ゆさゆさと身体を揺さぶられて目を開くと、半兵衛の顔がのぞきこんでいた。
目が開きにくい。と思ったところで昨日もわんわん泣いてしまったのを思い出し、はばつが悪そうにしながら起き上がった。


「おはよう、半兵衛さん」


布団から現れた身体を見て、半兵衛は大きくため息を付きながらも乱れた小袖を直してやる。


、君はもう少し恥じらいというものを持った方が良い。」
「えへへ、気をつけるね。」


本当に分かっているのか分からない表情で頷いたは半兵衛が小袖を直し終えると、立ち上がった。
そして外を見て残念そうに眉尻を下げる。


「今日は雨かぁー。」


ざあざあと降る雨は決して弱くは無い。この分だと外に出るのは難しいだろう。


「あぁ、。」


半兵衛は机の上に広げられた手紙を手にとって、彼女に手渡した。


「リドルからだよ。」


昨日の話を聞く分では、幾分彼女の気分は落ち着いている。ただ、飛び出してきてしまった手前気まずいのと、久しぶりに爆発した怒りを持て余しているだけだろう。
その証拠に、おずおずと手紙を受け取ったは破り捨てることもせずに視線を落としている。
今日リドルから来た手紙は2枚。1枚は半兵衛宛に、もう1枚は宛に英語で書かれてあった。

に宛てたものは英語だった為分からなかったが、半兵衛に送られたものには刑部の治療を引き受けるということが書かれてあった。リドル曰く、何か薬でも作っていたほうがの気もまぎれるだろう、という配慮もあるらしい。

手紙を読み終えたは顔を上げると半兵衛に視線を移した。


「大谷さんに会える?」


リドルの手紙にはそのことも書かれてあったらしい。


「勿論だよ。」


どのタイミングでに刑部の話をしようか迷っていた半兵衛は快く頷いた。












Magic! #21















半兵衛と共に刑部の部屋へ入ると、そこには三成も居た。
三成は半兵衛を見つけると慌てて立ち上がり頭を下げる。


「あぁ、楽にしてくれ。今日は大谷君に薬師を紹介しに来ただけなんだ。」


薬師。その単語で思いつくのは昨日会った少女だ。半兵衛の後ろから顔をのぞかせたを見て、やはり彼女か、と三成はを見下ろした。


「この娘が噂に聞く薬師か。」


包帯で覆われた全身から目だけが露出している。
は半兵衛の後ろから出て刑部の横に座り込むとじっと刑部を見つめた。
包帯をしていても分かる顔がたまに引きつる症状。最初は唯の皮膚病かとも思ったが、神経症かもしれない。


「手足は問題なく動きますか?」


その問いに刑部は首を横に振った。


「数年前から自分では立てぬ。やれ、不便よ、フベン。」
「包帯、ちょっと外しますね。」


腕の包帯を少し外し、様子を見ると赤褐色の発疹。


「この発疹、最初は顔から出ませんでした?」
「うむ。最初は顔にこの発疹が出、数年後には全身に広がってこのザマよ。」


はポケットからピンセットで皮膚を少し削り取ると、ビンに入れた。
そして包帯を巻きなおし、半兵衛を見る。


「治せそうかい?」
「うん。この病気は知ってる。ただ、薬を作ったこと無いから、ちょっと時間がかかると思うなぁ。」


この短時間ですっかり病について分かってしまったに、半兵衛以外は目を見開く。
この怪病と呼ばれ、どの薬師も見ようともしなかった病を治せそうと簡単に言ってしまった少女は一体何なのか。と。


「この原因はらい菌っていう菌の感染で起こる感染症なんだけど、半兵衛さんの結核と同じで感染してもあんまり発症することは無いんだ。感染すると発疹や知覚麻痺、神経痛、あとは顔面神経の運動麻痺も起こったりする。だからその菌を殺す薬と免疫力を高める薬を作らなきゃいけない。免疫力を高める薬は半兵衛さんの時に作ったからそう時間はかからないかな。」


