石田三成は途方に暮れていた。
彼の横には興味深そうに城下町を見回す少女。歳はそこまで離れていない筈だが身長差も相まって随分と幼く見える。


「三成さん、先ずはお団子が食べたいです!」


はい!と挙手をして要望を伝える、半兵衛曰く凄腕の薬師であるを見下ろして、三成は本日何度目か分からないため息をついた。
昨日突如として半兵衛の部屋に降って湧いた彼女はさんざん泣き喚いた後、夕餉を食べて爆睡。それも半兵衛に引っ付いたまま。
そして今日、眼を覚ましたものの何処か元気が無い(三成からすると元気は有り余ってるように見えるのだが)彼女を気にかけた半兵衛が、三成に城下を案内するように言いつけたのがついさっきの事。


「半兵衛さんも来れば良かったのにね。」
「半兵衛様は忙しいのだ!団子なら俺が食わせてやるからさっさと来い!」


他でもない半兵衛の頼み。三成は気を取り直すと甘味処へと足を進めた。


「ちゃんと、町を見て回るのって初めてだから、楽しい!あ、三成さん、あれなに?」


きゃっきゃっとはしゃぎながらアレは何、コレは何と質問するは確かに連れ出す前に比べると元気かもしれない。
ため息をまたつきながらも、律儀に一つ一つ説明しながら甘味処にたどり着くと、三成は用の団子だけ頼んで、腰を下ろした。


「・・・貴様、本当に半兵衛様の病を治療した薬師か?」
「え?あー、うん。一応。」


とてもそうは見えない。と三成の目が雄弁に語っていて、は頬を掻きながらも頷いた。


「でも、半兵衛さんの薬を作ったのは私1人じゃないよ。友達が手伝ってくれてね。」


そう言いながらは何か思い出したのか眉を寄せた。
その友達とやらが、半兵衛が言っていた彼女の”保護者”のような存在なのだろうと当たりをつけながら出された湯のみに手を伸ばす。


「意地悪で態度は大きいんだけど、でも、言う事はいっつも正論で、何だかんだ言って私に危害が無いように私には内緒で裏で動いてくれてて・・・」
「そうか」


自分が聞き役に回るなんて珍しい。半兵衛曰く、彼の病を治せた薬師というのだから彼女に興味があるのだろうか。自分のことを客観的に見ながらも三成は頷く。


「でも、何か決断するとき、いっつも1人でやっちゃうの。人が決める時には色々口出してくる癖にさぁ。」


出てきた団子の乗せられた皿を受け取ると、は一つを口に放り込んだ。
半兵衛の話だと、は後の世、しかも異国から来たという。薬師として生計を立てられるのだから教養は先の世でもある方であろうに、作法についてはさっぱりだなと呆れながらも三成はその食べ方を叱咤した。


「女がその様に口を大きくあけて食べるものではない。」


指摘されたはきょとん、と三成を見つめ返した。しかし、すぐに眉を寄せてごくりと口の中の団子を飲み込むと口を開く。


「男尊女卑はんたーい!」
「だんそんじょひ?」
「こう書くんだよ。アクシオ、羽ペンと紙」


がそう唱えると、彼女の手には三成にとっては見慣れない羽ペンと和紙。
団子をもう一つ口に放り込んで咀嚼しながら羽ペンを手にしたはさらさらと「男尊女卑」という文字を書いて三成の前に突き出した。
文字を見て、何となく意味を把握した三成は、取り合えず、人目をはばかることなく魔法を使用したを諌めることにした。












Magic! #20


















あれほど初対面が最悪だったにも関わらず、は三成に一日でそれはもう懐いた。
無愛想ながらも、口の周りに餡子がついていれば「はしたない」と文句を言いながら手ぬぐいで拭いてやり、目新しいものを見つけて走り出した所案の定転びそうになると「落ち着け!」と怒鳴りながらも支えてやり・・・詰まるところ、三成は結果としてかいがいしく世話を見てしまった訳だ。
人の好意にすぐころりと心を許してしまうの性分から、また、彼女にとってもっとも親しい友人であるリドルのような振る舞いから、すっかりと彼女は三成に懐いてしまったという訳だ。


