竹中半兵衛は、報告の書状を開いて興味深そうに「へぇ」と呟いた。
部下に探らせているのは、己の病を治す、または、治すまでとは行かなくとも発作を止める薬を作れる薬師。
その調査結果には、一人の少女の話が書かれてあった。


「どんな傷、病も治す少女、ねぇ・・・」


狐が化かしているような話だ。
自分の病についてはどの薬師も匙を投げ出してしまった。
いかにも怪しい話だが、今まで調べて来た中ではマシな気もする。


「・・甲斐か・・・」


薬師をこちらへ連れて来るのも良いかもしれないが、ここまで名が知れている人ならば、どこぞの武将が目を付けているかもしれない。
事を荒げることは出来無い。
お忍びで尋ねるか。と、半兵衛は腰を上げた。


「甲斐の薬師を尋ねて来る。秀吉には半月程で戻る、と。」


控えていた部下に言うと、彼は戸惑ったように返事をした。


「はっ。お供は誰を・・・」
「忍を1人だけで良い。」


彼は、それだけでは心許ないと口を開こうとしたが、半兵衛はそれを許さないとでも言うような目でそれを制した。


「半刻後、出立する。」
「御意。」


男は返事をして、下がった。










Magic! #3













ようやく完成した薬草園には、小さいログハウスが一つ。
そしてその隣に麦畑が少しだけ。


(小麦が育てば、ケーキ、作れるかなぁ)


団子が嫌という訳ではないが、矢張り食べ慣れていたケーキだって食べたい。
豪華なケーキは無理だが、パンケーキやシフォンケーキくらいだったら作れる気がする。
と、にやにやしながら薬草に水をやる。


「また、随分とだらしがない顔だね。」
「酷い!」


そう言いながらはじょうろをリドルに向けた。
当然、それがかかってしまったリドルはじろりとを見上げる。


・・・」
「ごめん。つい。」


まぁ良いけど、と魔法で一瞬で乾かしてしまってリドルはログハウスへと向かった。
最近は、人がひっきりなしにやって来るので、余りあちらの家を空けることは出来無いが、人が立ち入ることが出来無いこの薬草園では思う存分魔法は使えるし、ここ一帯には保温魔法をかけているため暖かいしでこちらの方が楽に感じてしまう。


「あ!リドル!見て見て!」


はじょうろを放って駆出した。
全く忙しい奴だとリドルはくいっと首を動かしてじょうろを棚の上に移動させると、の後ろを追った。


「花が咲いてる」


紫のちいさな花。
収穫時だと嬉しそうには摘んで袋に入れた。


「・・・相変わらず色気の無い・・・。」


可愛いとか、綺麗だとか言わずに収穫時だなんて。とリドルは溜め息をついた。


「リドル、それ、どういう・・・」
、静かに。」


憤慨して言おうとするの肩に飛び乗ってリドルは固い面持ちで静かにと言うものだからはぐっと口を噤んだ。


「杖は?」
「え?持ってるけど・・・」


いきなり何を言い出すのだろうか、と首を傾げるが、相変わらずリドルの表情は固い。


「いつでも出せる様にして。」
「あぁ、うん。」


そう言いながら懐で杖を握って、リドルに視線の先を見た時だった。
その人と目が合ったのは。


「あ、あれ?何で人が・・・。」


男性はと目が合うと、にこりと微笑んだ。
銀の髪に白い肌はとても日本人には見えなくて、まさか、と心の中で呟く。


「・・・あぁ、丁度良い。君、道を教えてくれないか。」


男は馬から下りると、の方へと近付いて来る。


「お兄さんも魔法界から飛ばされちゃったんですか!」


加えて、ここにマグルは入れない=魔法使い。という図式がすっかり脳内で立てられてしまったは、うわーん、仲間だー!と嬉しそうに男へと駆け寄った。
彼女はすっかりリドルの忠告を忘れて杖も握っては居ないのだろう。


「は?」
「私、ホグワーツ特急に乗ろうとした所で線路に落っこちちゃって、気づいたらこんな処に!お兄さんは?」
「・・・君、」


何なんだいきなり、と、自分の袖を掴んできらきらした目で見つめて来るに、半兵衛はたじろいだ。


「リドル!もう、何でそんな処にいるの?話を聞こうよ。」
「・・・君って奴は、僕の忠告をすっかり無視して・・・何も此処で出会った魔法使いが信用出来るとは限らないだろう?」


