布団に寝かせられた少女の胸は規則正しく上下しており、ただ眠っているだけなのが窺い知れる。
リドルの話だと1日で目が覚めるということだったが、もう既に2日が経っているのに、彼女は一向に眼を覚ます気配を見せない。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」


すたり、と小さな足音がして聞こえてきた声に幸村は顔を上げた。


「猫殿・・・しかし、もう2日も眼を覚まさぬ。」


こちらに戻ってきてすぐ佐助に発見された幸村は、事情を佐助に話し、客間にを寝かせた。
勿論佐助は最初半信半疑だったものの、リドルも一緒に説明したことで信じる他無く、一旦はが眼を覚ますまで城に置く事を了承した訳だが、そのが眼を覚まさないまま2日が経過した。


「明日になっても目が覚めなければ、気付け薬を作る。だから心配は無い。」
「・・・分かり申した。」


リドルは幸村にならって、未だ青い顔をして横たわっているに視線を落とした。
さっさと姿現しをして一旦半兵衛に事情を説明しに行きたいというのに、このままでは今のから魔力を奪って行くことも出来ない。


「あぁ、そういえば、言っていなかったんだが、あの村を去った後、僕達は半兵衛の屋敷に世話になっていた。」
「竹中殿、でござるか・・・。」


やはり良い顔をしない幸村に、どうしたものかとため息を付く。


「半兵衛とは、契約を交わしていて、僕達のことを利用することは出来ない。だから、僕達は半兵衛の所で場所だけ借りて配達専門の薬屋を続けようと思っていたんだけど、まぁ、知ってのとおり、僕の本体は君をご指名だからね。」


それに何と応えて良いか分からずに、幸村は押し黙った。


「僕が何を言いたいかと言うと、今後も半兵衛とは友人としてつながりを持つつもりだ。そもそも、僕達はこの世界の行く末に関わるつもりが無い。」
「ちょっとソレは容認しかねるなー。」


すとん、と天井裏から降りてきた佐助に、リドルはその赤い目を向けた。


「契約を交わしているとは言っても絶対なんて言えないでしょ。」


馬鹿にするように言いながらしゃがんでリドルを見下ろす佐助に、これまた馬鹿にしたようにリドルが鼻で笑う。


「君達マグルの交わす契約とは違うんだよ。契約を破る場合はその代償に半兵衛は命を落とすようになってる。」
「じゃぁ、竹中自身じゃなくて、竹中がお宅らのことを漏らしてその第三者が利用しようとしたら?」
「それも無い。僕らの許可無く第三者に伝えた時点でアウト・・・あぁ、平たく言うと彼の命は無いからね。」


ふぅん、と今一納得していない表情で佐助は未だにリドルを見つめ続けている。
そんな都合の良い契約方法があるかと思うが、目の前の猫が喋っていたり、蛙の形をしたチョコレートが飛び跳ねたりしたのを目にした後では、どうにも虚言だと切って捨てれない。


最初目にした時から胡散臭い猫だとは思っていたが、まさかこんな厄介者だったとは。


「ということだから、取り急ぎ半兵衛に一言だけ伝えさせて貰うよ。」


そう言うと、机の上に置かれていた筆がするりと動き出し、さらさらと紙に文字をしたためていく。
書き終わるとそれは、ふわりと浮き上がり、鳥の形に成った。


「はー・・・あんまり勝手なことしないでくれる?」


兎に角今はっきりと言える事は、この猫と佐助の相性は頗る悪いということだ。














Magic! #19


















の目覚めは最悪だった。
口に広がる我慢しようが無い苦味。未だかつてこれ程苦しい目覚めがあっただろうか。


「げほっ!まずっ!」


よく働かない頭だが、これだけは分かる。犯人はリドルだ。
それ以外こんな仕打ちをしそうな人が居ない。


殿!目覚められたか!」


大きな声が直ぐ近くで聞こえて横を向くと、涙ぐんだ幸村の姿があって、首を傾げた。
その彼の後ろには佐助が立っていて、本当に目が覚めたよ、と呟いてじろじろとを見下ろしている。


「えっと、誰か説明プリーズ。」
「ここは戦国時代で、は3日間寝続けてたんだよ。」


微かな重みと共にの膝の上に乗っかったリドルがそう告げると、は益々混乱したように眉を寄せた。


「え?だって、さっきまでリドルと宿題やってて・・・・」


猫のリドルは言いにくそうに目を伏せた。


「リドル、どういうこと?」
「某が聞いた話では、なにやらあちらの世界では危険なことが起こる故、こちらで殿を保護して欲しいとのことでござる。」


何故か幸村が応えて、一層は顔を顰めた。


「危険って・・・ホグワーツが?」


あそこは、確かにちょっと危ないところはあるが、別段自分の身に危機が迫るような場所ではない。
はぐ、とリドルの首根っこを掴んでにらみつけた。


「リドル。”リドル”は何をしようとしてるの。何で私を・・・」
「”僕”は、あの部屋を開いて、ゆくゆくは、マグル狩りを始めるつもりだ。君は、”僕”の唯一の弱み。だから誰も手を出せない此処に預ける事にしたんだよ。」