「おかえり、2人とも。」


城下町の散策が終わり、城に戻るころには日が大分沈み始めていた。
予想以上に帰りの遅い2人に少しだけ心配になった半兵衛は、2人が半兵衛の部屋に戻ってくると、少しほっとしたように声をかけた。


「随分と遅かったようだが、何も無かったかい?」
「面白いものがいっぱいあったから、ちょっと寄り道しすぎちゃったんだよね。ごめん。」


へらり、と笑いながら頭を小さく下げるに、半兵衛は笑いながら三成を見た。


「やはり君に任せて正解だった様だね。助かったよ、三成君。」
「いえ、勿体無いお言葉で御座います。」


ふかぶかと頭を下げる三成を見ては首を傾げた。


「えーと、2人ってどういう関係?半兵衛さんってここじゃそんなに偉い人なの?」


軍師である、ということは聞いていたが、その職がどれほどの地位にあるのか分からないはぽつりと疑問を口にした。すると、三成が物凄い剣幕でに詰め寄る。


「偉いか・・だと?貴様、半兵衛様に向かって何と言う事を!よく聞け。半兵衛様は秀吉様の左腕として、また軍師として豊臣軍の指揮を任されていらっしゃるお方!戦場においてもその戦況の変化に応じて、臨機応変に指示を下され・・・」
「うん、分かった。三成さん。半兵衛さんのことすっごく尊敬していることは分かった。ありがとう。」


延々と続きそうな言葉に、は困ったように笑いながらもう良いと言うと、三成は盛大に眉を寄せて食って掛かろうとしたが、そこは半兵衛の声によって制される。


「まぁまぁ、三成君。そろそろ夕餉の時間だ。君も一緒に来ると良い。」
「宜しいのですか?」


正に鶴の一声。は初めて半兵衛を尊敬の眼差しで見た。
























リドルから送られてきた手紙を読み終えた半兵衛は、返事を書くために筆を取った。
昨日、リドルからが来ていないか問い合わせる内容の文に、それを肯定する内容を送り返した訳だが、今日送られてきた内容は、彼女の気が済むまで半兵衛の所で面倒を見て欲しいというものだった。

幸い、先日戦の後始末を終えたばかりで、比較的安定している。何より、半兵衛にとっては諦めていた命を繋いでくれた恩人の依頼に、断る理由など無かった。
とは言っても、半兵衛も忙しい身。にずっとついていられる訳でも無いため、丁度彼女が姿を現した時に居合わせた三成に彼女の面倒を見る一端を担って貰えないかと今日2人を城下に送り出した訳だが、予想以上に打ち解けた様子を見て内心胸を撫で下ろした。


(さて、返事としては是と返すだけだが、大谷君のこともそろそろリドルに相談しておきたい・・・)


そう考えながらさらさらと筆を走らせる。
内容としては、を預かる事と、刑部の病をに見てもらえないかという伺い。
書き終えて筆を置くと、紙はふわりと浮き上がって来た時のようにその形を鳥に変化させると、飛び立った。


(しかし、リドルが武田にいるとなると、少し厄介だな。も落ち着いたら武田に戻る、ということだろう。)


豊臣と武田は同盟を結んでいる訳でも無い。
リドルが武田に留まることを決断したのであればそれなりの理由があるだろう。
手紙では詳しく書けない為、そのうち一旦半兵衛の元に向かって説明するとあるのだから、先ずはが武田に戻ってからリドルを連れてきて貰うしかない。
2人がどこかの軍に組するとは考えがたいが、身を武田に置いている以上、真意を確かめる必要があるのだ。
リドルとの力を知っているからこそ、敵に渡るとなると、恐ろしい。