まぁ、彼はすぐに攻撃して来るような下種では無いみたいだけど。と続けて言ってリドルはその紅い目を半兵衛に向けた。
対する半兵衛はというと、リドルの声が聞こえた瞬間、その目をリドルに向けた。


「猫が・・・人語を操るとは、面妖な。」


その言葉に、リドルはを見上げて、首を横に振った。


「・・・おまけに、。今回は君の早とちりだよ。どうやら彼はマグルだ。」
「えぇぇえぇぇっ!!」


はそんなぁ、と情けない顔で半兵衛を見上げた。


「本当にマグルなんですかぁ、お兄さん・・・。」
「・・・・悪いが、君たちが何を言っているのかさっぱり・・・悪いが、順を追って話してくれないか。」


頭が痛い。
自分は肺を治してもらいに来た筈なのに。と半兵衛は頭を押さえながら言った。

コケコッコー

最近飼い始めた鶏の声が響いて、更に頭痛が酷くなった気がした。











事のあらましを聞いた半兵衛だが、彼の性格を鑑みれば、鼻で笑って終わった話だろう。
だが、の膝に乗っている喋る猫や、目の前を飛び交ってお茶を入れ始めたポットを見てしまったらそんなことは出来無い。


「それで、こんな辺境の場所でひっそりと暮らしている、と。」
「そうなんです。魔法のことが知られると、利用しようとする人が現れるからって、リドルが・・・。」


それは正しいな、と半兵衛は頷いた。


「確かに、君の力が知れ渡ればこぞって手に入れようとするだろうね。今は戦乱の世。天下を取るには有利な能力だ。」


リドルは頷きながら、とん、とテーブルに飛び乗って半兵衛をまっすぐに見つめた。


「だから、君の事をどうしようかと考えているところなんだ。取りあえず動き回られると邪魔だからそこで固まっててくれるかな。ペトリフィカス・トタルス。」


にこりと猫の愛嬌のある顔でリドルは金縛りの呪文を唱えた。
その瞬間、体が全く動かない状態になり、半兵衛は目を見張る。


「リドル!」


がたりとは立ち上がって、リドルを睨みつけた。
リドルは飄々とした顔で、何かと見上げた。


「彼の記憶は消すべきだよ。ほら、杖出して。」
「駄目だよ。もし、他の記憶まで消しちゃったらどうするの?責任取れない!」
「責任なんて取らなくて良いさ。覚えていないんだからね。」


はむっとリドルを見て、杖を振った。


「フィニート(終われ)」


は半兵衛の金縛りを解くと、半兵衛とリドルの間に立ちはだかった。


「確かにさ、リドルが居て良かったと思う。私、何でも信じちゃうし、考えが足りないこともあるし。でも、こういうのはさぁ、気に食わないんだよね。」


半兵衛は動く様になった身体にほっと胸を撫で下ろした。
今までの話を聞く限り、噂の薬師はのことだろう。
ならば、自分はどんなことをしても彼女に薬を貰わなければならない。
多少の危険は伴おうとも。

とは言っても危険になりそうなのは黒猫のみ。肝心の薬師は友好的なようだ。


「・・・君たちが此処で静かに暮らすつもりなのは分かった。」


その声にもリドルも半兵衛に視線を向けた。


「僕は、最近噂で聞く薬師に会いに来たんだ。持病を治してもらおうと思ってね。」


半兵衛はを見下ろした。
報告書には確かに少女と書かれていたが、まさか本当に少女だとは。


「君が僕の病を治してくれればそれで良いんだ。治った後、君に関する記憶だけを消すのなら別に構わない。」
「へぇ・・・だって、。」


その目は、じゃぁ遠慮なく消してやろうぜ、と言っていて、はぶんぶんと首を横に振った。


「やだよ、リドルの方がそういうの上手いんだから、消す時はリドルがやって。よくやってたじゃん!」
「流石の僕でも杖が無い上に魔力も足りない今じゃぁ自信がないさ。全部消してしまうかもしれない。」


それは嫌だ、と半兵衛は頬をひくりとさせた。


「じゃぁ良いじゃん。半兵衛さんを信じようよ。」
「また君は、そういう事を・・・」


呆れた様に言ってリドルは少し考えた。
はっきり言って、リドルは彼を全く信用していない。
彼の立ち振る舞いや身につけている物を見る限り、彼はそれなりに地位がある人間だろう。
それこそ、自分たちを利用したがるような。