淡々と語るリドルに、は困ったような表情をした。
リドルがちょっと危ない思想に走っているのは知っていたが、それは彼との友情の間に何も支障をきたさないと思っていたからだ。
悪の大王になろうが、今まで通りじゃれあったり偶に馬鹿にされつつも何だかんだ面倒を見てもらったり、という関係がずっと続くものだと思っていた。


「・・・・・・」


はぱ、とリドルを離すと立ち上がった。


殿・・・?」


おずおずと幸村が見上げると、彼女は涙を目にいっぱい溜めて、口を横に固く結んでいる。


「リドルの・・・リドルの馬鹿ー!!!」


うわーん!と叫びながら部屋を飛び出したに、幸村はリドルを振り返った。


「ね・・・猫殿!」
「・・・・放っておきなよ。お腹が空いたら戻ってくるさ。」


今追いかけて何かを言ったところで、彼女のこの何とも言えない、やり場の無い感情はどうにもならない。
暫く放っておいて、発散するのを待つしか無いのだ。




















「半兵衛さーん!!!うわーん!!!!!」


突如現れたに、半兵衛はぎょっと目を見張った。
こちらに来る時はいつもリドルが事前に知らせている為、人払いをしているのだが、今回は当たり前だが、未対応だ。
どすん、と小さな衝撃を受けながらも、恐る恐る後ろにいる三成に目を向けると、彼はは、とした後、腰にいつも下げている刀に手をかけようとした。


「三成君、彼女は敵じゃない。少し、そのままで。」


思わぬところで思わぬ人物に彼女の存在がばれてしまい、額を押さえながらも、半兵衛はしがみついてわんわん泣いているの頭をなでた。


「は・・?半兵衛様、彼女は・・・。」
「後で説明する。で、どうしたんだい、。君は臥せっていると聞いていたが・・・。」


ようやく半兵衛に押し付けていた顔を上げたは嗚咽を漏らしながらも説明しようと口を開いた。


「ううううー!リドルの馬鹿ー!!!」


説明になっていないその言葉だが、何となく事情を把握した半兵衛はため息を付きながら手ぬぐいでの顔を拭いてやった。


「き、貴様、半兵衛様に顔を拭かせるなど、何様だッ!」


そう怒鳴り声が聞こえてきて、は初めてこの部屋に半兵衛以外の人が居ることに気付いた。
驚きのあまり涙が引っ込み、唖然と三成を見つめる。


「三成君。彼女は僕の肺病を治療してくれた薬師だ。」
「この女が、ですか?」


信じられない、という言葉が彼の顔にはありありと書かれてあって、確かにの見た目からは信じにくいかもしれないと一人納得した。思えば、最初半兵衛もを見た時は信じられなかったのだから。


「人を見た目で判断してはいけないよ。現に彼女の作った薬で、不治の病とどの薬師も匙を投げた僕の病はすっかり良くなっているだろう?」
「・・・確かに最近発作は無いようですが、何かの間違いでは・・・。」


その言葉と、射殺すような三成の視線に、緩んだの涙腺は再び決壊した。


「私の味方は半兵衛さんだけだよー!!うううーーー!半兵衛さんーーー!!!」


取り合えず彼女を落ち着かせないと三成に説明することも詳しく話を聞くことも出来なさそうだ、といつか、リドルを武田まで運んだ忍に茶菓子とお茶を持ってくるように命じた。




















ようやく落ち着いた、というか、騒ぎ疲れて寝てしまったを自身の膝に寝かして、半兵衛は困ったように三成を見た。
彼は未だに信じられないのか、ちらちらとに視線を送っている。


「彼女の存在を広めるつもりは無いんだ。悪いけど、彼女については内密にしてもらいたんだが・・・。」
「・・・それは、秀吉様にも、ですか。」
「あぁ。彼女は軍に利用されるのを恐れていて、他言しないことを条件に僕の病を治療してもらっている。」


三成はそれを聞いて腑に落ちないような表情をしていたものの、結局は他言しないことを了承した。


「・・・少し、彼女側の事情が落ち着いたら、大谷君の病の治療を請おうと思っている。やって貰えるかは分からないけどね。」


丁度、半兵衛の不治の病を治したのならば、大谷の病も治療できるのではないか、と言おうとしたところに、そう半兵衛に言われて、三成は顔を上げた。


「本当に、この娘に、そのようなことが出来るのでしょうか。」
「彼女の腕は僕が保障する。が、彼女の保護者に話をつけないと、話は進まないから、まだ何とも言えないけれどね。」


その時、ひらひらと紙で出来た鳥が部屋に入ってきて、半兵衛はそれを手に取った。
いつも、リドルが連絡を取る時に寄越すものだ。
忍の技でもそのようなものを見たことが無い三成はその鳥をじっと見つめた。

半兵衛がそれを手に取ると、それは一枚の紙になり、半兵衛が読み終わると文字がすっと消えた。


「返事を書くから少し待ってくれ。」
「は、はい。」


そういえば、彼女も突然自分達の前に現れた。
一体、彼女は何者なのだろうか。


「彼女達は奇妙な術を使う・・・いわば、陰陽術師というか、そのようなものだよ。」


半兵衛が返事を書き終えると、それは鳥の形を再び取り、窓の外へと消えていった。









家出



2013.6.29 執筆