さらさらと羽ペンでメモを取りながら喋ったは立ち上がると、あれが必要、これもいる、などぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。
すぐに研究に取り掛かるのだろう。


「さて、僕は戻るよ。また彼女が来るかもしれないが頼んだよ。」
「はっ」


何故か三成が返事をするのに笑いながら半兵衛も部屋を出た。


「三成、あの娘が本当に薬を作れると?」
「半兵衛様の肺病を治したのもらしいが、私には何とも言えん。」


そう話ながら勢力図を広げようとしたが、ばたばたと騒がしい足音が聞こえてきてその手を止めた。
恐らくだろう、という読みは外れず入ってきたはビンを刑部に見せた。


「大谷さん、これ、痛み止め。神経痛が酷い時は一滴だけ水とかお湯に混ぜて飲んでね。あとすっごく不味いから口直しに何か用意したほうが良いと思う。」


そしてもう一つビンを取り出したはそれについても説明を続ける。


「あとこっちは傷薬。その病気にかかった人って傷とか火傷がすぐ出来ちゃうから、その時は使って。」


三成と刑部が口を挟む隙も与えずには持っていたメモをぱらぱらと捲った。


「さっきちょっとだけ調べたんだけど、このらい菌って結核菌と似てるんだって。だから明日には薬を一旦作ってみるからまた明日来るね。明日は何時ごろ此処にいる?」
「何時頃、とは?」


刑部が首を傾げると、三成が「何刻かということだ」と説明を入れると、合点がいったように頷いた。


「申の刻にはここに戻る故、それ以降であれば構わぬ。」
「さる・・?」


残念ながらには申が何時なのかが分からない。困った表情をするに三成はため息をついた。


「良い、私が迎えに行こう。」
「ほんと?やったー!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねたは三成に抱きつくと、すぐに離れた。


「よーし、さっさと作っちゃおう」


意気込んだは部屋から飛び出していってしまった。
その後姿を呆気にとられながらも見つめていた二人は同時に目を見合わせる。


「・・・腕は確かであろうな。」
「・・・恐らくな。」


刑部は先ほど渡されたビンを手にとって眺める。
どろどろとした緑色のそれは、人が飲むようなものには見えないが、あの半兵衛の病を治したのだから、きっと効くのだろう。


「三成、水を持って来やれ。」
「・・・飲むのか?」


神妙な顔で尋ねると、これまた刑部は神妙な顔で頷いた。
その後、薬を飲んだ刑部が声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。























ぐつぐつと煮立つ鍋を覗き込み、は細かく砕いた黒い物体を鍋に放り込んだ。
それは一瞬で煙を立てて鍋の中の液体と同化したと思ったら鮮やかなオレンジ色に変色する。


「あ、失敗しちゃった。ねー、リドルー・・」


と言い掛けて口を噤む。
当たり前だが、ここにリドルはいないのだ。
今まで新しい薬を作る時は2人で、ああでも無いこうでも無いと言い合いながら作っていた。
失敗すれば、何が悪かったのかを相談しながら改良していった。


(私、本当にリドルに頼りっぱなしだったんだ)


改めてその事実を突きつけられた気がして気が沈むが、直ぐに顔を上げると、杖を一振りして鍋の中身を空にした。


「カシグサを入れて失敗したけど、成分としては間違って無かった筈・・・分量が多かったのかな・・」


さらさらとメモを取りながら本を開く。


「・・うん、もう一回。今度はちょっと少なくしてみよう。」


メモに分量を書き足して立ち上がると、棚に置いてあるビンをいくつか手に取ってテーブルに並べる。
全て分量どおりに容器に取り分けたり刻んだりした後、水と少しとろみのある赤い液体をカップ一杯分鍋に落とし、火をかけ始めた。