「・・・仕方無いな。君には僕と破れぬ誓いを結んでもらう。」
「「破れぬ誓い?」」


何だそれ、と半兵衛と一緒に疑問の声を挙げたに熱烈に猫パンチが炸裂した。


「君、頭が良いんだか悪いんだか・・・」
「魔法薬学と変身学は好きだけど、他はあんまり。えへ。」


痛い、と頬をさすりながら言うに最早呆れしか出て来ないが、気を取り直してリドルは口を開いた。


「誓う内容は一つだけで良い。僕との事を他言しないこと。あぁ、薬師として紹介するなら良いけど。」
「魔法の事や違う世界から来た事は言うなということだね。別に構わないよ。」


二人の会話を聞きながら難しい顔で考えていたは突然声をあげた。


「あー!思い出した。あれって、破ったら死ぬっていう物騒なやつでしょ!」


え、死ぬって、ペナルティ重過ぎじゃない、と半兵衛はリドルを見た。


「・・・破らなければ良い話だよ。」


そう言いいながら、リドルはペンに魔法をかけると、ペンは破れぬ誓いの図を書き始めた。
そのまるで人が書いているようなペンの動きに目を奪われているうちに、すぐに書き終わり、紙はひらりと宙を舞って半兵衛の目の前で止まった。


「良いかい。君と僕がこの跪いている奴らで、真ん中に立っているのが、杖。」
「ほんとにやるんだ・・・。」


ぼそりと呟くを尻目に、ほら、やるよ。とリドルは半兵衛に向かって言った。
半兵衛ははっきり言って物凄く気が進まないものの、絵の通りにリドルと向かい合って座り、手を握り合う。
はっきり言って、人間と猫。
体勢が酷くきつい。



「あぁ、はいはい。」


はその二人が握り合った手の上に杖を置いた。


と僕について、この世界で特異と思われる事を口外しないこと。良いかい?」
「・・・あぁ、決して他言しないと約束しよう。」


その瞬間、杖先から細く眩しい炎が迸り、二人の身体に巻き付く。
半兵衛は思わず手を引いてしまいそうになったが、手はびくともしない。
くっついてしまったのではという位に離れない手に少し焦り始めた頃、ようやく光は収まった。


「へー、破れぬ誓いってこうやるんだ。良く知ってたね、リドル。」
「まぁね。」


漸く離れた手を見つめながら、自分はとんでもない薬師の処に来てしまったようだと心の中で呟いた。


「そういえば、何で半兵衛さんはここに入って来られたんだろうね。ここ、マグル避けって言って、魔法族じゃない人は入れないようにする魔法をかけてるんだけど。」


そう言われて半兵衛は少し考える様に顎に手をやった。


「村人はここに入って来れないことは確認出来ているから、効いていることは間違え無いんだ。心当たりは?」
「そういえば、供の忍はいないな・・・」
「じゃぁ、その忍者の人にはなくて、半兵衛さんにはあるものって何だろうね。何か、なぞなぞみたい。」


あはは、とは笑いながら言うが、リドルは笑い事じゃないと窘めた。


「マグル避けが通じないマグルがいるってことだ。魔法は効くみたいだけど、これはちゃんと把握しておかないと、後々困る事になる。」
「・・・・心当たりが無いことは無い。」


そう言って、半兵衛が話し始めたのはこの世界での特異な能力のことだった。



















「ということは、その属性を持つマグルにはマグル避けは効かないということか。」
「そんなにいっぱいいるの?その人間離れした人たちって。」


は目をきらきらさせて半兵衛に迫った。


「そんなに多くはない。それよりも、近いんだが・・・」
「あ、ごめんなさい。」


はそう言って下がったものの、身体から雷とか炎とか出せたら楽しいだろうなぁと思いを馳せている。
魔法が使えるくせに何を憧れているのだ、と思うものの、確かにそれは自分も見てみたいとリドルは半兵衛を見た。

ぎくりと半兵衛は肩を揺らす。


「見たい!半兵衛さん、なにかやって。」
「そうだね。是非僕も見てみたい。」


半兵衛は矢張りと溜め息をついた。
此処には病を治しに来たというのに、何だか疲れてばかりな気がする。
何でも良いからさっさと治して帰りたい。


「ほら、さっさと外に出て見せてくれ。」


薬師の癖に患者に何て事をさせるんだか、と半兵衛は渋々立ち上がった。









軍師さま、ご来店