ふと息を吐くと、小さな足音が近づいてきた。


「半兵衛さん。入ってもいい?」


声はやはりの物で、了承の意を伝えると、障子が開いて小袖だけを身に着けたがそろりと部屋に入ってきた。
言動から歳よりも幼く認識していたが、戦国時代では立派な女性の部類に入る彼女に、半兵衛は頭を押さえた。
の家で過ごしていた時は、早朝だろうが夜遅かろうが、もっと薄手の服を身に着けたと談笑していたが、此処では少し具合が悪い。御許も分からない少女がこの屋敷の主の元を夜遅くに尋ねるなど、余計な憶測を呼びかねない。
少し前、リドルと共にこの屋敷に滞在していた時は、それを察知したリドルがそれとなく止めてくれていたのだろう。


「どうしたんだい?」


問われたは言いづらそうに視線を彷徨わせた。
その様子から、半兵衛は察した。


「眠たくなるまで、少し話をしようか。」


要するに寂しいのだろう。彼女はいつだって猫・・リドルと寝食を共にしていた。

自分にしては考えが及ばなかった、と思いながらも、座るように促すと、は笑顔で腰を下ろした。


「三成君とはすっかり打ち解けたみたいで安心したよ。」
「あー、最初は大きい声で怒るから怖い人かと思ったら、色々丁寧に、怒鳴ることはやっぱりあったけど、結局教えてくれたし・・・やさしいね、三成さん。」


あの、殆どの人間から恐れられる三成をやさしいと称するとは、やはり彼女は変わっている。
魔法で人の本質まで垣間見えてしまうのだろうか。


「さて、今更だが、家出した理由でも聞こうか。」


おおよその内容は既にリドルの手紙に書かれてあって知ってはいるが、今重要なのは本人からその内を吐露してもらうことだろう。
は少し視線を彷徨わせたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
























リドルには数え切れない位面倒を見られているというのに、肝心な時に彼は相談してくれない。
マグル殺しなんて物騒な事をそのうちやらかすのだろうと思っていた。知らないうちにリドルを崇拝する支持者を増やしているのには気付いていたし、そうしたら益々リドルが気兼ねなく話せる相手は居なくなる。だから、自分は何でもない、下らない話が出来る友人として傍に居ようと思っていた。
それなのに、リドルは勝手に自分に危険が及ぶと判断して、勝手に自分を戦国時代に送ってしまった。
何も相談もなしに。それが、酷く悔しくて、哀しいのだと、はとうとう泣き出しながら夜遅くまで語り続けた。

聞き終えた半兵衛は昨日と同様に泣きつかれて寝てしまったを抱き上げた。
妹がいたらこんな感じなのだろうか、と思いながらも褥に彼女を横たえて息をつく。


半兵衛の寝所周りは人払いをしてあって、信頼の置ける忍しか近くにはいない。
あの、リドルを武田の城下町まで送り届けた右近だ。


「右近」


名を呼ぶと、小さな音と共に彼が部屋に姿を現したのを悟る。


「ここに」
「僕や三成君が不在の時は彼女の護衛を頼むよ。まぁ、そう長くは此処に留まらないだろうが・・。あぁ、あと褥をもう一つ用意してくれ。」


命じられて右近はちらりとに視線を落とした。


「御意」


右近は頭を垂れると、その場から姿を消した。
彼女の部屋は少し前にいたときと変わらず離れにある。この分では半兵衛の近くに移した方が良いかもしれない。
しかし、それと同時によからぬ噂がたつのは必至。


(この際、彼女の世話はくの一に任せて女中から離すか)


半兵衛の寝所の周りは常に人払いがされてあって、忍以外は寄り付かない。
何らかの拍子に露呈するかもしれないが、彼女がここに留まるのは恐らく一週間にも満たないだろう。

とりあえず、明日にでも寝所だけ移動させようと考えながらも、右近が用意した褥に身を横たえた。









やさしい人たち



2013.7.13 執筆