「おい、。」


声をかけられて一瞬入り口を見たが、すぐには鍋に視線を落とした。


「あれ、もう時間?あとちょっとで出来そうなんだけど・・・」
「いや、まだだ。少し興味があって見に来た。」


そう言いながら三成は鍋に目を落とした。


「あ!だめ!」


覗き込んだとき、はらり、と三成の髪の毛が一本鍋に落ちた。
は慌てて三成の手を引くと鍋から離れた。

その瞬間、鍋から青い火が上がり、すぐにそれが収まると黄色い煙が立ち上り始める。


「何だ!何が起こった!?」
「三成さんの髪の毛が入ったからだよ、馬鹿ー!」


救いなのはまだ作り始めて少ししか経っていなかったことだろうか。
げほげほと煙に咳き込み始めた2人だが、が杖を振るうと煙は嘘のように掻き消えた。


「ば、馬鹿とは、何だッげほっ!」
「薬作ってる所に顔を近づけちゃ駄目なの!基本!」
「私がそんな事知る訳無いだろう!!」


そう叫ばれた所で、確かに言われるとそうだ、と納得したは頷いて、申し訳なさそうに謝った。
急にしおらしく謝られて拍子抜けしてしまうのは三成で、いつもならぎゃんぎゃん叱咤し続けるものの、それは成りを潜める。


「分かれば良い。」


ため息をついて立ち上がったはまだしゅわしゅわ音を立てている鍋を覗き込んだ。
その瞬間、歓声をあげる。


「えっ嘘!?」


鍋を覗き込むのは駄目なんじゃなかったのか、と心の中で突っ込みながらも不審に思った三成も立ち上がり、鍋を覗き込む。
そこには銀色の小さな石が転がっていた。


「ルベ石だ!え、何で?」


そう呟きながら彼女は手を伸ばそうとしたが、すぐに熱いのを思い出して手袋をつけながら杖を振るって水の入った桶を用意した。
その石を取り出して桶の中に入れると、それは水をきらきらと反射しながら輝く。まるで陽炎のような光だ。

冷えたところでルーペを手には石を手にとって眺めた。


「うん。やっぱりルベ石だ。すごい!」


凄い凄いと騒ぐとは反対に三成は訳が分からない、と彼女を見た。


「貴様、私を忘れてはしゃぐな。説明しろ。」


ようやく彼の存在を思い出したは石を桶の中に戻して三成を見上げた。
その目は輝いている。


「ルベ石っていうのは別名、ドラゴンの鱗。あ、本当のドラゴンの鱗じゃないんだけど、成分が似てるからそういわれてるんだ。」
「ドラゴン・・?」
「日本名だと竜だよ。」


ようやく理解した三成は石を眺める。
ただ綺麗なだけの石に見えるが、これがそんな大層なものなのだろうか。


「特徴として、石の表面がうろこ状になってるのと、普段は銀色に光るんだけど水の中に入れると陽炎みたいに揺らめくんだ。」


余程嬉しいのだろう。は楽しそうに解説して、視線を三成の髪に向けた。
顔よりも少し上に視線が向けられているのに気付いた三成は、思わず後づさる。


「ねぇねぇねぇ、三成さん!」
「断る!」


何を言うのか理解してしまった三成は即座にそう口にしたが、は怯まない。


「髪の毛ちょうだい!」


手を三成の髪の毛に伸ばそうとしながら飛びついてきたを避けて、三成は走り出した。
敵前逃亡は恥だが、今回は少し訳が違う。
何故出家もしていないのに髪を毟り取られなければいけないのか。


「三成さん!待ってー!!」


2人の追いかけっこは意外にも半兵衛が通りかかるまでの30分程続いた。
体力が無いだが、目の前に餌(この場合三成の髪)をつるすと此処まで走れるらしい、と冷静に判断したのは言うまでも無く半兵衛だ。

余談だが、から逃げる三成は相当鬼気迫る表情で、追いかけるは凄く楽しそうな表情をしていた、らしい。






追いかけっこ



2013.8.6 執筆