薬を作って、瓶につめる。
適量を使えば瞬く間に足の骨折は治るだろうが、そんな一瞬で治ってしまったら大変な事になってしまう。
というか、こちらに来た当初は原液のまま渡そうとしたのだが、こんな傷を瞬く間に治してしまう薬なんてどこにも存在しなくて、これが知れ渡ったらきっと大変面倒なことになる、とリドルが諭したものだから、薄めて渡すようにしたのだ。
(・・・とは言っても、本当ならあの薬ですぐに走り回れるようになるのに、何か・・・申し訳ないなぁー・・・。)
健介の歳なら尚更、と思いながらも
4、5日で完治する程度に薄めたものをまた別の瓶に移した。
「おわったー!」
はごろりと畳の上に横になった。
「ぐえっ」
その腹に飛び乗って来たリドルには情けない声をあげたものの、そのままにしておく。
視界には天井の木目が広がる。
村のはずれにある空き家を魔法で改築していて、それなりに快適だし、保温魔法をかけているので寒さだって感じない。
自分なりに快適な家を作って、それなりに暮らしているが、言っても知らない世界にリドルと二人(というか、1人と一匹)。それも以前に比べればとてつもなく不便な世界だ。
(話を聞く限り、戦国時代の日本っぽいし・・・)
はぁ、とため息をついた。
「・・・きっとダンブルドアが探してくれるよね。」
「どうかな。彼よりも、僕の方が探すんじゃない?」
えー、そうかなぁーと、リアはリドルの本体で同級生であるトム・リドルを思い浮かべた。
何かと授業で組まされる事が多くて仲良くなった彼は、外面は大変良いものの、真っ黒な一物を抱えた眉目秀麗なイカサマ優等生で、その割によく面倒を見てくれた(本当に女だと思っているのか怪しい扱いも幾度となく受けたが)。
「・・・っていうか、ほんと、リドルが居て良かった。」
そのトム・リドルが実験で作った彼の記憶の化身であるこの黒猫。
今はの魔力をもとに動く彼は、簡単な魔法しか使えないものの、彼の記憶がしっかりあるだけに恐ろしい猫だ。
「最初は、リドルが2人だなんて、マジで恐ろしくてどうなることかと思ったけど、良く考えればそのあり得ないくらい無駄に良い脳みそも2つってことだもんね。」
「相変わらず失礼だね。あぁ、君のほっぺを両端に思い切り引っ張ってやれないのが凄く残念だよ。」
よくやられていたそれに、は思わず自分の両頬を押さえた。
あれは、とてつもなく痛いのだ。
よし、と起き上がると、当然リドルはごろんと転がり落ちてを恨めしそうに見上げた。
それに笑いながら、『世界の魔法薬学』を手に取る。
取りあえず、ここで暫く暮らして行かなきゃいけない。
しかし、自分にはここらの人が専ら仕事としている畑仕事や家畜の世話は全く出来ない。
自分にできることは、薬剤師のまねごと。
どうやらこの付近の村には医者がおらず、大きな町まで時間をかけて行くしかなく、怪我や風邪が原因で命を落とす子供が多いと聞く。
医療の心得は余り無いが、薬は作れるし、簡単な治癒魔法なら使える。リドルというアドバイザーもいるし。
「取りあえず風邪がはやってるし、元気爆発薬、もうちょっと作っとかなきゃ。」
「薬を届けに行くのかい?」
「うん。」
頷きながらバッグに傷薬と包帯を入れて、ローブを羽織った。
Magic! #2
この場所に居を構えてから2ヶ月と少しがあっというまに過ぎてしまった。
最近はここの村の人間だけではなく、隣の村や少し遠い村の人も尋ねて来るようになった。
「一日一滴だけ水か何かに混ぜて飲んで下さいね。」
瓶にラベルを貼って渡す。
また石英(ガラスのもとになる鉱物)も取って来なきゃなぁと頼まれている薬一覧を思い浮かべた。
中身である薬も大事なのは言うもがな、入れ物も重要だ。
この時代には丁度良い入れ物が無いものだから、自分で作るしかないのだ。
