらリドルはそれを甘んじて受けるような猫ではない。
身をよじると、不機嫌そうな顔で半兵衛を見た。


「記憶を別の生物に移して、その記憶が自我を持って生きている、ということか。」
「・・そうなるね。」
「君たちはそんなことが普通に出来るのかい?」


そう尋ねると、がとんでもないと声を荒げた。


「そんなわけ無いじゃん!リドルが異常!」
「言い方が悪い。才能があると言ってくれ。」
「物は言い様だねー。」


リドルはひくりと頬を引きつらせた。


「喧嘩売ってるのかい?喜んで買うけど。」


猫の癖に綺麗に笑って言う彼に、は慌てて首を横に振って否定した。
その爪を出した手がきらりと光って目に眩しい。





















村の家に1人で戻ると、4名程人が待っていて慌てて家を開けた。
ログハウス周辺は保温魔法がかかっているからまだ良いが、此処にはそんなものをかけていない。
寒いなか悪い事をしたと思いつつも、風邪薬や傷薬を調合して渡し終えた頃には日が暮れていて、はマフラーを巻き直してログハウスへと戻って行った。

たまに、夜中急患が来るから、急いで物置を繋がないと、と思いながらログハウスの玄関を開けると、美味しそうな匂いが漂って来た。


「ただいまー!なになに、この美味しそうな匂い!」


リドルが食事を作るなんてことは余りない。
今日はその中々向かない気持ちが(半兵衛という客人もいることだし)向いてくれたのだろうか。
は少しうきうきしながらリビングへ向かった。
食事を余り作ってくれないリドルだが、作ったら作ったで美味しいのだ。


「もう少しで出来るから座っていてくれ。」


しかしながら、キッチンに立っているのは予想外の人物では「あれ?」と思わず呟いた。
フライパンで焼いているのは卵焼きだろうか。美味しそうな黄色い色が見える。


「あぁ、その前に手洗いうがいだったね。リドルも一緒に行って来ると良い。」


皿に卵焼きを移しながら言われた言葉に、は元気よく返事をするとリドルの首根っこを掴んで手を洗いに行った。














卵焼きに焼き魚に、ふろふき大根とキノコのみそ汁。
は尊敬の眼差しで半兵衛を見た。


「この家の炊事場は凄いな。水は簡単に出て来るし、温度まで調節出来るし、火を起こすのも簡単だ。」
「いやいや、凄いのは半兵衛さんだよ!うわー美味しそう!いただきます!」


今日も一日頑張った甲斐があった、とは早速箸に手を付けた。
それにやれやれと苦笑をして半兵衛とリドルもそれぞれの食事を取り始める。


「おいしー」
「それを食べて、もうひと頑張りして貰わないとね。」


リドルに言われて、は首を傾げた。
それに、リドルは眉を寄せた。


「物置部屋、繋げないと。」
「・・・・あ。」


忘れていた。


「・・・君たちはまるで兄妹のようだね。」


やり取りを眺めていた半兵衛がぽつりと呟くと、は慌てて首を横に振った。


「やだやだ、こんなお兄ちゃん。」
「僕だって嫌だよ。こんな手のかかる妹。」
「酷い!そんなに手、かかんないし!」


はっ、と鼻で笑ってリドルはぱくりとリドル仕様で用意された食事を口に入れた。


(・・・そういうところが、兄妹の様なんだが。)


そう思いながら、半兵衛も自分で作った食事を口に運んだ。








共同生活スタート