「先生、ありがとうございます。」
「いえいえ、あ、何かあったらすぐに教えて下さいねー。」
隣町から来たという人を送り出して、今日の戦利品が乗っかっている机を見た。
今日は蜜柑とじゃがいもだと言っていた。
「物々交換で生活できるって凄い・・・」
「僕にはそんな原始的な生活は無理だけど、流石、。すっかり適応してるね。」
「え、それって貶してる?貶してるよね、絶対!」
自分だってこっちに来るまで、まさか自分がこういう生活を送るとは思っていなかった。
人間ってほんと適応能力高い生き物だよなぁと思いながら、奥の部屋へ向かった。
魔法でしっかり鍵がかけられている部屋には、鍋とガラスの瓶に詰まった薬草や言葉で言い表せないものたち。
「えぇと、おできを治す薬と胃薬と・・・あ、傷薬ってまだあったっけ。」
薬のストックを置いている棚に向かって残量を確認。
「傷薬はあまり無いね。」
「えー!この前作ったばっかじゃん!結構減りが早いなぁ・・・みーんなすぐ怪我するんだから。」
よし、今夜は材料の調達だな、と呟いた所で、向こうの部屋から「せんせー!」と声が聞こえて来たので、はいはいと部屋を出た。
部屋を出ると、小さい女の子が立っていて、が出て来ると慌てて駆け寄った。
リドルも、その後ろを追って行ってぴょんと椅子に飛び乗った。
「せんせい!わたしね!!」
「あ、りんちゃん。どーしたの?」
しゃがんで目線を合わせると、りんは緊張した面持ちで口を開いた。
「はやくおっきくなりたいの!だから、お薬つくって!!」
「・・・え?」
虚をつかれたような表情に、少女は必死になって伝える。
「だって、だって、ちびだっていうんだもん!せんせいなら、きっとお薬つくれるよね!」
あはー、成る程ね。とは困ったように笑った。
勿論、そういうたぐいの魔法薬はある。
だが、それは一時的なものだし、この世界で作って良いものではないだろう。
いわゆるマグルに傷薬や風邪薬を提供しているのも結構不味いのに。
「りんちゃん。取りあえず、それ言ったヤツをぶっ飛ばしに行こっか。」
後ろからリドルの呆れた様な溜め息が聞こえたのはきっと聞き間違いじゃない筈だ。
「リドルさん、リドルさん、提案があるんです。」
「何、急にしおらしくなって。気持ち悪いんだけど。」
本を捲る手を止めてリドルは自分の目の前に正座しているを見た。
「薬草の場所ってばらばらで取りに行くの大変だから、近くの森に薬草園を作りたいなーなんて!」
自分の言葉をスルーして出された提案にリドルは少し考えるように視線を落とした。
確かに、毎回毎回取りに行くのは大変だ。
頻繁に使う薬草くらいは自分で育てるのが良いだろう。
「ふぅん・・良いんじゃない?マグル避けはしなきゃいけないけどね。」
そう言うと、はすっくと立ち上がった。
「善は急げ!行こ!」
そしてむんずとリドルを掴んで鞄に入れると外に出た。
勿論乱暴に鞄に入れられたリドルは抗議をしようとするが、外へ出てしまったので諦める。
その代わり、家に戻ったら覚えてろよ、と心の中で呟きながら。
二人はまず近くの森の一角にマグル避けの魔法をかけると、村人に借りて来た鍬に魔法をかけて土地を耕し始めた。
その間に、薬草の苗を調達しに箒で飛び立つ。
夕方だからと姿を消す魔法もかけて。
「これ、結構疲れる・・・。」
いつも以上に魔法を使っているものだから疲れた。べつに姿を消す魔法はいらないんじゃない?と言うものの、そこはリドルが一蹴してしまう。
「帰りは姿現しで帰ろう。」
「え、姿現し苦手・・・。」
そんな言葉は綺麗に無視して、リドルはぺらりと薬草のリストを出した。
「もっと急がないと、夜中になっちゃうよ。」
「くそー!リドルの鬼ー!!」
「君が言い出したんじゃないか。」
はぐぐ、と唸って溜め息をついた。
せんせい